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心の傷は治り辛いものである

場所:イトべ邸

登場:レメト・アーフィエス/ウーテ

学友たちと懐かしい思い出話に花を咲かせていると、部屋にかけておいた魔法がウーテの起きたことを知らせてくれた。まだ知らない場所で1人にするのは不安だったので、みなに断って席を立つ。用意してもらった軽食を持って、食堂を出た。彼がどこかへ迷い出ないうちに行ってあげないと。


食堂から一度玄関ホールへ戻る。ウーテに開拓村の話をどう持ちかけようかと考えながら歩いていると、客室の方から押し殺したような泣き声が聞こえた。少し歩調を早める。


「ウーテ! ごめんよ、起きたんだね」


「あ、ご……ゴ主人サマ……」


まんまるの緑眼からほろほろと涙を流して、小さな少年は私を見上げた。溺れた先でやっと藁を掴んだような表情で。ベッドへ入る時に靴を脱がせたから裸足だ。薄い寝間着だからその薄い体がはっきりわかる。私の方まで胸が痛くなるようだった。


「モシワケ、アィマセ……ワタシ、マツ、デキナイ。ダッタ」


「大丈夫、迎えに来てくれてありがとう。1人で怖かったな、部屋に戻ろうか」


しゃがみ込んで視線を合わせ、えぐえぐ泣いているウーテを撫でる。商人から保護されて私を味方と認識したのか、この子は私の姿が見えないとひどく不安がった。宿の部屋から少し出るのにも後を追おうとし、部屋の中でも離れようとすれば服の裾が引かれた。私がまた彼をどこかへ売るのではないかと怯えているのだろう。できるだけそばにいて、安心させてあげたいとは思うのだけれど……。


よいしょとウーテを抱き上げる。控えめにしがみついてくる少年はやっぱり薄くて小さかった。割り当てられた客室へ戻り、ウーテを膝に乗せたまま椅子へ腰掛ける。


「私の友達にご飯をもらってきたんだ。美味しいからお食べ」


「……ハイ」


ティナに用意してもらったバーガーとポテトに飲み物を机に置き、ウーテへ食べるよう促す。この子はもう少し太るべきだ、肋どころか腿の骨が浮いて見えるもの。私がひょいとポテトをつまんで見せると、安心したのかそろりと手を伸ばした。小さい唇がぱくんと揚げ芋を飲み込み……ぱ、と沈んでいた表情が明るくなる。


「美味しいよね、これ」


「ハイ。オイシ、デス」


「私は食べ終わったから、たくさんお食べ」


もくもくと食べ始めたウーテを見ながら、さてどうやって切り出そうかと考えた。本当なら、しばらく静かな場所で療養させてやるのが良いのだろう。私も仕事を辞めたから、しばらくはのんびりしたい。開拓村に住めば人の流入やら仕事やらで騒がしくなるし、色々と刺激があってストレスかもしれない。こういうのは私より得意な学友がいる。あいつにだけでも顔合わせをしておきたい。できればこの子の母国語を知っていそうな語学好き(旅狂い)にも声をかけて……。


「ゴ主人サマ?」


「ああ、ごめんよ。大丈夫、これからどうするか考えていただけだよ」


少し目元が赤いままの緑眼が私を見上げている。私の恩師もこんな気分だったのだろうか。私たちの目には少しも迷わない、なんでも知っているすごい大人に見えていた。私もそう振る舞えるだろうか。


「ウーテ。これからどうするかをね、君と話したいんだ。難しいかもしれないけど、ゆっくり話すから君のやりたいことを聞かせてほしい」


ウーテはしばらくきょとんとしていたが、ようよう私の言葉を理解したのか、静かにこくんと頷いた。分からなければ言いなさい、と前置いてからゆっくり話始める。


「私は仕事を変えることになったから、これから新しい仕事をする場所を見つけないといけないんだ。ご飯が無くなることはないから大丈夫だけど、ウーテと一緒にいて、仕事もできる所を探したい。ウーテはそれで良いかな?」


できるだけ彼が理解できそうな言葉を選んで説明する。こくこくと頷いてくれた。あの商人の下にいた期間で簡単な会話くらいはできるようになっているらしいが、やっぱり独学で外国語を学ぶのには限界があるはずだ。いずれ私が彼の母国語を覚えるか、良い語学教師をつけてやりたい。

……私は短縮言語(魔法用演算式)以外の語学はてんで駄目だったから。


「それでね、この家に来た友人が、一緒に働かないかって言ってくれたんだ。新しい村を作るから、一緒に働いてほしいんだって。ウーテと一緒に住める家もくれるって言ってるんだけど、どうかな。他の人がたくさんいたり、私と別々に仕事をすることになるかもしれないから、ウーテが嫌なら別の仕事を探そうね」


相手ができるだけ負担に思わないよう伝えるのは難しい。私は本当にウーテの気持ちを優先したいと思っているから遠慮しないで好きな方を選んでほしいのだが。ウーテは少しだけ考える素振りを見せた後、ほのかに頬を緩めて答えた。


「ワタシ、ゴ主人サマ、ウシロ、シタガウ」


「うーん……他の人が怖いなら、もっと静かな仕事を探そうと思うんだけど……」


「ワタシ、ゴ主人サマ、が、ウレシイ、スル」


「そっかあ……ありがとう、嬉しいよ」


私の決定に付き従うと言いたいのだろう。ありがたいのだが友人らに怯えるのを見るのも心苦しいんだよなぁ。一旦誰かと顔合わせしてもらって、反応を見て考えようかな。


「……ウーテ、よく聞いて。君が私の友達を怖がるとね、私は困るんだ」


私の言葉に、膝の上で小さな体がぎくりと固まる。


「だから、よく考えて選びなさい。急がなくていい。私と2人でゆっくり過ごしたいか、たくさんいる知らない人たちと一緒に働きたいか、君のよく働けそうな方を選んでほしいんだ」


ゆっくりと背を撫でれば少し肩の力が抜けた。けれど、緊張した表情は戻らない。言い方を間違えただろうかとも思ったのだけど、無理をしてほしくないのも彼に選ばせたいのも本当だ。


ウーテは一瞬きょとんと私を見上げ、それから真剣な顔をしてひとつ頷いた。


「食べ終わったら、私の友達に怪我の具合を見てもらおうね。怖かったら我慢しないで言うんだよ」


「ハイ」


私がそう促すと、ウーテはまたもぐもぐとポテトを消費する作業に戻った。ちゃんと頷いて考える素振りを見せていたから、しっかり自分で考えてくれるといい。どうせ皆、先生の葬儀が終わったあともなんやかんや数日は居座るだろう。私も多少感傷に浸りたいし。


「ワタシ、ゴ主人サマ、シタガウスル」


「うん、ありがとう。ゆっくりでいいからね」


小さな少年の髪を撫でながら、まあなるようになるさと楽観的に考えた。

彼は、師の背を目指して演じている。

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