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禍福はあざなって使い倒す系譜である

場所:イトべ邸

登場:レメト・アーフィエス/アレックス・シュナイゼル/ロイ・アシュベル/サティナリエル

落ち着いてから先生の寝室を出、皆が集まっているらしい食堂へと入る。懐かしい顔ぶれが、あの学舎の教室のようにそこにいた。またじわりと視界が歪みそうになるのを、ぐっと歯を噛んでこらえる。


「あ、レメト。先生に挨拶終わったか?」


「うん」


「何か食べる? 軽食ならすぐ出せるけど」


「頼むよ。あとつまめるような軽いものがあったら部屋に持って行きたい」


わいわいと食堂で集まっていた懐かしい学友たちが、私を見ていっせいに歓迎してくれた。元々はそこそこ広いだけのダイニングキッチンだったのだろうが、今は大きな机がいくつか並べられ、どこかの食堂のような雰囲気だ。


「はい、バーガーとポテト。もう1セットよけといてあげるから後で持って行きなさいな」


「ありがとう、ティナ」


盆に乗せてさっと差し出されたのは、健啖家の恩師が好んで作っていた懐かしい軽食。焼いたふかふかのパンにひき肉やら野菜やらを挟んだサンドイッチだ。彼はなぜか特にこの形状を『バーガー』だとか呼んでいた。なので、学友たちの間では今でもそれで浸透している。


「で、レメトよぉ。お前いつの間に子供こさえたんだ? 好い人が出来たんなら教えてくれりゃあ祝いに何か送ったのに」


「え!? レメト結婚したの!? いつの間に!」


やはり私の連れてきた子供のことは気になっていたようで、席についた途端アレクとロイに両脇を固められた。他のみなも食いついてくる。まあ、全員伴侶や子供がいてもおかしくない歳ではあるのだが。

予想はできていたので、誤解の無いよう、彼の少年に失礼の無いよう説明するため口を開いた。


「違う。ここに来る道中色々あって引き取ったんだ。奴隷で身寄りもないらしいからほうっておけなくて……前の主人のところで結構な目に遭ってる。できれば自分から関わるまでそっとしておいてやってくれ」


辻馬車の終点で宿を取った時のことだ。私は、いかにもな悪徳商人がウーテを折檻している場面に出くわしてしまった。まだ10もいかないくらいの少年がぼろぼろなのは見るに堪えなかったが、どう見ても奴隷の風体だったから周りの者も強く言えずに困っていたようだ。詳細はどうでもいいので省くが、私はそれを看過できなかった。紆余曲折色々あって、私は結局、ウーテを奴隷契約ごと商人から買い取り連れて行くことにした。宿の部屋で治療し風呂に入れ飯を食わせて事情を聞いたところによると、彼は遠方から借金奴隷として奴隷商人につれて来られたそうで、そこからあの悪徳商人の下へ売られたらしい。作法が違うだの言葉がわからないだの、なんやかんやと理由を付けて飯を抜かれたり暴力を振るわれたりとアレな扱いを受けていた、と涙ながらに話してくれた。遠方からの奴隷なのをわかって買い取ったのだろうに、難儀な性格の男だ。


特別秘匿事項や嘘はなさそうだったので、彼にどうしたいのか尋ね、私のこれからの予定を話したところ、一緒に付いていかせてほしい、と。なので急遽馬を買い入れ、彼と共に師の屋敷へやって来た、と。そういうわけである。


「お前……先生の拾い癖が移って……?」


「いや仕方ないだろ、あのままほうっておいたらそのうち死んでたぞ」


「じゃあ仕方ないか」


「それは仕方ないな」


「なんかあったら力になるぞ」


ああそういえば、私たちの恩師も猫やらなんやらよく拾ってくる人だった。面倒事も一緒に拾って来て、皆で半泣きになりながら解決したこともある。今では懐かしい思い出だ。


温め直されたバーガーを食べながら学友の質問にいくつか答え、医学に詳しい奴から診察の予約を取り付けた。揚げた細切りのポテトをつまみつつ、互いの近況報告に移る。


だいたいの奴は私と同じくどこかに就職し、忙しく働いているようだ。中には定住せず旅人をしていたり、ほうぼうに派遣されていたり。皆それぞれに苦労があるようで、私が仕事を辞めると言ってもそうかそうかと背を叩かれ酒を注がれた程度だった。難しく考え過ぎていたのかなあ、なんて思いつつ、ジョッキを干す。


「んーでもお前、どうするんだ? 社宅で住んでたんだろ?」


「しばらくはどこかに宿を取るよ。あの子の面倒も見ないとだし」


「先生の家、管理はユリオに引き継いだらしいから泊めてもらえば?」


私は確かに仕事を辞めるが、まあアレ以外にも口に糊する手段はある。使う時間がなかったから懐も多少潤っているし、近々で路頭に迷うことはない。……ただ、予定外にウーテを拾う事になってしまったし、早急に腰を落ち着けたいところではあるな。


「あ、予定ないならさ、俺らと一緒に来ないか? 先生の葬儀が終わったら、この領地の北に開拓村を建てる予定なんだ」


ぱちりと指を鳴らしたアレクが、さも良いことを思いついたと言わんばかりに提案する。彼は近場のやんごとないお方の下に付いて働いていると聞いていたが……最近の文官は開拓も手掛けるのだろうか?


「開拓村?」


「そう。ちょっと上司の横領暴いたら北の開拓に回されたんだけどさ、それなら俺の権限で好き勝手やってやろうってことでそういうふうに調整して、暇そうな奴に声かけてるんだよ。お前も来ないか? レメトなら歓迎するぞ。人手はいくらあっても良いしなあ」


……手掛けるというか、ぶんどってきたようだ。そういえば先生の苛烈さを濃く受け継いだのはこいつだったなあ、なんて視線を遠くにやる。まあ、アレクの伝手なら食いっぱぐれることはないだろう。待遇もそれなりにしてくれるだろうし、何より開拓村とはいえ定住する家ができるのはありがたい。私1人なら一も二もなく手を取るところだ。


「うーん……ウーテに相談してからかな。あの子はそのうち奴隷契約解消しようと思ってるし」


ただ、私は道中で彼を拾ってしまった。奴隷ではなく、いずれ養い子か弟子として扱うなら、意見を尊重するべきだろう。人が多いのを彼が嫌がるなら、野外で仮小屋を作って暮らすのも良い。袖振り合うもなんとやらではないが、手をかけて懐に入れた子はかわいいから。


「聞いてみて大丈夫そうなら厄介になろうかな。後から合流できるか?」


「もちろん。できればお前には開拓村に来る人の教育係になってほしいんだよ。就職して実感したんだけどさ、読み書き算盤が出来ない層って一定数いるんだよな……人員の質は底上げしときたいじゃん?」


「あー……」


行儀悪く机に肘をつきながら、アレクがぼやく。話を聞いていた面々も似たような顔をした。

私にも覚えがある。我々は運良く教育を受けられる縁を持ち、先生にいろはのい(始めの一歩)から一級魔術の応用術式(過剰な叡智)まで教示を受けた。だが、その機会を受けられない人はこの世にごまんといる。多くは奴隷であり農民であり、上の都合で飼い殺される民たちだ。アレクは、先生も、それについて随分憂いていた。手の届くところから変えたいのなら、その開拓村は願ってもない機会だろう。


「お前が作るなら良い所になりそうだなぁ」


「良い所にするぞ。いつでも歓迎する」


「あと誰がいるんだ?」


「俺とロイと、確定してるのはカミルとノエルにオスカー。リゼとクラリスも都合がつき次第来るって。まあクラスの奴と学生時代の知り合いにはだいたい声かけたかな。わりと皆乗り気だぞ」


「その村戦力過剰にならないか……?」


我が学友たち……もっと言うなら恩師を含めたあの学級周辺は、なかなかに奇特な集団だったと自覚している。元々分野も学科もごちゃまぜに集められた者たちだったから、一揃いいれば開墾に役立つことは間違いないが。


「ま、無理にとは言わないけど、考えといてくれよ」


「そうだな、相談するよ」


詳しく話を聞けば……と言っても大多数の級友が関わっているので皆わいわいと口を挟んできたのだが、かなり本格的な開拓計画が進んでいるらしい。学生時代にみなでやった課題研究のようでどこか懐かしく、ああ楽しそうだな、と思った。

なんだか随分感傷的になっているなあ、と改めて自覚した。

彼らは、みな同じ学舎に学んでいた。

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