続報と、夜陰に紛れて
ゴードンに廃坑の追加調査を命じてから数日。
俺はミリアの家で、来るべき「仕事」に向けて爪を研いでいた。
薬草採りに出かけるふりをして森に入り、体力づくりと簡単な武器の扱いに慣れるよう努めた。前の世界で使っていたハジキやドスはねえが、そこらにある木の棒や石ころだって、使い方次第じゃ立派な武器になる。ヤクザの喧嘩ってのは、道具の良し悪しだけで決まるもんじゃねえんだ。
そして、約束の日。ゴードンが、前回よりもさらに興奮した様子で俺の元へやってきた。
「旦那! や、やりましたぜ! かなりヤベえ情報掴んできやした!」
その顔は薄汚れて、服のあちこちが破けている。よほど無理な偵察をしてきたんだろう。
「落ち着け、ゴードン。まずは報告を聞こうか」
俺は冷静に促し、ミリアが用意してくれた水をゴードンに渡した。
ゴードンは水を一気に飲み干すと、堰を切ったように話し始めた。
「へい! あの廃坑に出入りしてる連中ですが、間違いなくただのチンピラじゃありやせん! 人数は全部で5人。全員、黒ずくめの揃いの鎧みてえなのを着て、腰には業物と思える長剣をぶら下げてやす。それに、見張りも厳重で、昼夜問わず二人一組で坑道の入り口を見張ってやがるんです!」
5人組、黒ずくめの鎧、長剣。プロの傭兵か、どこかの私兵かもしれねえな。
「それで、何を運び込んでるかは分かったのか? あるいは、何を掘り出してるか」
俺の問いに、ゴードンは声をさらに低くし、唾を飲み込んだ。
「それが……旦那、とんでもねえモンかもしれやせん。奴らが夜中にこっそり運び込んでいたのは、どうやら『魔物の死骸』みてえなんです。それも、かなりデカいやつを解体して、いくつもの袋に詰めて……。そして、坑道の奥からは、時々ですが、薄気味悪ぃ唸り声みてえなもんが聞こえてくることがあるって話です」
魔物の死骸? 薄気味悪い唸り声?
魔晶石の採掘じゃねえのか? 一体、何のためにそんなもんを……。
頭の中でいくつもの可能性が渦巻く。何かの儀式か、あるいは禁断の実験か。どちらにしても、まともな連中がやるこっちゃねえ。
「……ますます面白くなってきたじゃねえか」
俺の口元には、自然と獰猛な笑みが浮かんでいた。
リスクは高そうだが、その分、見返りもデカいかもしれねえ。
「ゴードン、よくやった。お前の情報は最高だ。今夜、決行する」
「こ、今夜ですか!?」
ゴードンが驚きの声を上げる。
「ああ。奴らが油断しやすいのは、やはり夜更けだろう。お前には案内と、いざという時のための後方支援を頼む。無理に戦う必要はねえ。俺が合図したら、すぐにここへ戻ってミリアに助けを求めるんだ。いいな?」
「は、はい! 承知しやした!」
俺はミリアに「今夜は少し遠出をして、珍しい薬草を探しに行く。ゴードンも手伝ってくれることになった。朝までには戻る」とだけ伝えた。ミリアは少し心配そうな顔をしたが、詮索はしてこなかった。あいつなりに、俺が何か厄介事に首を突っ込もうとしているのを察しているのかもしれねえ。
日が完全に暮れ、空には月も星も見えねえ新月の夜。
俺とゴードンは、ミリアの家をこっそりと抜け出した。
俺の得物は、薬草採りに使っている頑丈な鉈と、懐に忍ばせた鋭い石のナイフ。ゴードンは、古びてはいるが手入れの行き届いたショートソードを腰に差している。元冒険者崩れの面目躍如といったところか。
「旦那、こっちです。足元に気をつけてくだせえ」
ゴードンの先導で、俺たちは獣道にもならねえような暗い森の中を進んでいく。
さすがに慣れているのか、ゴードンは月明かりもない闇の中を、危なげない足取りで進んでいく。
半刻(約1時間)ほど歩いただろうか。
不意に、ゴードンが立ち止まり、息を殺して前方を指差した。
「……旦那、あれです。あの岩陰の向こうが、廃坑の入り口です」
木々の間から、ぼんやりとした灯りが見える。おそらく、見張りが焚いている松明の光だろう。
風に乗って、微かに話し声も聞こえてくる。
俺はゴードンに目配せし、二人して音を殺して岩陰に身を潜めた。
いよいよだ。
この異世界での、最初の大きなヤマ。
柳瀬虎之介の、命を張った「シノギ」が始まる。
俺は懐の石のナイフの感触を確かめ、静かに息を吐いた。
ヤクザの血が、久しぶりに滾るのを感じていた。
さて、どんな「お宝」が、俺を待っているんだろうな。