ゴードンの報告と、新たな鉱脈の噂
ゴードンに情報収集を命じてから3日。
俺は相変わらず薬草採りで日銭を稼ぎつつ、ミリアの家を拠点にこの世界のことを少しずつ学んでいた。文字の読み書きはまだおぼつかねえが、ミリアが根気よく教えてくれるおかげで、簡単な単語くらいなら何とか理解できるようになってきた。ヤクザ稼業だって、頭を使わなきゃやっていけねえからな。学ぶことに遅すぎるってことはねえ。
約束の日の夕暮れ時、ゴードンが息を切らして俺の元へ転がり込んできた。その顔は、期待と興奮で妙に紅潮している。
「だ、旦那! 持ってきやしたぜ! とびっきりのネタを!」
ゴードンはそう言うと、懐から汚ねえ羊皮紙の切れ端みてえなもんを取り出し、俺に差し出した。そこには、ミミズが這ったような字で何やら書きつけられている。
「ほう、どんなネタだ? 聞かせてもらおうか」
俺は羊皮紙を受け取りながら、ゴードンを促した。
ゴードンはゴクリと唾を飲み込み、声を潜めて話し始めた。
「へい! まず一つ目ですがね、この村で一番の酒飲みで、いつもツケで飲んでる鍛冶屋のオヤジがいるんですが、どうやら最近、女房に逃げられて相当荒れてるみてえでして。仕事も手につかず、さらに酒量が増えてるって話です。そろそろ金に詰まる頃かと」
鍛冶屋ね。職人ってのは、腕は確かでも金銭感覚がルーズな奴が多い。面白えかもしれねえ。だが、それだけじゃ「とびっきり」とは言えねえな。
「ふむ、まあ悪くねえ。で、他には?」
「へい! もう一つは、ちとデカい話なんですが……」
ゴードンはそこで一旦言葉を切り、周囲を警戒するように見回してから、さらに声を低くした。
「この村から北へ半日ほど行った山の中に、廃坑になった古い鉱山があるんですがね。そこが最近、どうもきな臭え動きがあるようなんです」
「廃坑? きな臭え動きとは、具体的にどういうことだ?」
俺の眉がピクリと動く。こいつは、ただの借金取りのネタとは匂いが違う。
「へい。数日前から、見慣れねえ屈強な男たちが数人、その廃坑のあたりに出入りしてるのを見かけた奴がいるそうです。夜中に何かを運び込んでいるような物音を聞いたって話も……。しかも、その男たち、どうやらただの村人じゃねえみてえで。装備も立派だし、何より目つきが違う、と」
屈強な男たち、夜中の運び込み、立派な装備……。
なるほどな。こいつは、何か裏があるかもしれねえ。
廃坑ってのは、昔は何か価値のある鉱物が採れた場所のはずだ。それが今になって、こそこそと何かを始める奴らがいる。
「その廃坑は、昔は何が採れたんだ?」
「確か……銅や銀が少しと、あと、ごく稀にですが、『魔晶石』のかけらなんかも出たって話ですぜ、旦那」
魔晶石。
この世界に来てから何度か耳にした単語だ。魔法を使うための触媒になったり、武具に付与して特殊な力を与えたりする、価値の高い鉱石らしい。
もし、その魔晶石がまだ眠っているとしたら……あるいは、何か別の「価値あるもの」を隠すために廃坑を利用しているとしたら……。
「……面白いじゃねえか」
俺の口角が、自然と吊り上がった。
鍛冶屋の借金話も悪くはねえが、この廃坑の話は、もっと大きな金の匂いがする。
ヤクザの勘が、そう告げていた。
「ゴードン、でかした。その廃坑の話、もっと詳しく調べてこい。出入りしてる男たちの人数、装備、時間帯、それから、何を運び込んでいるのか、可能な範囲でだ。だが、絶対に深入りはするな。お前の命が一番大事だからな」
「へ、へい! 分かりやした! このゴードン、命に代えても旦那のお役に!」
「命に代える必要はねえ。生きて帰って、きっちり報告しろ。それがお前の仕事だ」
俺はゴードンの肩を叩いた。こいつ、思った以上に使えるかもしれねえ。
最初の仕事としては上出来だ。
「褒美だ。これで美味いもんでも食って、次の仕事に備えろ」
俺は皮袋から銅貨を数枚取り出し、ゴードンに握らせた。
「あ、ありがとうごぜえますだ! 旦那!」
ゴードンは感激した様子で銅貨を受け取り、意気揚々と出て行った。
さて、廃坑か。
もし、そこにまだ眠っている「お宝」があるのなら、俺がそれを頂かねえ手はねえ。
あるいは、何かヤバいブツの取引場所になっているのなら、それをネタに強請ることもできる。
どちらに転んでも、俺にとっては大きなチャンスになるかもしれねえ。
もちろん、リスクもあるだろう。見慣れねえ屈強な男たちが関わってるってんなら、素人が手を出すべきじゃねえ案件かもしれねえ。
だが、俺は素人じゃねえ。裏社会で生きてきた柳瀬虎之介だ。
危険な橋ほど、渡る価値があるってもんだ。
「……ミリア」
俺は、夕食の準備をしているミリアに声をかけた。
「はい、虎之介さん。もうすぐご飯できますよ」
「ああ。その廃坑なんだがな……」
俺は、何気ない世間話をするように、ミリアに廃坑のことや魔晶石について尋ねてみた。
ミリアは、「昔は少し賑わったみたいですけど、今は魔物も出るって噂で、誰も近寄らないですよ」と、特に変わった様子もなく答えた。
誰も近寄らない、ね。
だからこそ、何かを隠すにはうってつけの場所ってわけだ。
俺の中で、新たな計画が形になり始めていた。
この異世界で、俺の「柳瀬金融」は、ただの金貸しで終わるつもりはねえ。
もっとデカいヤマを当てて、この世界でのし上がってやる。
そのためなら、どんな危険な場所だろうと、踏み込んでやるまでだ。
まずは、ゴードンからの続報待ちだな。
それまでに、俺も少しばかり準備を整えておくとするか。
久しぶりに、血が騒ぐってもんだぜ。