返済日と、転がり込んできた担保
約束の10日目。
俺は昼過ぎから酒場のいつもの席に陣取り、ゴードンが姿を現すのを待っていた。
テーブルには、安酒が一杯。ちびちびやりながら待つのは、昔取った杵柄ってもんだ。
酒場のマスターは、どこか面白がっているような、あるいは厄介事を期待しているような目で俺を見ていやがる。村の他の客たちも、何とはなしに俺と入り口を交互に見ているような気がする。噂ってのは、あっという間に広まるもんだ。俺がゴードンにトイチで金を貸したって話も、とっくに村中に知れ渡ってるんだろう。
「……来たか」
陽が傾きかけた頃、ついに酒場の扉がギィ、と音を立てて開いた。
現れたのは、案の定、憔悴しきったゴードンだった。
以前にも増して顔色は悪く、目だけが異様にギラついている。まるで追い詰められた獣だ。
ゴードンは店内を見回し、俺の姿を見つけると、おそるおそるといった足取りで近づいてきた。
その手には、何も握られていねえ。
十中八九、金は用意できなかったんだろう。
「よお、ゴードン。約束の時間だぜ」
俺が声をかけると、ゴードンはビクッと肩を震わせ、俺の前に力なく座り込んだ。
「……すまねえ。金は……用意できなかった」
しわがれた声で、ゴードンはそう言った。まあ、分かってたことだ。
「だろうな。そのツラ見りゃ分かる。で、どうするつもりだ? タダで許してもらえるとでも思ってんのか?」
俺はドスを利かせた声で畳みかける。
ゴードンは顔を俯かせ、ぶるぶると震え始めた。
「ま、待ってくれ! 必ず返す! だから、もう少しだけ……!」
「もう少しってのは、いつまでだ? 明日か? 明後日か? それとも、俺があの世に行くまで待たせるつもりか?」
俺がそう言うと、ゴードンは顔を上げた。その目には涙が浮かんでいた。
「頼む! 何でもする! 何でもするから、今回は見逃してくれ!」
「ほう、何でもする、ねえ……」
俺はゴードンの言葉を反芻する。
その時、ふと数日前の鶏泥棒の騒ぎが頭をよぎった。
こいつ、もしかして……。
「おい、ゴードン。お前、まさかとは思うが、数日前の鶏騒ぎ……お前がやったんじゃねえだろうな?」
俺の言葉に、ゴードンの肩が大きく跳ねた。
図星か。
「ち、違う! 俺じゃねえ!」
ゴードンは必死に否定するが、その狼狽ぶりは隠せていねえ。
泳がせてみるか。
「そうか? 追い詰められた奴が、何をしでかすかなんて分かったもんじゃねえからな。もしお前が犯人だとしたら、村の連中もお前をただじゃおかねえだろうぜ? 金も返せねえ、おまけに泥棒じゃあ、この村にはいられなくなるな」
俺の言葉は、じわじわとゴードンの心を締め上げていくはずだ。
事実、ゴードンの顔は真っ青になり、呼吸も荒くなってきた。
「……う……うう……」
やがて、ゴードンは観念したようにうなだれ、ぽつりぽつりと白状し始めた。
やはり、鶏を盗んだのはゴードンだった。借りた金を返すあてがなく、追い詰められてやったらしい。だが、盗んだ鶏も結局は博打の足しにもならず、すぐに使い果たしちまったという、絵に描いたようなクズっぷりだ。
「……そうか。やっぱりお前だったか」
俺はため息をつく。
これで、ゴードンはただの債務者から、犯罪者になったわけだ。
俺にとっては、より扱いやすい駒になったと言える。
「で、どうする? 俺に金を返すあてもねえ。村の連中には泥棒として追われるかもしれねえ。お前、もう詰んでるんじゃねえか?」
「……頼む。何とかしてくれ、虎之介の旦那……!」
ゴードンは俺の足元にすがりつくように頭を下げた。
「旦那」ねえ。現金なもんだ。
さて、どうするか。
こいつを村の連中に突き出して、俺の取り立ての厳しさを見せつけるのも一つの手だ。
だが、そんなことをしても、俺の懐には一銭も入ってこねえ。
「……いいだろう。一つ、面白いことを思いついた」
俺はニヤリと笑った。
「お前、腕は立つんだったな?」
ゴードンはきょとんとした顔で俺を見上げた。
「え……? ああ、若い頃は冒険者崩れみてえなこともやってたから、剣の心得くらいは……」
「なら話は早い」
俺は懐から、先日ゴードンに書かせた借用書を取り出した。
「この借金、チャラにしてやる。その代わり、お前には俺のために働いてもらう」
「は、働く……?」
「ああ。俺はこれから、この村で、いや、この国でデカい商売を始めようと思ってる。そのためには、汚れ仕事も厭わねえ手駒が必要でな。お前には、その一番手になってもらう」
ゴードンの目に、わずかながら光が宿った。
絶望の淵から、ほんの少しだけ希望が見えたのかもしれねえ。
「鶏泥棒の件は、俺が上手く揉み消してやる。その代わり、お前は俺に絶対の忠誠を誓え。もし裏切ったり、逃げ出そうとしたりしたら……どうなるか、分かるな?」
俺はもう一度、ヤクザの眼光でゴードンを射抜く。
ゴードンはゴクリと唾を飲み込み、力強く頷いた。
「……わ、分かった! 旦那の言う通りにする! だから、助けてくれ!」
「よし、契約成立だ」
俺は借用書をゴードンの目の前でビリビリに破り捨てた。
これで、銅貨22枚の債権は消えた。だが、その代わりに、俺はもっと価値のある「手駒」を手に入れたわけだ。
「とりあえず、お前には俺の身の回りの世話と、情報収集をやってもらう。報酬は……まあ、お前が腹一杯飯を食えるくらいは出してやるよ」
「あ、ありがとうごぜえますだ! 旦那!」
ゴードンは涙ながらに俺に感謝した。
まさか、闇金の取り立てに来て、舎弟が一人できるとはな。
異世界ってのは、何が起こるか分からねえもんだ。
俺はゴードンを伴って酒場を出た。
マスターが呆気にとられたような顔でこっちを見ていたが、俺は気にせず肩で風を切って歩いた。
「さて、ゴードン。まずは手始めに、あの鶏泥棒の件を何とかしねえとな。お前が盗んだ鶏は、どこにやった?」
「そ、それが……腹が減ってたんで、その日のうちに食っちまいやした……」
「……そうか。なら、話は簡単だ」
俺はニヤリと笑い、ゴードンに耳打ちした。
「金で解決できる問題は、問題じゃねえんだよ」
最初の客は、思わぬ形で俺の「ファミリー」になった。
柳瀬虎之介の異世界闇金道は、まだ始まったばかりだ。
このゴードンという男が、吉と出るか凶と出るか。
それもまた、楽しみの一つってもんだ。