夜明けのゼニスと、蠢く蛇
橘馬頭との死闘を終え、俺たちが灯台から降りてきた時、空は白み始めていた。
燃え盛っていた街の火の手も、陽動作戦を終えたロレンゾたちの手配で、ようやく鎮火に向かっているようだった。
ゼニスの港は、しかし、静けさとはほど遠い、異様な熱気に包まれていた。
アークライト商会の私兵どもは蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、代わりに、俺たち柳瀬組の勝利を嗅ぎつけた野次馬や、恐る恐る様子を窺う商人たちの姿があった。
「……ゴードン、ベイル、ロレンゾ。こいつを街の広場に晒してこい」
俺は、動かなくなった橘の亡骸と、奴が持っていた青白い刀を指差した。
「そして、ゼニスの全ての人間に伝えろ。『神嶺組若頭補佐、橘馬頭は、この柳瀬虎之介が討ち取った。今日から、このゼニスの港は、柳瀬組のシマだ』と。逆らう奴がいれば、いつでもかかってこい、ともな」
ヤクザのやり方だ。勝利は、派手に見せつけてこそ意味がある。恐怖と力で、新しい秩序を刻み込むんだ。
仲間たちは、俺の命令に黙って頷き、橘の亡骸を担いで夜明けの街へと消えていった。
俺は、ミリアに肩を借りながら、アジトへと戻った。全身の傷が、ズキズキと痛む。だが、それ以上に、腹の底から湧き上がってくるのは、途方もねえ達成感だった。
数日後、ゼニスの街は、完全に新しい空気に入れ替わっていた。
アークライト商会は、その悪事が白日の下に晒され、幹部の橘が討ち死にしたことで、事実上崩壊した。ゼニスの商人ギルドは、柳瀬組の「要請」を受け入れ、アークライト商会との全ての取引を停止し、その資産を凍結した。表向きは、被害を受けた商人たちへの賠償のため、ということになっているが、実質的には、俺たち柳瀬組がその管理権を握った形だ。
港の利権も、完全に俺たちのものになった。荷揚げされる品物から上がる「ショバ代」は、莫大な軍資金となり、柳瀬組の金庫を潤していく。
そして、ゼニスの裏社会もまた、大きく動いた。
俺にシメられた「スネーク・バイト」のザギは、真っ先に俺たちの傘下に入ることを宣言し、他のチンピラ組織も、雪崩を打って柳瀬組に忠誠を誓ってきた。俺は、そいつらを選別し、使える駒だけを手元に残して、ゼニスの裏社会に新たな「盃の秩序」を築き上げた。
柳瀬組は、一夜にして、ゼニスで知らぬ者のいない巨大勢力へと成り上がったのだ。
「組長、これが例の『黒い珠』です」
アジトで、ミリアが橘が最後に握り潰そうとしていた呪物を見せてきた。
それは、不気味な紫色の光を放ち、見ているだけで気分が悪くなるような代物だった。
「……ミリア、こいつは何だ?」
「おそらくですが……『黄昏の蛇』の術者が使う、強力な呪いの触媒です。橘馬頭は、これを使って自爆し、虎之介さんを道連れにしようとしていたのかもしれません。そして……この珠からは、彼が『黄昏の蛇』と、私たちが思っていた以上に深い繋がりを持っていたことが感じられます。ただ利用されていただけではない……彼自身も、その力を信奉していた可能性があります」
やはり、「黄昏の蛇」か。
神嶺組の背後にいる、あるいは神嶺組そのものを喰らおうとしている、本当の黒幕。
橘は、その蛇に魅入られていたのかもしれねえな。
そんな折、ゴードンが、血相を変えて報告を持ってきた。
「組長! 大変です! 神嶺組の本隊が動いたみてえです!」
「何だと? どこ情報だ?」
「ゼニスに潜伏している、氷川直属の密偵を捕らえて吐かせました! 氷川の奴、橘がやられたことと、ゼニスが俺たちの手に落ちたことを知って、ブチ切れてるそうです! そして……」
ゴードンは、ゴクリと唾を飲んだ。
「氷川は、ゼニス奪還のために新たな部隊を送るのではなく……次の標的である『ドワーフ・マウンテン』での計画を、大幅に早めることを決定した、と。そして、そこには、橘以上の実力を持つという、神嶺組最強の武闘派幹部『鬼神の玄武』が向かっているそうです!」
鬼神の玄武。
聞いたことのある名前だ。俺が神嶺組にいた頃、その武勇で名を馳せていた、伝説的な武闘派ヤクザ。まさか、あいつもこの異世界に来ていやがったとは。
そして、ドワーフ・マウンテン。計画書にあった、オリハルコン鉱と、ドワーフの技術。氷川は、ゼニスでの失敗を取り返すために、そちらで一気に勝負をかけるつもりらしい。
「……上等じゃねえか。こっちから出向く手間が省けたってもんだ」
俺の口元には、自然と獰猛な笑みが浮かんでいた。
氷川、そして鬼神の玄武。俺がケリをつけなきゃならねえ相手が、向こうから戦場を用意してくれたんだ。
「柳瀬組、次の仕事だ!」
俺は、集まった仲間たちを見渡し、宣言した。
「俺たちは、ドワーフ・マウンテンへ向かう。氷川の野望を叩き潰し、鬼神の玄武とやらに、本当の『鬼』がどっちなのか、教えてやる!」
ゼニスでの戦いは終わった。だが、それは、神嶺組、そして「黄昏の蛇」との、さらに大きな戦争の序章に過ぎなかった。
俺たち柳瀬組の新たな伝説が、今、始まろうとしている。
目指すは、鉱山都市ドワーフ・マウンテン。
そこには、一体どんな地獄が待ち受けているのか。楽しみで仕方がねえぜ。




