ゼニス炎上、全面戦争
俺たちが仕掛けた「情報」という名の爆弾は、ゼニスの街で神嶺組(アークライト商会)という巨大な建物を内側から破壊し始めた。
だが、追い詰められた獣が最も危険な牙を剥くように、奴らの報復は、俺の想像以上に迅速で、そして凶暴だった。
「組長! アークライト商会の私兵どもが、街中で暴れ回ってやす! 俺たちに協力した商人や、噂を広めただけの連中まで、見境なく……!」
ゴードンが、血相を変えてアジトに飛び込んできた。
その言葉通り、窓の外からは、人々の悲鳴と、金属のぶつかり合う音、そして、時折、銃声のような乾いた音が聞こえてくる。
「……橘の野郎、完全にキレやがったな」
俺は舌打ちした。情報操作で火消しをするかと思いきや、奴はもっと単純で、そしてヤクザらしいやり方を選んだ。
恐怖で全てをねじ伏せ、柳瀬組とそれに繋がる者全てを、このゼニスから物理的に消し去ろうというわけだ。
上等じゃねえか。望むところだぜ。
「いいか、お前ら! これからゼニスは戦場になる! 俺たち柳瀬組は、正面からぶつかるんじゃねえ。この街全体を釣り堀に見立てて、神嶺組の雑魚どもを一本釣りしてやる!」
俺の号令一下、柳瀬組は地下アジトから、より身を隠しやすい複数の潜伏場所へと分散した。ロレンゾが商人仲間から借り受けた、古い倉庫や、打ち捨てられた地下酒場。そこを拠点に、俺たちは神嶺組へのゲリラ戦を開始した。
「ベイル! お前の作った『おもちゃ』、存分にばら撒いてやれ!」
「へっ! 任せな、組長! 奴らに、俺様の芸術作品の味をたっぷり教えてやるぜ!」
ベイルが開発した、指向性の強い小型爆弾や、踏むと痺れ薬が噴き出す罠、そして、目くらましの光を放つ特殊な閃光弾。それらが、ゼニスの路地裏という格好の狩場で、面白いように神嶺組の私兵どもを血祭りにあげていく。
俺とゴードンは、二人一組で、神嶺組の小隊を狙って奇襲を繰り返した。
ゴードンが囮となって敵を引きつけ、俺が背後から一気に叩く。あるいは、俺が正面から派手に暴れ、ゴードンが敵の指揮官だけを狙って仕留める。
俺たちの鉈と剣は、何人もの「鬼瓦」の血を吸い、その度に、俺たち自身の傷も増えていった。
「ミリア! 敵の増援はどっちから来る!?」
「北西の商業地区から、約二十名の集団がこちらに向かっています! それと、南の港からも別働隊が!」
ミリアは、アジトの一つに設けた「司令部」で、魔法を使って街全体の気配を探り、俺たち実働部隊に的確な情報を送り続けてくれた。時には、追い詰められた俺たちの逃走路に、幻術の壁を作り出して追手を撒いてくれることもあった。オフクロのお守りを握りしめながら祈る彼女の姿は、まるで戦場の女神のようだった。
ロレンゾも、商人としての才覚を発揮した。
彼が築き上げた情報網は、神嶺組の物資の動きや、買収された役人の名前を次々と暴き出し、俺たちのゲリラ戦を有利に進めるための重要な情報源となった。さらに、彼が匿っている商人仲間たちは、柳瀬組のために食料や薬を調達し、俺たちの兵站を支えてくれた。
だが、戦況は楽観できるもんじゃねえ。
神嶺組の物量は、やはり圧倒的だった。倒しても倒しても、次から次へと新しい兵隊が湧いてくる。ゼニスの街は、あちこちで火の手が上がり、無法地帯と化していた。
警備隊は、完全に機能を停止している。領主は、アークライト商会からの献金が途絶えるのを恐れてか、見て見ぬふりを決め込んでいるらしい。
そして、市民たちの反応も、様々だった。
神嶺組の暴虐に怒り、密かに柳瀬組に協力してくれる者もいれば、恐怖に屈して俺たちの情報を売り渡す者もいた。混乱に乗じて略奪を働くゴロツキも現れ、街は日に日に荒廃していく。
「……組長、このままじゃ、ゼニスの街が持たねえ……」
ある夜、血と泥に汚れた服のまま、俺たちは束の間の休息を取っていた。ゴードンの声には、さすがに疲労の色が濃かった。
俺も分かっている。このまま消耗戦を続けても、いずれは俺たちが潰される。
どこかで、この流れを変える一手を打たなきゃならねえ。
その時、ミリアが血相を変えて俺たちの元へ駆け込んできた。
「虎之介さん! 大変です! 橘馬頭が……橘馬頭が、港で何かを始めようとしています! とても……とても邪悪な気配が……!」
「何だと!?」
俺の脳裏に、第7倉庫で見た、あの「龍脈の楔」の光景が蘇った。
まさか、橘の奴、この混乱に乗じて、無理やり「楔」を打ち込もうとしてるんじゃねえだろうな!
もしそうなれば、ゼニスの大地は完全に死に、この街はゴーストタウンと化す。
「……全員、聞け!」
俺は、仲間たちの顔を見回した。全員、疲弊しきっている。だが、その目にはまだ、闘志の火が消えずに残っていた。
「俺たちの次の仕事は、橘馬頭の首だ。そして、奴がやろうとしているクソみてえな計画を、完全に叩き潰す!」
もう、ゲリラ戦でチマチマやってる場合じゃねえ。
神嶺組の大将の首を獲り、この戦争にケリをつける。
それが、このゼニスを救う唯一の方法だ。
「だが、相手は橘だ。それに、港にはまだ大勢の『鬼瓦』がいる。まともに突っ込んでも、勝ち目は薄い」
俺は、ゼニスの地図を睨みつけ、思考を巡らせる。
何か、奴の意表を突く手はねえか。この状況をひっくり返す、起死回生の一手は……。
その時、ふと、ザギから聞いたある情報を思い出した。
『橘の野郎、時々、一人で港の古い灯台に登って、海を眺めてるらしいぜ。何を考えてるのかねえ……』
古い灯台。港全体を見渡せる、孤立した場所。
そして、橘が一人になる可能性のある場所。
「……決まった」
俺は、ニヤリと口の端を吊り上げた。
「今夜、俺は橘の首を獲りに行く。だが、一人じゃねえ。柳瀬組総出で、奴に最後の挨拶をしてやるんだ」
俺の頭の中には、神嶺組、そして橘馬頭を叩き潰すための、最後の、そして最も危険な博打の絵図が、明確に描かれていた。
ゼニスの炎は、今、俺たち柳瀬組の反撃の狼煙となろうとしていた。




