情報という名の刃
「神嶺組とアークライト商会を、このゼニスから完全に叩き出す。俺たちが、この街の新しい『顔』になるんだよ」
俺の宣言に、アジトに集まった柳瀬組の仲間たちの顔には、緊張と、そして新たな戦いへの高揚感が浮かんでいた。クリムゾン・リーパーとの死闘を乗り越え、俺たちはもはやただの寄せ集めじゃねえ。一つの目的のために結束した、本物の「組」になりつつあった。
「いいか、今度の喧嘩は、ただの殴り合いじゃねえ。情報って名の刃で、奴らの喉元を掻っ切るんだ。ミリア、ロレンゾ、お前らの力が鍵になる」
俺は、二人に視線を送った。
作戦はこうだ。
まず、俺たちが第7倉庫から奪った「計画書」と、ロレンゾが集めたアークライト商会の不正な取引の証拠。これらを、ゼニスの市民どもに分かりやすい形でぶちまける。
ミリアには、その証拠の中から、特に悪質な部分――例えば、市民から不当に税を取り立てていた記録や、安全基準を無視した危険な商品を流通させていた証拠などを選び出し、魔法で誰の目にも明らかな「不正の印」を刻んでもらう。偽造の疑いを挟む余地もねえ、決定的な証拠の完成だ。
「ロレンゾ、お前は商人ギルドの連中や、街の有力者の中に、アークライト商会に恨みを持つ奴、あるいは正義感の強い奴を探し出せ。そいつらに、これらの証拠の写しを渡し、奴らの悪事を公の場で告発させるんだ。最初は及び腰だろうが、金の力と、俺たち柳瀬組が後ろ盾になるという『安心』を与えれば、動く奴も出てくるはずだ」
「……は、はい! 全力でやります、組長!」
ロレンゾは、まだ少し顔が青いが、その目には強い意志が宿っている。こいつも、商人としての誇りを賭けて、この戦いに挑む覚悟を決めたらしい。
「ゴードンとベイルは、来るべき『大掃除』の準備だ。俺たちが情報をばら撒けば、神嶺組は必ず力で押さえ込もうとしてくる。その時に、返り討ちにしてやるためのな」
「へい! 鬼瓦どもをギャフンと言わせる、新しい『おもちゃ』を開発中でさぁ!」
ベイルが、ニヤリと黒い歯を見せて笑う。
「そして、俺は……この街で一番影響力のある『声』に接触する」
俺が目を付けたのは、ゼニスで一番人気の吟遊詩人だという男だった。その男の歌は、酒場だけでなく、広場や祭りで大勢の市民に聞かれ、時には領主の耳にさえ届くという。
こういう、大衆の心を掴む奴の「声」は、どんな武器よりも強力なことがある。
数日後、俺たちの準備は着々と進んだ。
ミリアが魔法で複製した告発状と証拠の山。ロレンゾが確保した、複数の協力者たち。ベイルの工房から聞こえる、怪しげな金属音と爆発音。そして、ゴードンが集めてくる、神嶺組の焦りの情報。
そして、俺はゼニスで一番と評判の吟遊詩人――名をエリアスという、優男風の男に接触した。
最初は、俺のヤクザみてえな風貌に怯えていたエリアスだったが、俺が積んだ金貨の山と、「お前の歌で、この街を救ってみねえか」という甘い言葉、そして何より、俺が見せたアークライト商会の不正の証拠の数々に、次第にその目を変えていった。
「……これは……もしこれが全て真実なら、許されることではない……!」
エリアスは、震える手で証拠の写しを握りしめ、吟遊詩人としての魂を燃やし始めた。
そして、Xデー。
その日、ゼニスの街は、いつもとは違う空気に包まれた。
まず、街のあちこちの広場や酒場で、エリアスが新しい歌を歌い始めた。
それは、強欲な商会と、その陰で暗躍する黒い影の悪事を、痛烈に風刺する歌だった。最初は面白がって聞いていた市民たちも、その歌が具体的な不正や事件を暗示していることに気づき始め、ざわめきが広がっていく。
ほぼ同時に、商人ギルドの定例会合で、ロレンゾが手配した数人の商人たちが、アークライト商会の不正会計や独占禁止法違反(この世界にそんな法律があるかは知らねえが、まあ似たようなもんだろう)を、具体的な証拠と共に告発した。ギルドの幹部たちは、最初は黙殺しようとしたが、他の商人たちからの突き上げと、あまりにも詳細な証拠の前に、調査委員会の設置を約束せざるを得なくなった。
そして、極めつけは、街の掲示板という掲示板、人通りの多い壁という壁に、俺たち柳瀬組の名前で貼り出された、大量の告発状と、ミリアが「不正の印」を刻んだ証拠の写しだった。
そこには、アークライト商会が市民から搾取した金の流れ、欠陥商品を売りつけていた証拠、そして、その利益が神嶺組という凶悪な組織に渡り、さらなる悪事に使われているという事実が、赤裸々に記されていた。
ゼニスの市民たちは、最初は何が起こったのか分からず戸惑っていた。
だが、吟遊詩人の歌、商人たちの告発、そして街中に溢れる動かぬ証拠。
それらが一つに繋がり、巨大なうねりとなった時、人々の感情は、疑惑から怒りへと変わった。
「アークライト商会は、俺たちを騙していたのか!」
「なんてことだ、あんな評判の良い店が……!」
「神嶺組だと? そんな奴らが、この街を牛耳っていたなんて!」
アークライト商会の本店や支店には、抗議の市民が押し寄せ、商品の不買運動が始まった。取引を停止する業者が相次ぎ、銀行(みてえな金融機関)も融資の引き上げを検討し始めたという噂まで流れた。
神嶺組が築き上げてきた、アークライト商会という金の城は、俺たちが放った「情報」という名の刃によって、内側から崩壊し始めていた。
「……組長、やりましたな」
アジトで報告を聞いていたゴードンが、興奮した声を上げる。
「ああ。だが、これで終わりじゃねえ。むしろ、ここからが本番だ」
俺は、窓の外に広がる、不穏な空気に包まれたゼニスの街を見下ろした。
橘馬頭、そして氷川。奴らが、この状況を黙って見ているはずがねえ。
必ず、力でねじ伏せようと、牙を剥いてくる。
俺たちの本当の戦争は、これからだ。
このゼニスを舞台にした、情報と暴力が入り乱れる、全面戦争がな。
そして、その果てに、この街の新しい「顔」が決まる。




