束の間の生還と、蛇の影
薄皮を一枚一枚剥ぐような、鈍い痛みの中で、俺はゆっくりと意識を取り戻した。
最初に感じたのは、薬草の匂いと、誰かの柔らかい手が俺の額を拭っている感触だった。
「……組長……!」
目を開けると、そこには涙でぐしゃぐしゃになったゴードンの顔があった。
「……うるせえな、ゴードン。人が気持ちよく寝てるところを……」
俺が掠れた声で言うと、ゴードンは「うおおおん!」と、子供みてえに泣きじゃくり始めた。
どうやら、俺は生きてるらしい。
状況を把握するのに、それほど時間はかからなかった。
あの鐘楼での死闘の後、俺はミリアたちの手でここまで運ばれ、数日間、生死の境を彷徨っていたらしい。ここは、ロレンゾが手配してくれた、アジトとは別の隠れ家の一室だった。
ミリアは、ほとんど寝ずに俺の治療に当たってくれていたようで、その顔には深い疲労の色が浮かんでいたが、俺が目を覚ましたのを見ると、心底安心したように微笑んだ。
「……虎之介さん……よかった……本当に……」
その手には、俺のオフクロのお守り袋が、まだ淡い光を放ちながら握られていた。こいつが、また俺の命を繋いでくれたのか。
「ベイルとロレンゾは?」
「二人とも、外で街の様子を探ってやす。組長の目が覚めたと知ったら、飛んで帰ってきやすぜ」
ゴードンの言葉通り、しばらくすると、ベイルとロレンゾも慌てた様子で隠れ家に駆け込んできた。ベイルは憎まれ口を叩きながらも、その目元は赤く腫れているように見えた。ロレンゾは、ただただ俺の手を握って、何度も「よかった」と繰り返していた。
ヤクザ稼業は、裏切りと騙し合いが日常茶飯事だ。だが、こいつらは違う。
命を懸けて、俺を助けようとしてくれた。
こんな仲間を持てたのは、俺の人生で初めてかもしれねえな。
「……それで、あの女はどうなった?」
俺が尋ねると、ミリアが悲しげな表情で、あの黒い蛇の紋章が刻まれたメダルを差し出した。
「クリムゾン・リーパーのリーダーは……亡くなりました。そして、これが……彼女の持ち物から」
「『黄昏の蛇』……か」
廃坑で見た紋様と酷似しているが、ミリアによれば、こちらの方がより古く、強い力を秘めているらしい。
「クリムゾン・リーパーは、ただ神嶺組に雇われていただけではなかったのかもしれません。彼ら自身が、『黄昏の蛇』と深い関わりを持つ組織だった……あるいは、その逆か。『黄昏の蛇』という古の組織が、クリムゾン・リーパーという暗殺ギルドを隠れ蓑にしていた……」
ミリアの推測は、俺の頭の中で、いくつかのバラバラだった情報を繋ぎ合わせた。
神嶺組が利用しようとしていた古の力。廃坑での儀式。そして、あの女リーダーの、どこか狂信的とも思える「正義」。
全てが、「黄昏の蛇」というキーワードで結びつく。
「……神嶺組の奴ら、とんでもねえ蛇を懐に入れてやがったってことか。あるいは、蛇に飲み込まれかけてるのかもな」
俺たちの敵は、神嶺組だけじゃねえ。その背後に潜む、さらに古く、そして邪悪な何かがいる。
厄介なことこの上ねえが、同時に、俺のヤクザとしての血が騒ぐのを感じていた。
デカいヤマほど、喰い甲斐があるってもんだ。
俺が回復するまでの間、ゴードンは街の情報を集め続けていた。
「組長、橘の野郎ですが、クリムゾン・リーパーが失敗したことに相当お冠のようで、ゼニス中に『鬼瓦』を放ち、前にも増して俺たちを探し回ってやす。アークライト商会の締め付けも厳しくなって、街の空気は最悪ですぜ」
「だろうな。だが、面白い情報もある」
俺は、ゴードンが持ってきた別の報告に目をやった。
「柳瀬組がクリムゾン・リーパーを退けたって噂が広まって、俺たちに助けを求めたり、傘下に入りたいって言い出すチンピラや、アークライト商会に煮え湯を飲まされてる商人が、後を絶たねえらしいじゃねえか」
俺が仕掛けた「懸賞金ゲーム」は、予想以上の効果を上げていた。
神嶺組の脅威は増しているが、同時に、俺たち柳瀬組の力も、このゼニスの裏で着実に拡大している。
「組長、次はどうしやす? ドワーフ・マウンテンへ向かいやすか?」
ゴードンの問いに、俺は首を横に振った。
「いや、その前に、このゼニスで、もう一つ大きな花火を打ち上げてやる」
俺は、懐から、あの第7倉庫から奪った「計画書」を取り出した。
「この計画書には、神嶺組がゼニスでやろうとしていたことの全てが書かれている。アークライト商会を使った不正な金の流れ、龍脈の力の略奪計画、そして、氷川や橘の悪事の数々。これを、ゼニスの全ての人間の前にぶちまけてやるんだ」
「……それは、つまり……」
ロレンゾが、息を呑む。
「ああ。神嶺組とアークライト商会を、このゼニスから完全に叩き出す。俺たちが、この街の新しい『顔』になるんだよ」
氷川への復讐。神嶺組の計画阻止。
そのためには、まず、俺たちの足場を固める必要がある。
この商業都市ゼニスを、柳瀬組の鉄壁のシマにする。それが、俺たちの次の一手だ。
「ミリア、お前の『森の民』の知識と、ロレンゾの商人としての知恵を貸してくれ。この計画書を、最も効果的にゼニスの連中にバラまく方法を考えるぞ。ゴードンとベイルは、来るべき『大掃除』に備えて、戦力の増強と、新しい『道具』の準備だ」
俺の号令に、仲間たちの目に再び闘志の火が灯った。
死線を乗り越え、俺たちはさらに強くなった。
そして、俺たちの「組」は、これからもっとデカくなる。
「神嶺組よ、氷川よ。お前らが仕掛けた戦争、きっちり買ってやるぜ。この柳瀬虎之介が、極道のやり方で、お前らに本当の『恐怖』を教えてやる」
ゼニスの街に、再び嵐が吹き荒れようとしていた。
だが今度の嵐は、俺たち柳瀬組が巻き起こす、反撃の嵐だ。




