最初の契約と、トイチの利息
「よお、ゴードンさん。ちょっとアンタにいい話があるんだが、聞いちゃくれねえか?」
俺が声をかけると、泥酔寸前だったゴードンは焦点の定まらねえ目で俺を見上げた。獣の毛皮みてえなものを雑に羽織り、顔には無精髭。いかにもその日暮らしって感じの男だ。
「……あんだぁ? あんた、誰だっけか……ひっく」
呂律が回っていねえ。こりゃあ、交渉するにはちと骨が折れるかもしれねえな。
だが、こういう酔っ払いは、逆に扱いやすいこともある。気が大きくなって、普段ならしねえような判断をしちまったりするからな。
「俺は見ての通り、ただの旅のもんだ。だが、人を見る目には自信があってな。あんた、見たところ腕は立ちそうだが、懐は寂しいんじゃねえか?」
俺がそう言うと、ゴードンは少し顔をしかめた。図星だったんだろう。
「……うるせえ。余計なお世話だ」
「まあ、そういきり立つなよ。俺はあんたの味方だぜ? 少しばかり金が余っててな。困ってる奴がいるなら、融通してやってもいいと思ってるんだ」
俺はわざとらしく皮袋を揺すり、チャリン、と銅貨の音を立ててみせた。
ゴードンの目が、その音にわずかに反応したのを俺は見逃さなかった。
「……金、だと? あんたみてえな見ず知らずの奴が、俺に金を貸してくれるってのか?」
「ああ、そうだ。ただし、タダでってわけにはいかねえ。商売なんでな」
俺はニヤリと笑う。
「元金に、ちょいとばかり色をつけて返してもらえりゃあ、それでいい」
ゴードンは疑わしげに俺の顔を睨みつけた。
「……利息を取るってのか。どれくらいだ?」
「そうだな……」
俺は少し考えるふりをする。
この世界の金の価値がまだ正確には掴めてねえ。だが、出し惜しみする必要もねえだろう。こいつは相当困窮してるはずだ。
「トイチでどうだ?」
「トイチ……? そりゃあ、どういう……」
ゴードンは怪訝な顔をする。まあ、そうだろうな。こっちの世界にそんな隠語があるとは思えねえ。
「10日で1割の利息だ。例えば銅貨10枚貸したら、10日後には11枚にして返してもらう。分かりやすいだろう?」
俺がそう説明すると、ゴードンの顔がみるみる青ざめていくのが分かった。
「じゅっ……10日で1割だと!? そ、そんな馬鹿な! 街の金貸しだって、そこまで高くはねえぞ!」
ほう、この世界にも金貸しはいるのか。しかも、俺の提示した利率よりは良心的らしい。
だが、そんな真っ当な金貸しから借りられねえから、こいつはこうして昼間から安酒を呷ってるんじゃねえのか?
「そりゃあ、真っ当な金貸しならな。だが俺は、あんたのツラも、身元も、何も聞かねえ。ただ、あんたの『信用』に貸すんだ。それ相応のリスクってもんがあるだろう?」
俺はゴードンの目をじっと見据える。
「それに、あんた、今すぐにでも金が欲しいんじゃねえのか? そのツケ、いつまで溜めとくつもりだ?」
俺が酒場のカウンターを顎でしゃくると、ゴードンはバツが悪そうに視線を逸らした。
マスターがこっちをチラチラと見ている。おそらく、ゴードンのツケの額を把握してるんだろう。
「……ぐっ……」
ゴードンは言葉に詰まる。完全に足元を見られてるってことは分かってるはずだ。
それでも、目の前にぶら下げられた「金」という名の蜘蛛の糸に、こいつは手を伸ばさずにはいられねえ。
「どうする? 借りるのか、借りねえのか。俺も暇じゃねえんでな」
俺が最後の一押しをすると、ゴードンは苦虫を噛み潰したような顔で、絞り出すように言った。
「……分かった。借りる。銅貨10枚……いや、20枚貸してくれ」
「ほう、20枚か。いいだろう」
思ったより強欲だな。だが、その方が取り立て甲斐もあるってもんだ。
俺は皮袋から銅貨20枚を取り出し、テーブルの上に置いた。ジャラリ、という音が、やけに大きく響いた気がした。
「確かに20枚だ。10日後、利息込みで22枚、きっちり返してもらうぜ。もし返せなかったら……どうなるか、分かるよな?」
俺は声を低くし、ゴードンの目を射抜くように見つめた。
ヤクザの恫喝は、言葉だけじゃねえ。目つき、態度、声のトーン、その全てで相手を威圧する。この異世界でも、その基本は変わらねえはずだ。
ゴードンはゴクリと唾を飲み込み、小さく頷いた。
「……ああ、分かってる」
「よろしい」
俺は満足して頷くと、懐から小さな紙切れと、どこかで見つけた炭の欠片を取り出した。
ミリアの家にあった子供の落書き用のものだろう。
「念のためだ。ここに『銅貨22枚、10日後に柳瀬虎之介に返済します』と書いて、あんたの名前をサインしろ」
「こ、こんなもんに意味があるのか……?」
「俺にとっては意味がある。さあ、書け」
ゴードンは渋々といった感じで、震える手で俺の言った通りの文面と、自分の名前らしきものを書き付けた。ミミズがのたくったような字だが、まあ、証文としては十分だ。
「よし、契約成立だな」
俺はその紙切れを懐にしまい、立ち上がった。
ゴードンはテーブルの上の銅貨を、まるで餓えた獣みてえな目で見つめている。
「その金、大事に使えよ。博打でスッちまうんじゃねえぞ」
俺は最後にそう釘を刺し、酒場を後にした。
さて、最初の「シノギ」は確保した。
あとは、10日後にゴードンがどう出てくるかだ。
素直に返すか、それとも踏み倒そうとするか。
どちらに転んでも、俺にとっては面白いことになりそうだ。
この異世界で、俺の闇金道がどう転がっていくのか。
まずは、この小さな村で、俺の「柳瀬金融」の看板を上げてやるとしようじゃねえか。