ゼニス港湾戦争
Xデーの夜明けは、嵐の前の静けさ、ではなかった。
むしろ、ゼニスの港は、朝から不穏な喧騒に包まれていた。
「働けるか、こんな給料で!」
「そうだ! 鬼瓦どもを追い出せ!」
ゴードンが仕掛けた火種は、俺の想像以上の勢いで燃え上がっていた。
港の労働者たちが、一斉にストライキに突入したのだ。荷物の積み下ろしは完全にストップし、巨大なクレーンは沈黙したまま、港の機能は麻痺状態に陥っていた。
アークライト商会の監督官たちが怒鳴り散らしているが、数で勝る労働者たちの勢いは止められない。
ほぼ同時に、ロレンゾが仕掛けた一手も効果を発揮していた。
商人ギルドの名を掲げた抗議団が、アークライト商会の本社前に集結し、奴らの強引な商売を糾弾し始めたのだ。
アークライト商会、そしてその裏にいる神嶺組の意識は、完全にこれらの対応に引きつけられているはずだ。
「……時間だな」
ゼニスの地下アジトで、俺は静かに呟いた。
テーブルの上には、ベイルが夜なべして作り上げた「喧嘩道具」が並んでいる。
「ミリア、港の気配は?」
「はい、組長。港湾管理事務所の周辺は、ストライキの鎮圧のために半数以上の警備が移動しています。今なら、守りは普段の三分の一以下です。それに、橘馬頭の気配は、やはりゼニスにはありません」
完璧な状況だ。
「よし、行くぞ! 柳瀬組、初仕事だ!」
俺の号令と共に、俺たち四人はアジトを飛び出した。ロレンゾは、後方での情報連絡役としてアジトに残る。
混乱する港を、俺たちは最短距離で駆け抜けた。
労働者たちの怒号、アークライト商会の連中の罵声、その全てが、俺たちのためのBGMみてえに聞こえる。
目標である港湾管理事務所は、港の一番奥まった場所にある、石造りの頑丈な建物だ。
入り口には、まだ数人の「鬼瓦」が残っていた。
「ベイル!」
「おうよ!」
ベイルが、合図と共に麻袋からラグビーボールみてえな黒い球を数個取り出し、敵陣に投げ込んだ。
球が地面に叩きつけられると、ボンッ!という音と共に、辺り一面が真っ白な煙に包まれる。ベイル特製の煙幕弾だ。
「な、なんだ!?」
「敵襲だ!」
煙の中で狼狽する「鬼瓦」ども。
その混乱を、俺たちが見逃すはずがねえ。
「ゴードン!」
「へい!」
俺とゴードンは、煙の中に突っ込み、気配を頼りに敵を斬り伏せていく。
視界が悪い中での戦闘は、ヤクザの闇討ちで慣れている俺の独壇場だ。
「――聖なる風よ、彼の者の道を照らせ!」
ミリアが詠唱すると、俺たちの周りだけ煙が晴れ、敵の姿がくっきりと浮かび上がった。
完璧な援護だ。
残った数人をあっという間に片付け、俺たちは事務所の鉄の扉の前に立った。
「ベイル、出番だぜ」
「任せな」
ベイルは、巨大な鉄の爪がついた、てこを応用したような道具を取り出した。これも奴の特製品、「扉殺し」だ。
ベイルがその道具を扉の隙間にねじ込み、渾身の力で体重をかけると、バキン!という轟音と共に、頑丈な鍵がいとも簡単に破壊された。
事務所の中に雪崩れ込むと、そこには書類仕事に追われていた数人の役人と、護衛役の「鬼瓦」が数人いただけだった。
そいつらも、俺たちの勢いの前に、抵抗する間もなく床に沈んだ。
「探せ! 港の権利書と、金庫だ!」
俺の命令で、ゴードンとベイルが事務所内を引っかき回す。
俺は、事務所の責任者らしき男の胸ぐらを掴み上げた。
「おい、この港を仕切ってる神嶺組の幹部はどこだ?」
「ひ、ひぃ……! サ、サワシロ様なら、今は詰所に……!」
サワシロ、ね。覚えておこう。
すぐにゴードンが、分厚い羊皮紙の束と、隠し金庫の場所を見つけ出した。
「組長! ありやしたぜ!」
「よし!」
ベイルが、再び「扉殺し」で金庫をこじ開けると、中には眩いばかりの金貨と、宝石類が詰まっていた。
「こいつが、俺たちの最初の軍資金だ! 全部いただく!」
俺たちは、権利書と金品を手早く麻袋に詰め込むと、事務所に火を放った。
「次だ! 神嶺組の詰所を叩き潰す!」
労働者たちのストライキは、今や暴動寸前の騒ぎになっている。
その混乱の中、俺たちは責任者のサワシロとやらがいるという、港の詰所へと向かった。
詰所は、事務所よりもさらに厳重に警備されていたが、主力部隊が出払っている今、もはや張り子の虎だ。
俺たちは、正面から堂々と乗り込んだ。
「柳瀬組だ! てめえらのシマ、今日から俺たちが預かる! ボスのサワシロはどこだ!」
俺が啖呵を切ると、奥から、神経質そうに眉をひそめた、着流し姿の男が出てきた。橘ほどの凄みはねえが、それなりに修羅場を潜ってきた目だ。
「貴様らか、騒ぎを起こしているネズミどもは……」
「ネズミにシマを荒らされる気分はどうだ、サワシロさんよぉ」
俺が挑発すると、サワシロは顔を真っ赤にして刀を抜いた。
「……全員、殺せ!」
だが、勝負はすでについていた。
俺とゴードンの剣戟、ベイルの投げる小型の炸裂弾、ミリアの魔法による妨害。
俺たちの連携攻撃の前に、詰所の「鬼瓦」どもは次々と倒れていく。
最後には、サワシロと俺の一騎打ちになった。
「てめえの親分は、氷川か? それとも橘か?」
「……黙れ!」
サワシロの剣は速かったが、怒りで我を忘れた太刀筋は、隙だらけだ。
俺は、奴の剣を紙一重でかわし、カウンターで鉈を叩き込んだ。
俺の目的は、こいつを殺すことじゃねえ。恐怖を、骨の髄まで植え付けることだ。
腕と足を斬りつけ、戦闘能力を奪った後、俺はサワシロの耳元で囁いた。
「ボスによろしくな。このゼニスの港は、柳瀬組が預かった、と。次にこのシマに足を踏み入れたら、命はねえと思え」
サワシロは、恐怖と屈辱に顔を歪ませ、気を失った。
「……仕事は、終わりだ。ずらかるぞ!」
目的は全て達成した。
これ以上長居は無用だ。街の警備隊が来る前に、ここから消える。
俺たち柳瀬組は、煙と炎と怒号に包まれたゼニスの港を後にした。
アジトに戻った俺たちの手には、港の利権と、莫大な軍資金があった。
そして、ゼニスの裏社会には、一夜にして巨大な商会のシマを奪い去った、「柳瀬組」という新たな組織の噂が、瞬く間に広まっていくことになる。
俺たちの戦争は、まだ始まったばかりだ。
だが、この最初の勝利は、神嶺組という巨大な敵に、俺たちの牙が届くことを証明した、大きな一歩だった。




