港湾戦争の絵図
「手始めに、アークライト商会が牛耳っている、ゼニスの港の利権を、俺たちがいただく」
ゼニスの地下に構えたアジトで、俺は集まった「柳瀬組」のメンバーを前に、最初の大きな「仕事」の計画を説明し始めた。テーブルに広げられているのは、ロレンゾが商人仲間から集めてきた情報と、ゴードンが足で稼いだ裏通りの噂話、そしてミリアが魔法で読み取った港一帯の大まかな地図だ。
「いいか、お前ら。ただの殴り込みじゃ、こっちが消耗するだけだ。ヤクザの抗争ってのは、始める前に八割がた決まる。情報で敵を丸裸にし、外堀を埋め、相手が一番嫌がるやり方で、そのシマを根こそぎ奪い取るんだ」
俺の言葉に、ゴードンやベイルはゴクリと喉を鳴らし、ミリアとロレンゾは真剣な眼差しで俺を見ている。
「作戦は三段階で進める。第一段階は『攪乱』だ」
俺は、地図の港湾労働者たちが集まる地区を指差した。
「ゴードン、お前は引き続き、労働者たちの懐に入り込め。アークライト商会への不満を煽り、ストライキ、あるいは大規模なサボタージュを起こさせる準備をしろ。奴らの手足を縛り、港の機能を麻痺させるんだ」
「へい! お任せくだせえ、組長! あの連中、給料は安いし、鬼瓦の連中には威張り散らされるしで、不満はパンパンに溜まってやすぜ!」
「第二段階は『孤立』」
俺は次に、商人地区を指した。
「ロレンゾ、あんたの出番だ。商人仲間を束ねて、アークライト商会への抗議声明を出させろ。奴らの強引なやり口を、商人ギルドや街の有力者に訴えるんだ。すぐに効果は出ねえかもしれねえが、奴らを『街の嫌われ者』に仕立て上げ、味方を減らすことが重要だ。お前の借金をチャラにした金で、根回しに使え」
「……わ、私にそんな大役が……。ですが、やります! 虎之介さん…いえ、組長に賭けたんですから!」
ロレンゾは、震えながらも覚悟を決めた顔で頷いた。
「そして、ミリアとベイル」
俺は二人に視線を移す。
「ミリア、お前には港全体の『気』の流れを読んでもらう。警備の配置、力の流れが弱い場所、そして、橘みてえなヤバい奴の気配がないか、常に探ってくれ。お前のその力は、俺たちの目であり耳だ」
「はい。このアジトからでも、港の様子は感じ取れます。お任せください」
「ベイル。お前には、この戦争のための『道具』を作ってもらう」
俺は、いくつかの設計図みてえなものをベイルの前に置いた。それは、俺がヤクザ時代に見てきた、様々な抗争で使われた道具を、この世界の技術で再現するためのものだった。
「煙幕弾、油を撒いて火をつけやすくするための仕掛け、そして、鉄の扉をこじ開けるための特殊なバール。戦いは、剣と魔法だけじゃねえ。こういう地味な道具が、勝敗を分けることもある」
「……ハッ、面白いじゃねえか。てめえの頭の中は、一体どうなってやがるんだ。いいぜ、任せとけ。最高の『喧嘩道具』を揃えてやらあ」
ベイルは、ニヤリと口の端を歪めた。
「そして、俺は『スネーク・バイト』に会ってくる」
俺の言葉に、ゴードンが「げっ!」という顔をした。
「組長、あの連中はタチが悪いだけで、何の役にも立ちやせんぜ?」
「だからいいんだよ。ああいう連中は、プライドだけは高いが、力のある奴には弱い。そして、自分たちのシマをアークライト商会に奪われかけてることに、内心イラついてるはずだ」
俺の狙いは、スネーク・バイトと手を組むことじゃねえ。
「俺が奴らの頭を叩き、柳瀬組の力を思い知らせてやる。そして、『アークライト商会を攻める間、余計なちょっかいを出すな。さもねえと、お前らのシマも全部いただくぞ』と釘を刺す。うまくいけば、奴らが混乱に乗じてアークライト商会の倉庫から火事場泥棒でも働いてくれりゃ、さらに好都合だ」
敵の敵は味方、とは限らねえ。だが、敵の敵を、こちらの都合のいいように動かすことはできる。
「これが、俺たちの港湾戦争の絵図だ。それぞれの持ち場で、抜かりなく準備を進めろ。Xデーは、一週間後。港に一番大きな船が入港し、荷物の積み下ろしで一番混乱する日だ」
俺の指示に、柳瀬組のメンバーは、それぞれの決意を胸に動き始めた。
ゴードンは労働者たちの酒場へ、ロレンゾは商人ギルドへ、ベイルは地下のアジトに即席の工房を作り、槌を振るい始めた。ミリアは目を閉じ、港全体の気配に意識を集中させている。
俺は、一人アジトを出て、スネーク・バイトの根城だという、ゼニスの最も治安の悪い地区へと向かった。
まずは、この街の地回りに、新しいボスが誰なのかを、きっちり教えてやる必要がある。
神嶺組との戦争の前に、まずは小手調べだ。
ゼニスの港に、間もなく嵐が吹き荒れる。
その嵐の中心にいるのが、俺たち「柳瀬組」だということを、まだ誰も知らない。
だが、すぐに知ることになる。
この異世界で、ヤクザを敵に回すとどうなるのか、その身をもってな。




