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寂れた村と、最初の獲物

「なあミリア、ちょっと聞きてえんだが」


俺は、粗末な木のテーブルで質素な朝飯(黒パンと薄いスープだった)を食いながら、かいがいしく世話を焼いてくれるミリアに声をかけた。獣の耳がぴくりと動くのが、なんだか小動物みてえで面白い。


「はい、虎之介さん。なんでしょう?」


いつの間にか俺は「虎之介さん」と呼ばれるようになっていた。フルネームを名乗った覚えはねえんだが、まあいい。下手に偽名を使うより、堂々としていた方が相手も呑まれるってもんだ。


「この村……フィラル村だったか? ここで使われてる金ってのは、どういうもんだ? 日本円……じゃねえよな、さすがに」


俺の質問に、ミリアは小首を傾げた。

「にほんえん? 聞いたことないですね。この国では『ギル』っていうお金が使われていますよ。銅貨、銀貨、金貨があって、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚の価値になります」


なるほど。分かりやすいっちゃ分かりやすいが、問題はその価値だ。

この黒パン一切れが銅貨何枚で買えるのか、それが分からねえと話にならねえ。


「ちなみに、この黒パン一切れは銅貨何枚くらいのもんだ?」

「ええと、このパンなら銅貨2枚くらいですね。うちで作ってるものなので、他所で買うよりは少し安いと思いますけど」


銅貨2枚か。思ったより安いのか高いのか、まだピンと来ねえな。

だが、金の種類と大まかな価値が分かっただけでも収穫だ。


「あと、この村で一番金を持ってる奴とか、逆に一番金に困ってる奴とか、そういうのはいねえのか?」


俺の言葉に、ミリアは少し顔を曇らせた。

「虎之介さん、あまり無茶なことはしないでくださいね。この村は貧しいですから、お金持ちと言えるような人はいません。みんな、日々の暮らしで精一杯なんです」


忠告か。まあ、表向きはそう言うしかねえだろうな。

だが、どんな掃き溜めみてえな場所だろうと、金の流れってもんは必ずある。そして、その流れに上手く乗れねえ奴、あるいは溺れちまう奴も必ずいるもんだ。


「……そうか。まあ、聞いただけだ。気にすんな」


俺はそう言ってスープをすすった。

ミリアの善意はありがたいが、俺は聖人君子になるためにこの世界に来たわけじゃねえ。生き抜くためには、綺麗事だけじゃやっていけねえんだ。


朝飯を終えると、俺は村の様子を見て回ることにした。

ミリアは心配そうな顔をしていたが、「少し体を慣らしたいだけだ」と言って家を出た。


フィラル村は、ミリアが言う通り、お世辞にも豊かとは言えねえ寂れた村だった。

ほとんどの家は粗末な木造で、道も舗装されてねえ。行き交う人々も、どこか疲れたような顔をしている奴が多い。


だが、そんな中でも商売をやっている奴はいる。

小さな雑貨屋、農具を扱う鍛冶屋、そして、どんな世界にも必ずあるのが酒場だ。

俺は迷わずその酒場の暖簾をくぐった。昼間だってのに、薄暗い店内には数人の男たちがくたびれた様子で酒を飲んでいた。


カウンターに陣取り、一番安そうな酒を頼む。出てきたのは、見た目も味も消毒用アルコールみてえな代物だったが、文句は言わねえ。情報収集には、こういう場所が一番手っ取り早い。


「マスター、この村は活気がねえな」


俺がぶっきらぼうに話しかけると、無精髭を生やした初老のマスターが、気だるそうにこっちを見た。

「……あんた、見ねえ顔だな。旅人か?」

「まあ、そんなとこだ。流れ着いたってのが正しいがな」

「ふん。こんな辺鄙な村に流れ着くなんざ、運のねえこった」


マスターはそう吐き捨てたが、俺の顔をじろじろと値踏みするような視線は隠そうともしねえ。

こういう手合いは、金になりそうな話には鼻が利くもんだ。


「運がねえなりに、何とかしてここで生きていくしかねえ。何かいいシノギはねえもんかね?」

「シノギだぁ? あんた、物騒な言葉を使うじゃねえか」


マスターの目が細められる。探るような、試すような目だ。

上等だ。こっちは伊達に修羅場を潜ってきてねえんだ。


俺はニヤリと口角を上げ、懐から小さな皮袋を取り出した。

中には、ミリアが「これくらいしかなくてごめんなさい」と言って持たせてくれた銅貨が数枚入っている。これを元手に、どう転がすか。


「物騒なのはお互い様だろう? この村だって、綺麗事だけじゃ回ってねえはずだ。例えば……そうだな、ちょっとした金に困ってる奴に、ちょいと都合をつけてやる、みてえな商売はどうだ?」


俺の言葉に、マスターの眉がピクリと動いた。

「……金貸しか。あんた、そんな危ねえ橋を渡るってのか? この村の連中は、みんな貧乏で、借りた金も返せねえような奴らばかりだぜ」

「返せるようにするのが俺の腕の見せ所ってもんだ。それに、本当に困ってる奴にとっちゃ、多少高い利息だろうが神様みてえに見える時もあるんじゃねえか?」


俺はそう言って、カウンターに銅貨を一枚置いた。

「これは情報料だ。この村で、一番金に困ってて、しかも何とか返せそうな見込みのある奴を教えてくれ」


マスターは銅貨をじっと見つめ、それから俺の顔を見た。

やがて、諦めたようにため息をつくと、低い声で言った。


「……あそこのテーブルで飲んでる、一番みすぼらしい格好の男はどうだ? 名はゴードン。腕は立つんだが、博打好きでな。いつもツケで飲んでやがる。もう何か月も溜まってるはずだぜ」


俺はマスターが示したテーブルに目をやった。

そこには、確かに薄汚れた服を着た、いかにもうだつの上がらなそうな男が一人、泥酔寸前の様子で酒をあおっていた。


「ゴードン、ね。よし、決めた。最初の客はあいつだ」


俺は席を立ち、ゴードンとやらのテーブルに向かった。

さて、異世界での最初の「取り立て」ならぬ「貸し付け」だ。

日本のヤクザのやり方が、このファンタジーな世界でどこまで通用するのか。

楽しみじゃねえか。


俺はゴードンの向かいにどっかりと腰を下ろし、ニヤリと笑いかけた。

「よお、ゴードンさん。ちょっとアンタにいい話があるんだが、聞いちゃくれねえか?」


ゴードンは虚ろな目で俺を見上げ、呂律の回らねえ口で何かを言おうとした。

こいつからなら、きっちり「勉強」させてもらえそうだ。

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