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最初の客と、担保契約

アークライト商会という巨大な鮫を釣り上げるため、俺はまず、その周りを泳ぐ小魚に狙いを定めた。

俺が目を付けたのは、ゼニスの商人地区の一角で、細々と織物商を営んでいる男だった。名は、確かロレンゾとか言ったか。

数日間、俺はその男の店の前を通りかかり、様子を窺っていた。店は閑古鳥が鳴いており、ロレンゾ本人は日に日に顔色を悪くし、店の奥で頭を抱えていることが多かった。そして、時折、アークライト商会の紋章を付けた馬車が店の前に停まり、中から出てきた小役人が、ロレンゾを威圧的に問い詰めては去っていく。

間違いない。こいつは、アークライト商会に締め上げられているクチだ。


「よお、旦那。いい織物だ。女への土産に一つ見繕ってもらおうか」

俺はある日の午後、客を装ってロレンゾの店に入った。

ロレンゾは、覇気のない顔で俺を見ると、力なく商品を説明し始めた。


「……お客さん、見る目がある。これは、東方の伝統的な手法で織られた逸品で……」

「ほう。だが、あんたの顔は、その逸品を売る顔じゃねえな。何か悩み事でもあるのか?」

俺が核心を突くと、ロレンゾはビクッと肩を震わせ、俺を警戒するように見た。

「……余計なお世話だ。あんたに関係ない」

「まあ、そう言うなよ。俺は見ての通り、ただの旅のもんだが、人の悩みを聞くのが趣味でな。話すだけで、少しは気が楽になるかもしれねえぜ?」


俺は人好きのする笑みを浮かべ、辛抱強くロレンゾの話を聞き役に徹した。

最初は頑なだったロレンゾも、俺が熱心に相槌を打ち、織物の素晴らしさを褒めちぎっているうちに、少しずつ警戒を解いていった。

そして、堰を切ったように、その苦しい胸の内を吐き出し始めた。


話は、俺の予想通りだった。

ロレンゾは、アークライト商会と専属契約を結び、希少な織物を納品していた。だが、最近、商会側から一方的に納期を早められ、品質にも無理な要求を突き付けられるようになったらしい。当然、納期には間に合わず、莫大な違約金を請求され、首が回らなくなっている、というわけだ。

典型的な、大企業による下請けいじめだ。どこの世界でも、やるこた同じらしい。


「……もう、おしまいだ。店も、土地も、全てアークライト商会に取られてしまう……」

ロレンゾは、テーブルに突っ伏して嗚咽を漏らした。


「そいつは、ひでえ話だな。俺が、あんたの力になってやると言ったら、どうする?」

俺の言葉に、ロレンゾは顔を上げた。その目は、藁にもすがりたいという desperate な色に染まっていた。

「……本当か? だが、あんたに何ができるって言うんだ……」


「金を貸してやる。当面の違約金を支払うための、な」

俺は、悪魔の囁きのように、甘い言葉を投げかけた。

「ただし、タダじゃねえ。俺も商売でやってるんでな」


俺は、懐から羊皮紙とインクを取り出した。闇金業も、この世界では少し様式を変える必要がある。

「ここに、あんたが俺から金を借りたという契約書を作る。利息は、まあ、勉強させてもらって『トイチ』だ。10日で1割。そして……担保をもらう」

「た、担保……? 俺にはもう、金目の物なんて……」


「金目の物じゃなくていい。俺が欲しいのは、『情報』だ」

俺は、ロレンゾの目をじっと見据えた。

「あんたがアークライト商会と交わした、全ての契約書の写し。納品書の控え、請求書、何でもいい。あんたと商会の繋がりを示す、全ての書類を担保としてもらう。もし、あんたが金を返せなかった時、俺はそれを好きにさせてもらう。どうだ?」


ロレンゾは、俺の提案の意味を測りかねているようだった。書類が何の担保になるのか、と。

だが、今のこいつに、他に選択肢はねえ。

「……わ、分かった。それで金を貸してくれるなら……」

ロレンゾは、震える手で俺の作った借用書にサインし、店の奥から、アークライト商会とのやり取りが記録された大量の書類の束を持ってきた。


「よし、契約成立だ」

俺は書類の束を受け取り、中をパラパラと確認する。納品先の部署名、担当者の名前、商品の管理番号。素人が見ればただの紙切れだが、俺にとっては宝の山だ。

俺は約束通り、違約金の一部を支払うのに十分な額の金を、ロレンゾに手渡した。


「この金で、少しは時間が稼げるだろう。だが、忘れるなよ。10日後には、きっちり利息をつけて返してもらうぜ」

俺はそう言い残し、ロレンゾの店を後にした。


宿に戻ると、ゴードンとミリアもそれぞれの成果を報告してくれた。

ゴードンは、アークライト商会の荷運び人足たちが集まる安酒場で、彼らが黒ずくめの用心棒たちを「鬼瓦」と呼んで恐れていることや、最近、港の第7倉庫に、何か「絶対に中を見てはいけない荷物」が運び込まれた、という情報を掴んできた。


ミリアは、ゼニスの大図書館で古文書を調べ、アークライト商会の本館が、やはりこの土地の力の源泉である「龍脈」の真上に建てられていることを突き止めた。そして、その龍脈の力を吸い上げるためには、特殊な鉱物で作られた「くさび」のようなものが必要だ、と記されていたらしい。


港の第7倉庫。龍脈を吸い上げる楔。

そして、俺が手に入れた、アークライト商会の内部書類。

点と点が繋がり、一つの巨大な絵が見え始めてきた。


「……次の仕事が決まったな」

俺は、ロレンゾから手に入れた書類の一枚を指差した。そこには、港の第7倉庫への物品搬入指示書が挟まっていた。担当者の欄には、こう記されている。

『資材管理部 主任 マルコ・グラハム』


「まずは、このマルコ・グラハムって男に接触する。こいつが、俺たちの次の『客』だ」

俺は、悪どいヤクザの顔で、ニヤリと笑った。

アークライト商会という巨大な城壁に、最初の亀裂を入れる時が来た。

このゼニスの街で、俺の闇金が、神嶺組の息の根を止めるための毒となって、じわじわと浸透していく。その手始めだ。

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