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旅支度と、炉に灯る火

「商業都市ゼニス、か」


ミリアの家で、俺たちは改めて地図(ミリアが羊皮紙に描いてくれた簡易的なものだが)を広げ、次の目的地を確認していた。

フィラル村から西へ、馬車でも数日はかかるというその街は、この地方で最も大きな交易の拠点らしい。

ゴードンが掴んできた「商人風の一団」の行き先であり、神嶺組の息がかかった連中がいる可能性が高い場所だ。


「よし、決まりだな。俺たちはゼニスへ向かう。目的は、商人どもを追うことと、神嶺組の尻尾を掴むこと。そして、俺のシノギを拡大するための市場調査だ」


俺が宣言すると、ゴードンとミリアは力強く頷いた。

「へい! 腕が鳴りやすぜ、旦那!」

「私も、行きます。ゼニスなら、私の同胞や、他の勢力に関する情報も集めやすいかもしれません」


「だが、旅には準備が必要だ。まずは装備からだな」

俺は鍛冶屋のベイルの顔を思い浮かべた。あいつへの「投資」が、早速ここで活きてくる。


翌日、俺はベイルの仕事場を訪れた。

貸した金で仕入れたのか、仕事場には新しい鉄や炭が積まれており、ベイル自身も昨日よりは幾分かマシな顔つきをしていた。それでもまだ、その目には迷いの色が浮かんでいる。


「よお、親父さん。仕事の首尾はどうだ?」

「……お前さんか。まあ、ぼちぼちだ。で、何の用だ? ナイフなら、まだできちゃいねえぞ」

「いや、ナイフじゃねえ。もっとデカいもんを頼みに来た」


俺は、俺とゴードンのための、実戦で使える武器と、最低限の防具を作ってほしいと伝えた。

「俺には、頑丈で取り回しのいい鉈を改良したようなやつを一本。ゴードンには、あいつが使い慣れてるショートソードと、革製の胸当てをな。それから、ミリアにも、いざという時に身を守れるような軽い革鎧が必要だ」


俺の注文に、ベイルは驚いたように目を見開いた。

「……おいおい、あんたたち、一体どこで戦争でも始めるってんだ? そんな物騒なもん、そう簡単に作れるか」

「戦争みてえなもんだ。相手は、この辺りのチンピラとは訳が違う。だからこそ、あんたの腕が必要なんだよ、ベイルさん」


俺はベイルの目をまっすぐに見据えて言った。

「俺はあんたに、ただ金を貸したんじゃねえ。あんたの『腕』に投資したんだ。あんたが最高の武具を打ってくれりゃ、俺たちはそれでデカいヤマを当てることができる。そうすりゃ、あんたへの報酬も弾む。持ちつ持たれつ、ってやつだ。どうだ、この話、乗らねえか?」


俺の言葉に、ベイルはしばらく黙り込んでいた。炉の火が、その皺の刻まれた顔を赤く照らしている。

やがて、ベイルは大きなため息をつくと、棚から年季の入った巨大な槌を取り出した。


「……分かったよ。そこまで言われちゃあ、職人の血が騒ぐってもんだ。お前さんたちが死なねえような、とびっきりの逸品を打ってやる。ただし、時間はもらうぜ。最低でも三日は必要だ」

「ああ、構わねえ。頼んだぜ、親父さん」


ベイルの目に、間違いなく火が灯ったのを俺は見た。

炉の火よりも熱い、職人の魂の火だ。

これで、装備の目処は立った。


フィラル村での準備は、その後も着々と進んだ。

ゴードンはゼニスまでの道中の食料や、野営に必要な道具を調達してきた。元冒険者崩れだけあって、こういう準備は手慣れたもんだ。

ミリアは、旅の間も傷の手当てができるようにと、薬草を調合していくつもの傷薬を作ってくれた。その手際の良さは、もはやただの村娘の域を完全に超えている。


そして、俺は俺で、闇金の元手となる資金を少しでも増やすため、薬草採りに精を出した。ゼニスでシノギを始めるには、少しでも多くの「弾」が必要だからな。


三日後。

俺たちがベイルの仕事場を訪れると、そこには約束通り、見事な武具が並べられていた。

俺の鉈は、刃の厚みと重心が絶妙に調整され、前のものとは比べ物にならねえほどの切れ味と頑丈さを兼ね備えている。

ゴードンのショートソードも、ミリアの革鎧も、素人目に見ても分かるほど丁寧な仕事が施されていた。


「……どうだい。約束通り、とびっきりのもんだろう?」

ベイルは、どこか誇らしげにそう言った。その顔にはもう、以前のような絶望の色はなかった。

「ああ、最高だ。これなら、どんな奴が相手でも不足はねえ」

「借りは、必ず返す。それまで、死ぬんじゃねえぞ」

「当たり前だ。俺の取り立てからは、誰も逃げられねえんだからな」


俺はベイルに報酬の一部を渡し、残りはゼニスから戻った時に支払うと約束した。

これで、俺とベイルの間には、単なる債権者と債務者以上の、奇妙な信頼関係が生まれた。


旅立ちの朝。

俺たちは、フィラル村のはずれで、最後の準備を整えていた。

ベイルが打ってくれた武具を身につけ、ゴードンが用意した荷物を背負う。

見送りに来てくれたのは、ベイルだけだった。


「虎之介さん、ゴードンさん、ミリアさん。気をつけてな」

「ああ。あんたも、俺たちが戻ってくるまで、酒はほどほどにしとけよ」

俺たちが軽口を叩き合っていると、ミリアがふと、何かを思い出したように言った。


「そういえば、虎之介さん。虎之介さんがこの世界に来た時、何か持ち物はありませんでしたか? 元の世界の物が、こちらの世界で特別な力を持つことがあるんです」

「持ち物、ねえ……」


俺は記憶を辿る。

抗争中に撃たれて、気がついたらこの世界だった。着ていたアルマーニのスーツも、身につけていたはずの高級腕時計も、全て無くなっていた。

だが、一つだけ。

俺は懐の奥深く、肌身離さず持っていたものを思い出した。


それは、神嶺組に入る前、まだチンピラだった頃に、死んだオフクロからもらった、安物の小さな「お守り袋」だった。

中身が何なのかは、俺も知らねえ。ただ、これだけは、どんな時も手放さずにいた。


俺がその古びたお守り袋を取り出すと、ミリアはそれをじっと見つめ、目を見開いた。

「……これは……。すごく、強い力が……。暖かくて、優しい力が込められています」


俺のオフクロの、お守り袋。

それが、この異世界で、何か特別な意味を持つというのか。


「まあ、気休めみてえなもんだ。だが、こいつのおかげで、今まで何度も命拾いしてきた気はするな」

俺はそう言って、お守り袋を再び懐にしまった。


新たな武器と、古びたお守り。

そして、頼りになる仲間たち。

役者は揃った。


「よし、行くか! 商業都市ゼニスへ!」


俺の掛け声に、ゴードンとミリアが力強く応える。

俺たちの、神嶺組への反撃の狼煙を上げるための旅が、今、始まった。

ゼニスの街で、一体どんな出会いと、どんな修羅場が待ち受けているのか。

上等だ。まとめてかかってきやがれ。

この俺が、きっちり落とし前をつけてやるぜ。

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