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守り手の力と、一時の停戦

「今すぐここから立ち去りなさい。さもなくば、この地の怒りに触れることになります」


ミリアの凛とした声が、血と硝煙の匂いが立ち込める廃坑に響き渡る。

普段の、あのどこか頼りなげな獣耳娘の姿はどこにもねえ。杖を掲げたその立ち姿は、まるで古の巫女か何かを思わせる威厳に満ちていた。


橘は、面白そうな、それでいて油断ならねえ目つきでミリアを見据えている。

「ほう、威勢のいいことを言うじゃねえか、小娘。この地の怒り、ねえ。見せてもらおうか、その力とやらを」

橘が右手をスッと上げると、背後に控えていた神嶺組の組員たちが、一斉にミリアに向けて銃口や刃を向けた。


まずい!

俺がゴードンに合図を送ろうとした、その瞬間だった。


「――古き大地の嘆きよ、侵入者を阻む壁となれ!『アース・ウォール』!」


ミリアが叫ぶと同時に、杖の先の水晶が一際強く輝き、廃坑の床がゴゴゴゴと地響きを立てて震え始めた。

次の瞬間、ミリアと神嶺組の間に、土くれと岩が混じり合った巨大な壁が、まるで生きているかのように地面からせり上がってきたのだ!


「なっ!?」

「うわっ!」


神嶺組の連中は、突然出現した土の壁に驚き、慌てて後ずさる。

壁は瞬く間に数メートルの高さに達し、ミリアの姿を完全に覆い隠すと同時に、神嶺組の攻撃を防ぐ盾となった。


「……こいつは、驚いたな」

橘でさえ、わずかに目を見開いている。

ヤクザの抗争で銃弾やドスが飛び交うのは日常茶飯事だが、地面から壁が生えてくるなんざ、さすがに経験がねえだろう。


だが、ミリアの力はそれだけでは終わらなかった。

「そして、荒ぶる魂よ、しばしその怒りを鎮めよ!『スピリット・カーム』!」


今度は、杖から柔らかな青白い光が放たれ、暴れ狂っていた魔獣へと降り注いだ。

あれほど凶暴に暴れまわっていた魔獣が、その光を浴びると、ピタリと動きを止め、苦しげな呻き声を上げながらも、徐々にその凶暴性を失っていくのが分かった。赤い目をしていた瞳の色も、少しずつ穏やかなものに変わっていく。


「……おいおい、マジかよ……」

俺は呆然と呟いた。

あの魔獣を、言葉と光だけで鎮めちまうとは。

ミリアは一体、何者なんだ? ただの村娘が、こんな力を持っているとは到底思えねえ。


「黄昏の蛇」の残党たちも、この予想外の展開に武器を構えたまま硬直している。

一瞬にして、三つ巴の殺し合いが、奇妙な静寂に包まれた。


土壁の向こうから、再びミリアの声が響く。

「繰り返します。ここは聖なる地。これ以上の争いは許しません。お引き取りください」

その声には、有無を言わせぬ強い意志が込められていた。


橘は、しばらく土壁を睨みつけていたが、やがてフッと息を吐き、肩をすくめた。

「……どうやら、今日はツイてねえ日らしいな。柳瀬の叔父貴は生きてるわ、変な小娘は出てくるわ」

そして、部下たちに向かって顎をしゃくった。

「手出しは無用だ。今日はここまでにする。だが、小娘、お前の顔と、その力は覚えたぜ。次はないと思え」


そう言うと、橘は俺の方を一瞥し、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。

「柳瀬の叔父貴、あんたとの決着も、近いうちにつけさせてもらうぜ。せいぜい、首を洗って待ってるこったな」


捨て台詞を残し、橘は神嶺組の連中を引き連れて、廃坑の入り口へと姿を消していった。嵐のような登場と退場だった。


「黄昏の蛇」の連中は、神嶺組が去ったのを確認すると、蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとした。

「待て!」

俺が声をかけると、数人がビクッと足を止める。

「お前らがここで何をしようとしていたのか、洗いざらい吐いてもらうぜ。特に、神嶺組との関係と、『魂の器』ってのが何なのか、な」


だが、生き残っていたのは数人だけ。リーダー格の男は、すでに魔獣にやられたのか、姿が見えなかった。

残った連中も、戦意を喪失し、恐怖に顔を引きつらせている。


その時、ミリアが作り出した土壁が、ゆっくりと崩れ落ち、再び彼女の姿が現れた。

魔獣は、先程までの凶暴さが嘘のように、ミリアの足元でおとなしく座り込んでいる。まるで、忠実な番犬みてえだ。


ミリアは、俺たちと「黄昏の蛇」の残党を一瞥し、静かに言った。

「……虎之介さん。そして、そちらの方々も。もう争いは終わりです。この者たちには、私が話を聞きます」

その瞳は、俺の知っているミリアのものだったが、どこか深い悲しみを湛えているように見えた。


俺は、ミリアのその言葉に、何か逆らえねえものを感じた。

こいつには、俺の知らない秘密がまだまだありそうだ。そして、それは、この異世界そのものの秘密にも繋がっているのかもしれねえ。


「……分かった。ミリア、お前に任せる。だが、俺にも聞かせてもらうぜ。お前が一体何者で、この廃坑が何なのか。そして、神嶺組がなぜこんな場所にいるのかもな」

「……ええ。いずれ、お話しなければならないと思っていました」

ミリアは静かに頷いた。


こうして、廃坑での死闘は、一時的な、そして奇妙な形で幕を閉じた。

神嶺組という、かつての因縁。

黄昏の蛇という、新たな敵。

そして、謎の力を秘めたミリアと、この廃坑の秘密。


俺の異世界での「シノギ」は、ただの金儲けじゃ済まされねえ、とんでもねえスケールの話に発展しちまったみてえだ。

だが、面白い。

ヤクザの血が、これほどまでに騒ぐのは久しぶりだ。


俺は、ゴードンと顔を見合わせ、ニヤリと笑った。

この異世界で、柳瀬虎之介の本当の「仕事」が、今、始まったのかもしれねえ。

まずは、ミリアから全ての情報を引き出すことだ。

それが、俺の次の一手になる。

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