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知らねえ天井と、知らねえ俺

「……いてぇ」


頭に鈍い痛みが走って、俺は目を覚ました。

見慣れねえ木の天井だ。随分と煤けてやがる。俺の組の事務所はもっとこう、シャンデリアなんぞぶら下がってて派手だったはずだが。


「どこだ、ここは……?」


体を起こそうとして、自分の手に違和感を覚えた。

なんだこの手は。やけに細くて、傷一つねえ。俺の、あの神嶺組幹部・柳瀬虎之介の、数々の修羅場をくぐり抜けてきた節くれだった手とはまるで別モンだ。


慌てて自分の体を見下ろす。

着ているもんも、安っぽい麻の服みてえなもんだ。お気に入りのアルマーニのスーツはどこ行った?


状況が全く掴めねえ。

確か俺は、敵対する組との抗争の真っ只中だったはずだ。

裏切り者のタマを獲りに行った先で、逆にハジキで腹を数発……。


「……死んだのか? 俺は」


だとしたら、ここは地獄か? それにしては、妙に静かで、鳥のさえずりなんぞ聞こえてきやがる。


混乱する頭で必死に記憶を辿っていると、不意に扉がギィ、と音を立てて開いた。

入ってきたのは、これまた見たことのねえ格好の女だった。

獣の耳みてえなもんが頭についてて、腰からは尻尾が生えてやがる。コスプレか? にしちゃあ、随分とリアルな作りだ。


「あ、気が付いたんですね! よかったぁ」


女は俺の顔を見て、ほっとしたように笑った。

なんだか拍子抜けするほど、普通の、いや、むしろ人の良さそうな笑顔だった。


「……あんた、誰だ? ここはどこなんだ?」


俺がドスの利いた声で尋ねると、女は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに気を取り直したように話し始めた。


「私はミリア。ここは私の家です。あなたは森の中で倒れていたんですよ。大きな怪我をしていたから、私がここまで運んできたんです」


森? 怪我?

訳が分からねえ。だが、この女が俺を助けてくれたらしいことだけは理解できた。


「……そうか。世話になったな」


とりあえず礼を言っておく。ヤクザだろうがなんだろうが、受けた恩は返すのが筋ってもんだ。


「それで、俺はどのくらい寝てたんだ?」

「三日ほどです。傷はもうほとんど塞がっていますけど、無理はしないでくださいね」


ミリアと名乗った女は、そう言うと慣れた手つきで俺の額に手を当ててきた。

……うん、確かに熱はねえみてえだ。それにしても、この女、警戒心ってもんがねえのか? 見ず知らずの、しかもこんなガラの悪い(ように見えるであろう)男相手に。


「……なあ、ミリアとやら。一つ聞きてえんだが」

「はい、なんでしょう?」

「ここは……日本じゃねえよな?」


俺の問いに、ミリアはきょとんとした顔をした。


「にほん……ですか? それはどこの国のことでしょう? ここはフィラル村ですよ。アークライト王国の辺境にある、小さな村です」


フィラル村。アークライト王国。

聞いたこともねえ名前だ。


どうやら俺は、とんでもねえところに飛ばされちまったらしい。

これが世に言う「異世界転生」ってやつか? 組の若い衆がくだらねえ漫画で読んでたアレか?

冗談じゃねえ。俺は極道だぞ。ファンタジーなんぞまっぴらごめんだ。


だが、いくら頭を抱えたところで、現状が変わるわけでもねえ。

生きているなら、何とかしてここで生き抜くしかねえ。


問題は、どうやってだ。

この細っちい体じゃ、今までみてえに力でどうこうするのも難しそうだ。

金もねえ。コネもねえ。あるのは、神嶺組で叩き込まれた裏社会の知識と、人を転がす交渉術だけだ。


「……金か」


どんな世界だろうと、結局最後に物を言うのは金だ。

金さえあれば、情報は手に入るし、人も動かせる。


「なあ、ミリア。この村で、金に困ってる奴はいねえか?」


俺の言葉に、ミリアは少し困ったような顔をした。

「えっと……それは、どういう……?」

「いや、何でもねえ。独り言だ」


この女に闇金の話をしても通じねえだろう。

まずは情報収集だ。この世界で「金」がどういう価値を持っていて、どうすればそれを手に入れられるのか。


俺はベッドからゆっくりと起き上がり、窓の外に目をやった。

そこには、見たこともねえ緑豊かな景色が広がっていた。


「柳瀬虎之介……いや、今の俺にその名は重すぎるか」


とりあえず、この異世界で俺が最初にやるべきことは決まった。

まずは、この世界の「シノギ」を見つけることだ。


そして、いつか必ず、元の世界に戻る方法を見つけ出してやる。

神嶺組を裏切った奴らにも、きっちり落とし前をつけさせねえとな。


俺の異世界での新しい人生(?)が、こうして始まった。

まずは手始めに、この村で一番金に困ってそうな奴を探すとするか。

幸い、人を見る目だけは、前の世界で嫌というほど鍛えられてるんでな。

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