ブバルディアと過去
一度捨てた夢を、もう一度拾い上げることは容易ではなかった。
脚本に慣れ親しんだ感覚は、小説を書くには邪魔だった。
なんて都合のいいことをしようとしてるんだと、嘗ての……俺の父親は、嗤うだろう。
もう随分前に絶縁した。
俺の嫌いな人種だった。
人を手玉にとって、人を自分の思い通りにしないと気が済まない、時代錯誤な独裁者のような奴。
あいつは、あのころの、思春期真っ盛りの俺の心を押し潰した人間だった。
社会のつらさを知っているはずなのに、あいつは、俺を詰ることしかしなかった。
存在価値のないゴミ、さっさと死ねばいいのに。
歪んだ口元から発せられる言葉が、俺の心をズタズタに切り刻んだ。
母親は、ただ見ているだけで、俺にとっては母親も同罪だった。
だから俺は、とっくの昔に両親と縁を切った。
どうしてそれを今になって、思い出したのだろう。
「……、」
胃液が逆流する。
言いようの無い吐き気。
気持ち悪い。
「佐沼……?」
「……っ、」
「佐沼!!」
嘔吐いた俺を心配して、鳥海がすぐにゴミ袋をもって背中をさすってくれた。
いつもこうだ。
奴のことを思い出すと、いつもこう。
トラウマなのだろう。
「……っ、大丈夫。ありがとう、鳥海」
「……親父さんか。」
「うん」
「……難儀だな。絶縁したってのに、まだお前を縛ってる」
縛ってる、と言うには、奴は馬鹿だ。
恐らく今でもまだ、俺を傀儡だと思っているだろう。
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殺してやる。
何度そう思ったことだろう。
殺して、俺も死のうとしていた。
さっさと死ねば。
俺も、要らない人間だと言うのは分かりきっていたから、要らない人間が、要らない人間を殺して、死のうとすることに必要性を感じていた。
馬鹿みたい。
こんな家、居たところで俺が壊れるだけだ。
鳥海が、そう叫んで、俺を連れて東京に出ていった。
俺は暫く鳥海のお世話になった。
今はもう、あの父親のことはどうだっていいと思う。
でも、あの人から受けた仕打ちで出来た心の傷は、簡単に癒えることは無かった。
今でもこうして俺の首を絞める。
まるで呪いのようなそれは、俺が夢を追いかけることを、否定し続けている。