菊とかくしごと
「佐沼さんって、なんでそんなに格好つけてるの?」
薄く笑いながら言われた言葉。
「女の子なのになんで毎日ズボンなの?」
「女の子なのに、「おれ」とか変だよ」
女の子なのに。女の子なのに。
みんなみんな、そうやって俺を奇異の目で見る。
そして嘲笑う。
おかしいと。
「……え?」
煙草を吸いながら、笑う佐沼から、そんな話を聞いた。
「……昔の話やけど、当時は傷付いた」
笑ってはいるが、楽しそうな顔ではないことは、流石に私でもわかった。
「今でも、そういうことはありますか」
「いーや?見た目があんまわからんし。」
「でも、たまには言われるでしょう」
「そうやねぇ……たまにな。」
佐沼は、僅かながら目を細めた。
相変わらず口角は上がった儘だが、いつもの笑顔ではない。
「時雨さんも、人に言われて傷ついた経験、あるやろ?」
「ありますね、もちろん。」
誰だってあると思いますよ、と言うと、佐沼はそうだねと笑った。
「でもその傷の深さや、傷の残り具合は、人によって様々や。当たり前やけどな。」
佐沼は煙草の火を消し、消臭してから私に向き直る。
「少なくとも俺は、あいつらの言葉が嫌やった」
「……ですね」
「時雨さん、」
佐沼の目は、全てを見透かされるようで、少し苦手だ。
「……」
見抜かれていると思う。きっと。
私が、未だに縛られていることに。
「好きなように生きろ。君の人生なんやから」
それだけ言って、佐沼は建物に戻って行った。
敵わない。この人には。
観察眼と分析の力は、この人にとって大きな武器。
私はいつまで経っても、親の呪縛というか、昔、親に刷り込まれたことに縛られていた。
仕事は安定したものを。
大学は少しでも頭のいいところを。
だから私は、今のこの仕事でいいのかと、いつも悩んでいた。
私は、私の人生を、好きに生きる。
佐沼は、その一歩を踏み出せずにいた私を見て、若干だが呆れていたのだろう。
だから、背中を押してくれた。
佐沼なりの言い方で。
でも、だからこそ誰に気づいていなかったんだ。
彼女が、隠していたことを。




