フジバカマと先輩の言葉
今度の舞台は、それぞれの役回りがかなり難しいこともあって、難航していた。
俺に教えを乞う役者も多々。
その中のひとりが、
「サメさん、ここなんですけど」
この、すごく声の通る一人の役者。
如月時雨。
俺と同じ雨を名前に含むので、少し親近感がある。
「そうだね、その解釈で間違っとらんよ」
スタッフもスタッフでかなり大変そうだ。
未だかつて無いほど無理難題を投げられている。
平も大変なのは重々承知だが、俺と方針を合わせる上で仕方の無いことだ。
「これってこんな感じでいいんですかね」
特に大変そうな、小道具の制作を任されていたスタッフが、俺の元に走ってきた。丁度平が一緒に居たからだろう。
確か名前は、米田真智。
手芸が得意と聞いている。
「そうねぇ……」
まだ期間があるとはいえ、これでは、かなり遅い滑り出しになる。
焦りも、不安も、スタッフ、役者に伝わるのを肌で感じた。
俺がこんなに不安を抱えていては、どうしようもない。
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犬山と平に、飲みに誘われた。
最初は渋っていたが、一応は歳上なので了承した。
「サメちゃんさ、焦ってるでしょ」
「え、」
いきなり口を開いたかと思えば、図星を突かれた。
呆然としていると、犬山が少し笑って言った。
「急いては事を仕損じる。何事もゆっくりと、着実に、ですよ。」
年上でしかも俺より長くこの業界にいたからこそ、二人の言葉には信憑性があった。
なにかが、吹っ切れた気がする。




