30話 フラグを立てたつもりはなかった
「その薬、もしかして……」
俺は鳥人の少女 ―― ゼファーに、おそるおそる確認した。
本音をいえば、これ以上は聞かないことにして、このまま平和な毎日を送りたい。
けど、それすると、あとでどんだけ事態が大きくなっちゃうかわからんしな…… いや、そもそも。
俺が対処する必要、ある?
そうだ。センレガー公爵領の近くの話なんだし、ソフィア公女とカイル皇子に任せればいい。もっとも、ふたりはいま、結婚式の準備と待ったなしの領政で忙しいはずだが……
それでも、ただの凡人の俺よりは、よほどうまく対処できるだろう。よし、決めた。
話を聞いて、ふたりに伝えたら、俺の役目は終わり。あとはウッウやイリスと、村での平和な毎日に戻るだけだ。
「その薬、もしかして心核薬とか、呼ばれてないか?」
〈いえ、夢見薬という薬ですねん〉
{あ……} 「あれか」
イリスと俺は、顔を見合わせた。
俺たちが思い出しているのは、数ヵ月前に見た、カイル皇子の諜報員のレポート ―― あれにはたしか 『夢5 ※本格製造開始』 とあったのだ。
正式名称は夢見薬、か……
「その薬を、きみたちが商品として扱ってるのか? なんでだ?」
〈もともと、ピトロ高地は貧しいですねん。痩せ地で気候も厳しいやさかい…… ですから、なんらかの産業を育てな、いうことで。昨年から首長の意向で、薬草の栽培を始めたんですわ〉
「なるほどな。で、今年から薬の本格製造と販売が始まった、と」
〈そうそう、先月のことですわ。うちら行商人にお達しがきましてん。夢見薬を大いに売り飛べ、っちゅうね…… 歩け、とは言わんのですわ、鳥だけに〉
「で、エルフに売ってるんだね。自分たちでは使ってないの?」
〈うちらには禁止されてまして。ほら、薬で居眠り飛行になってまうと、あぶないよって〉
ごんっ…… いきなり、にぶい音がした。
見ると、ウッウがテーブルの上に子犬のぬいぐるみみたいな頭をもたせかけて、寝息をたてている。騒ぎで疲れたんだろう。
くるくるした茶色の毛に覆われた腕を、ウッウパパが優しくゆすぶる。
「ウッウ、こら…… あー、起きねえな、こりゃ」
ウッウパパはコーヒーを飲み干すと立ち上がり、ウッウを背負った。
「じゃあ大将。そろそろ、おいとまするよ」
「ああ、またな、パパさん」
{またなのです!}
「コーヒー美味しかったよ、イリスさん。いい嫁さんになれるな!」
{はぁうふっ! しょんなっ! おそれおおいのです!}
「はっはっは、じゃあな……!」
いい嫁さん発言はどうなんだ、と俺がツッコむひまもなく、ウッウパパは帰っていった。
イリスが嬉しそうだから、まあいいか……
―― さて、話をもとに戻そう。
「で、ゼファーさん。なんで薬の売り先がエルフなんだって?」
{ほかの魔族や人間には、売らなかったんですか?}
イリスも不思議そうだ。
だよな。センレガー公爵だって、最初、心核薬を魔族にひろめようとしていたのに。
〈簡単ですわ。暇で金持ってるのが、エルフか人間の貴族しか、おらんからですわ。で、人間の貴族は、うちら鳥人の行商人なんて相手にせんよって〉
{魔族だって豊かですよ!}
〈それは知ってます。そやけど、魔族はケンカっ早いでっしゃろ。そのせいか、だらっとのんびりするタイプの薬は、さっぱり売れんのですわ〉
「なるほど、そういう薬なんだな」
つまり夢見薬は、前世でいえばアヘン系麻薬か…… 医療で使われる鎮痛剤もこの系統だから一概に悪いものとは言えないが、素人が気軽に使えるものでもない。
とすると、ゼファーがこの魔族の国まで飛んできた理由、というのは ――
「その薬、売れたのはいいけど、エルフが依存しまくってて、普通じゃない?」
〈あんさん、モルディ砂漠の駝鳥族の血筋ですかい?〉
「?」
〈えーと 『なんでもお見通しなん? こわっ』 っちゅうこっちゃ〉
あーなるほど。駝鳥は目がいいんだったっけな。
ゼファー、なるべく軽く言おうとしてるみたいだが…… 羽がちょっと震えている。
〈うち…… あの薬はおかしいでっせ、って。売るのやめまひょ、て。みんなに言ってまわったんやけど…… そしたら、鷹人族に襲われて……〉
「それで、逃げてきたのか」
〈そや……〉
黙って夢見薬を売り続けるか、捕虜となって一生閉じ込められるか ―― 二択を迫られて命からがら逃げてきたのだ、と鷸人族の少女はうつむいた。
―― ということは、鷹人族は、鳥人たちの首長側で薬を推進する立場だな。かなりの強硬派とみていい…… ん?
そういえば、センレガー公爵の鳥人部隊も、鷹っぽい見た目じゃなかったか?
それに、前のセンレガー公爵、つまりソフィア公女の父親は、薬の製造・拡散にかなり関わっていたはずで……
『前のセンレガー公爵は爵位を剥奪され、塔から脱走して行方不明』 と、ソフィア公女から聞いてはいるが、この辺の情報を総合すると。
「前のセンレガー公爵が、裏で糸を引いているのか……?」
〈さあ? うちには、なんとも〉
{いえ、全然、ありえるのです! あやしいです!}
「だよな」
前のセンレガー公爵についても薬のことと一緒に、ソフィア公女に言っておく必要がありそうだ。
イリスにゼファーを休ませてあげるよう頼んで、俺はア○フォンを出し、ソフィア公女につないでもらった。
最初に聞こえたのは、クウクウちゃんの鳴く声。それから、ソフィア公女…… 元気そうだ。
『あら、リンタロー! ちょうど良うございましたわ!』
「なにが、ちょうど良かったんだ?」
『もうすぐ、そちらに着くところですの!』
「え? そちらって、どちらだ?」
『リンタローの家よ!』
「……は!?」
『ピエデリポゾ村? にいるのですね、リンタロー。クウクウちゃんが降りれる場所、あります?』
「中央広場がいい。俺の家も、その近くだ」
『わかりましたわ! では、あとでね!』
―― あとで、って…… え? くんの? まじで?
やがて。
クゥゥゥゥゥ…… クゥゥゥゥゥ……
機嫌の良さそうなクウクウちゃんの声が、中央広場のほうから聞こえてきた。
来たのか、まじで ――
「みなさん、お出迎え、ご苦労様!」
俺が中央広場までソフィア公女を迎えに行くと。
すでに村の二足歩行犬族や小鬼族が集まってきて、ソフィア公女とクウクウちゃんを遠巻きにしていた。
好奇心と警戒心 ―― 力の強い魔族ならともかく、人間で翼竜を使うの珍しいからな。
そんな空気のなかで、ソフィア公女は堂々と鈍感力を披露する。
「突然の来訪にこのような歓迎、感謝いたしますわ」
「だ、誰……?」
「申し遅れました。わたくし、ニシアナ帝国のセンレガー公爵代理、ソフィア・シャーラ・シュテリーでございます。大錬金術師のリンタローに会いにきましたの!」
村のみんながどよめいた。ほっとした空気が流れる。
「ああ、リンタロー様の客か」 「なら人間なのもわかる」 「というか、リンタロー様にはイリスさんがいるんじゃ?」 「え? 三角関係?」 「やはりモテるんだな、大将は」
いや、ちょっと待て。
俺はひとごみをかきわけ、前列で野次馬していたウっウパパの隣に立った。
「違う。そのひと、もうすぐ結婚するから」
「リンタロー! 久しぶりですね!」
ソフィア公女の顔がぱっと輝き、ウッウパパが 「大将、不倫はやめたほうがいい……」 と小声で俺をたしなめた。だから違うって。
「どうしたんだ、ソフィア公女。忙しいんだろ?」
「ビッグニュースがあるんですの! どうしても直接お伝えしたくて、いろんなことをカイル様に丸投げして、ひとりで参りましたわ!」
「カイル皇子、優しいな……」
クウクウちゃんには中央広場に残ってもらい、俺とソフィア公女は連れだって家に戻る。
「で、ビッグニュースって?」
「それは、あとでイリスさんも一緒に」
「そっか。だったら、こっちの話を先にするが……」
俺は、夢見薬の情報と前センレガー公爵に関する推測を、ソフィア公女に話した。
「―― 情報に感謝しますわ、リンタロー。わたくしたちはまだ、2種類の薬の製造施設すら、把握できていないものですから」
「領内にはない、ってことか?」
「ええ、見つかっておりませんの。ピトロ高地の施設も、調査するのは難しいでしょう」
「え? 仲悪いわけじゃないんだろ? センレガー領には、鳥人部隊までいるじゃん」
「彼らは父についていったようです。父は、ピトロ高地の独立に手を貸した恩人ですから…… けれど、わたくしたちは、父を追い出したほうなので」
「鳥人たちからは、むしろ悪く思われてる、ってことか?」
「ええ、まあ……」
「苦労だな」
「気にしないでくださいな。こういうときは、なんとかするしか、ありませんもの」
ソフィア公女が気持ちを切り替えるように明るい声を出したところで、俺たちは家についた。
ぷぴょん!
内側からドアが開き、イリスが跳びでてくる。
{ソフィアさん! お久しぶりです!}
「イリスさん! 元気そうですね!」
{ソフィアさんも! 忙しいって聞いて、心配していたのです!}
「ありがとう! それより、イリスさん……!」
一刻も早く告げたかったんだろう。
ソフィア公女はイリスの手をとったまま、どや顔をした。
「イリスさんのご両親らしきかたが、見つかりましたわ!」
{えええっ!}
驚いたんだろう。イリスの全身が、ぷるぷると震える。ビッグニュースって、これか。
{両親が…… ずっと、見つかりませんでしたのに…… ほんとですの!?}
「ええ! 手のものに、探させていましたの!」
{ソフィアさん…… なんと御礼を言ったらいいか、です……!}
イリスの全身から、きらきらしたグリッターが舞った。
リンタロー 「イリスの両親をはやく見つけて、みんなで平和な毎日が送れるといいな」
作者 ………… (慈愛のほほえみ)
次回は4月24日(木)12時20分更新です。
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