第29話 戦闘後の一杯は苦かった
「いやあ、面目ない! これくらい、受け止められるだろうと、思ったんだがね!」
「明らかに体格差あるだろ…… とはいえ、パパさんのおかげで、鳥人さんは目立った外傷なし、だ」
{ウッウパパさん、偉いのです!}
「パパ、かっこいい!」
「いやあ、はっはっは。それほどでも、あるかな!」
俺たちが到着したとき、ウッウパパは、気絶した鳥人に完全に押し潰されていた。
俺とイリスで鳥人を横に寝かせ、まずはウッウパパの治療を行う。幸い、頭には直撃していない。怪我は、打撲と擦傷と手足の捻挫…… この程度で済んだのは、ぶつかったのが鳥人だったからだな。半開きになってた翼のおかげで、落下の衝撃が減ったんだ。
《神生の螺旋》 で必要なものを出して応急処置し、イリスにポーションを錬成してもらってウッウパパに渡す。
ポーションを飲んで3分経ったら包帯を外して、と……
「おお!? もう、動かせるぞ!?」
騒ぎを聞きつけて集まってきた二足歩行犬族と小鬼族から、歓声が上がった。
「治癒魔法よりすごいな!」 「大錬金術師さま……!」 「もう、ずっとここにいて!」
いや、だから、適切な応急措置とポーションによる体力回復の相乗効果に過ぎないんだが…… って、誰も聞いてないか。まあ、いい。
さて、次は鳥人だな。
体温、呼吸はやや低めだが、正常範囲内。目立った外傷はやはり、なし。微少骨折くらいはあるかもしれんから、あとで問診するか。
それより問題は、意識レベル。熟睡ならいいが、意識障害だと厄介だ。チート能力 《神の螺旋》 でMRIとか出せるかな? 前世で検査技士さんにお願いしてたのが、使ったうちに入るといいんだが……
とりあえず、瞬目反応を見よう。チート能力で清潔な綿棒を出して、長い睫毛をつつく…… 鳥人のまぶたが、ぎゅっと縮んだ。よし、脳幹は生きてるな。
あとは声かけ・物理刺激で覚醒するか……
「もしもーし」
耳元で話しかけると、うるさそうにそっぽを向かれた…… 目は閉じられたままだ。
こんどは肩に手を掛け、揺すぶる。
「もしもーし。起きれますか?」
お。うっすら目が開いた…… どうやら、MRIは必要なさそうだ (ほっ) ―― っ!?
いきなり鳥人が、ガバッと跳ね起き、背後に飛びすさった。次の瞬間。その手にいつのまにか握られていた槍が、俺の胸に向けて繰り出される……!
{リンタロー様っ}
イリスが俺にかぶさってくるのと、ほぼ同時。
ガンッ……!
鎧が槍の先端を弾く…… ん? 鎧?
「イリス…… 防具にもなれたのか」
{まにあってよかったのです!}
ガンッ、ガッ、ガッ、ガンッッ……
イリスが返事するあいだも、攻撃はやまない。
たしかに俺は無事だが…… いやもう、そんなに突かないで!
{あっ、前にも言いましたが、スライム族の外皮粘膜は痛覚ゼロですし、傷は一瞬で、修復されるのです! どんどん突かれて大丈夫ですから!}
「あー、ならいっか…… って、ならんだろ! ちょっと待て、落ち着け鳥人さん!」
〈人間に人権はない! 滅ぼす!〉
「なんか、すごい言葉聞いた…… だから、待てって!」
ガンッ、ガッ、ガッ、ガンッッ……
{あれー? うっるさいハエさんですねえ?}
高速で繰り出される突きの嵐にも、イリスは余裕で耐え…… なんなら煽ってさえいる。
けど、あまり突きまくられると痛いんだよ! 俺の心が! 申し訳なくて!
もう、いい加減やめて…… あれ、でも。
攻撃は胸だけにワンパターンで、防御してない頭や目、喉元には、なぜか来ていない。つまり……
俺への敵意というより、譫妄のために目の前の相手に幻覚を重ねている可能性もあるな…… ならば。
「《神生の螺旋》…… 『帝室技芸員月山貞一』!」
俺がチート能力で取り出したのは、日本刀。鋭く光る刀身からは、威厳すら感じられて ―― 手にするだけで自然に姿勢が正される。さすが名工の作品、といったところか。
鳥人の振り回す刃が、うなりをあげて迫ってくる。
〈秘伝・風雷斬……っ!〉
「おっと」
秘伝、とか言っちゃうの、ノリいいな。
『風雷斬』 は、槍を風車のように回して胴を薙ぐ…… まあ、必殺技みたいなものか。
だが刃が届く前に、俺は大きく跳んで間合いから離れる。イリス 《鎧の姿》 のサポートのおかげで、動きはスムーズだ。
さて。
勝負は、一瞬で決まりそうだな。
―― 鳥人の持つ槍は、長い木の柄の先に短剣をつけたもの。鳥人の移動力と間合いの可変域の広さ (柄を短く持つことで、近接戦にも対応可能) で、ほぼ無敵の武器と言っていい。
だが…… イリス 《鎧の姿》 を着ている俺は、槍によるダメージを気にすることなく、武器そのものに近寄れる。
〈はぁっっっ!〉
間合いを再び詰めるための、強烈な突き。
ざっ……
俺は再び、後ろに跳ぶ。穂先が届かず、鳥人が舌打ちした。
{ワンパターンですよお?}
煽るイリス 《鎧の姿》 。
〈はぁっっっ! せいっ! ちょこまかとっ! 避けるなっ!〉
俺は続けざまに跳び、槍を避ける…… もうすぐ、行き止まりだな。
背後はご近所さんの家の横に積まれた、薪の山だ。
「イリス」
{はいです!}
「次の攻撃、左に一歩避けながら、前に出る。見切れるな?」
{ふふっ…… 誰に向かって聞いてるんですか、リンタロー様!?}
「よし」
俺は刀を構えた。我流・肩上段からのバックハンドの型……! (時代劇の斬られ役がやってそうな点については、あえてスルー)
鳥人が翼を広げ、すさまじい勢いで迫ってくる。
〈奥義・驟雨烈風!〉
猛烈な速さで全身を狙う突き…… だが俺は、その場にはもういない。
ガダガダガダガダガダッ……
何度も槍を穿たれた薪の山が、崩れ、穂先を押える。いまだ。
「奥義! 月山貞一斬!」
バックハンドで捻らせた体勢から、刀を槍の柄に向かって振り下ろす。剣道に慣れていない俺でも、こうすると自然に速さと勢いが出て、力が入りやすい。
バキッ……
槍が折れた。スッパリ斬れるかと予想していたんだが、意外。
〈ああああああっ……!〉
鳥人の悲鳴が、響き渡った。
【冒険者レベル、アップ! リンタローのレベルが17になりました。HPが+12、力が+4、防御が+4、素早さが+3されました。体力が全回復しました!】
おお、一気にレベルが2も上がった。
【自前の武器であることと、相手を傷つけなかったことでボーナスがつきましたww】
平和だな!
※※※※
〈すんませんでした……!〉
「きみたち、ほんと土下座うまいな」
槍を折られて鳥人は、やっと目が覚めたらしい。猛烈すぎる攻撃だったが、原因は熟睡からの急な覚醒による一時的な譫妄…… 思ったとおりだ (認知症やその他、脳の障害じゃなくて、本当に良かった)。
さて、魔族共通のスキル・スライディング土下座で俺たちに謝り倒してくれたあと ――
どっと疲労感に襲われているらしい鳥人にポーションを飲ませてから、俺たちは家でゆっくりと事情を聞くことになった。
帰宅し、まずはウッウとウッウパパに、ママへのプレゼントをそれぞれ渡しておく。
ウッウはスノードームを 「パパにも内緒!」 とすぐに隠した。
「大将、センスあるねえ!」 と、ウッウパパもアンクレットの出来ばえに満足そうだ。
そして鳥人を問診。とくに痛むところや、しびれる箇所、力が入らない箇所はなし。微少骨折や神経の損傷は、いまのところ大丈夫か……
そうこうしているうち、イリスが人数ぶんの湯気のたつカップとお菓子の載ったトレーを持ってきてくれた。
{コーヒーです! 苦ければ、ハチミツとミルクをどうぞ}
「ありがとう、イリス」
「ボク、ミルクとハチミツいっぱい!」
「いやぁ、おかまいなく! ……そうですか、ではでは、せっかくなので、遠慮なく!」
この大陸ではコーヒーの樹は自生しておらず、南の大陸からごくわずかにもたらされる貴重品だ。
だからコーヒーは、一般にはほとんど知られていない飲み物…… だが、俺は 《神生の螺旋》 でコーヒー豆を出せるのでイリスはもとより、ウッウもパパもすっかり慣れてくれている。
しかし、鳥人はどん引いて黒い液体を見つめた。
〈なんですか、これは……っ〉
「ああ、コーヒーという飲み物だ。苦いから、ミルクとハチミツ入れたほうがいい。ほれ」
〈…………〉
おそるおそる口をつけた鳥人の目がひとまわり大きくなり、それから、ふわっと和んだ。
〈おいしいです……〉
「それはよかった。じゃ、事情を聞こうか」
〈申し遅れました。うち、ピトロ高地の鷸人族で、ゼファー・ヴェントといいます。普段は商人やってますねん。だいたい、センレガー公爵領からイールフォの森やラタ共和国あたりを、行ったりきたり〉
「へえ……」
たしか、センレガー公爵領の南がピトロ高地で、そのさらに南がイールフォの森。世界樹があるエルフの本拠地だったな。それから、その西がラタ共和国…… 前世のゲームでも行ったことがないが、人間の国だったはずだ。
「で、その辺で商売してるゼファーさんが、どうしてこんなところまで、飛んできた?」
〈それが、うちらが最近、エルフたちに売り始めた薬があるんやけど……〉
「え゛」
薬だって?
―― ああ…… すごい、嫌な予感。
次回、ちょっとお久しぶりのあの子が登場!
4月17日(木)12時20分更新です。
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