異世界の鹿神様になった私が追放され、再び呼び戻されました!今さら国を救ってほしいって本気ですか?
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ハロウィンの夜。20歳の桜井舞は、今年の仮装に自信満々だった。テーマは「神秘の森の鹿」。本物そっくりの鹿の角のカチューシャに、淡い緑と金の装飾が施されたフェイクファーのケープ。自然の精霊をイメージした鹿のペイントを顔に施し、姿見の前でうっとり。
「よし、これは完璧! あたしって、もしかしてセンスある?」
そう呟くと、舞は友人たちと合流するため家を出た。しかし、ふと街角で一人になった瞬間、突如眩い光に包まれた。
次に目を開けたとき、舞の目に飛び込んできたのは、見知らぬ荒れ果てた森だった。木々は枯れ、ひび割れた土が広がり、草もほとんどが枯れ果てている。かつての豊かさを感じさせる広がりも、今は干ばつでやせ細り、遠くからかすかに小川の細いせせらぎだけが聞こえてきた。
さらによく見ると、自分の姿は仮装のまま、いや、それどころか鹿の角が本物になっていて、体も不思議とリアルな鹿の毛並みに変わっていた。
「う、うそ……! これ、夢……よね?」
そうは言っても、舞は目の前に広がる光景が現実であることを直感で理解した。鹿の角やふわふわとした耳がそのまま自分の頭についていて、意識もはっきりしている。
もしかして……これ、異世界転移ってやつ?
舞が驚きと戸惑いで混乱しながらも荒れた森の中をさまよっていると、やがて木々の間からかすかに街の姿が見え始めた。不安を感じつつも、状況を確かめようと足早に街へと入っていく。
しかし、街の入口にさしかかった途端、どこからともなく人々が彼女を取り囲み、ざわめきが広がり始めた。舞の姿を目にした瞬間、彼らの表情には驚愕の色が浮かび、そして次の瞬間には、一斉にひざまずいて拝み始めるではないか。
「おお、なんと美しい鹿神様! ついに我が王国にご降臨くださったのですね!」
その言葉に、舞は驚きのあまり息を呑んだ。まさかの「神扱い」である。
「えっと……いや、違うんだけど! えーと、私、ただの人間……って、聞こえてないよね、みんな!」
戸惑いを隠せない舞だったが、王国の人々は聞く耳を持たず、どこか浮き立った様子で彼女を国の中心にある壮麗な教会へと案内し始めた。
教会に到着した舞は、荘厳な椅子に座るよう促された。左右には高位の司祭たちが厳かな表情で立ち並び、教会中に集まった多くの人々が彼女に向け、まるで本物の神に対するかのように祈りの言葉を捧げていた。
「おお、鹿神様、どうか我らの生活にご加護を!」
「神の御力で我々をお守りください!」
舞はその場に座っているだけで人々の祈りを受けていたが、当然、「ご加護」なんてものは持ち合わせていない。
えっと……えーと。もしかして……私、やばくない?
そう思い、少し冷や汗をかきながら一言、つぶやいてしまった。
「ご加護って、どうやればいいのかな……」
すると、そばにいた司祭の一人がにこやかに微笑みながら助け舟を出すように言った。
「どうぞ、鹿神様。手を広げて祈りを、です」
舞は言われた通り、両手を広げて軽く祈るふりをしてみた。けれど、当然のように奇跡なんて起きない。ただ、彼女には「神として振る舞う」ことしかできなかったのだ。
「鹿神様、どうか雨を降らせてくださいますように!」
「……」
「鹿神様、我らに豊かな作物をお授けください!」
「……あの、ね、私はただの人間で……神様とかじゃなくて……」
すると、教会の主司祭が一瞬眉をひそめたが、すぐに穏やかな表情に戻って言った。
「謙遜なさらないでください。我が教会の者は皆、鹿神様のご力にすがっております」
それからしばらく、舞は煌びやかな教会の席に腰掛けたまま、人々から神として祈りを捧げられ、礼拝が次々と続いた。そんな中、主司祭がゆっくりと舞に歩み寄り、深刻な表情で口を開いた。
「鹿神様……どうかお聞きください。我が王国は、長く続く干ばつと飢えに苦しんでおります。作物は枯れ果て、民は渇き、今や誰もが希望を見失いかけているのです」
舞はすでにその光景を目にしていたものの、主司祭の言葉に改めて胸が締めつけられるような思いを覚えた。主司祭は静かに祈るように言葉を続けた。
「民は日夜、雨を望み、鹿神様のご加護を信じております。どうか、この国をお救いください。我らはあなた様に頼るほかないのです」
その時、舞はただの仮装姿の自分が、ここで「神」として崇められている理由を改めて実感した。彼女に向けられる視線には切実な祈りと絶望が入り交じり、舞の心は複雑な感情で満たされていった。
その後も祈りは続き、舞がどうしていいかわからずにいると、ふと自分の中に不思議な力が湧き上がるのを感じた。じっとその感覚に集中してみると、教会の隅に飾られていた一輪の枯れかけた花が、ゆっくりと鮮やかに花開き始めた。
舞が「これって、もしかして……神の力?」と呟いた瞬間、教会内の人々が息を呑み、驚愕の表情で彼女を見つめた。祭壇の前にいた主司祭は、まるで奇跡を目撃したかのように手を合わせ、厳かに言った。
「鹿神様……まさか本当に、このような神聖な力をお持ちだったとは……!」
周囲の者たちはざわめき始め、いつしかその声は舞を称える祈りの声へと変わっていった。主司祭はためらうことなく、舞に向かって神妙な面持ちで告げた。
「すぐにでも、玉座の間へ参りましょう。陛下もきっとこの奇跡をご覧になりたいはずです」
そして、教会の人々に見送られる中、舞は主司祭に導かれて玉座の間へと向かった。
玉座の間に案内された舞を見た王は、どこか期待に満ちた眼差しで彼女を見つめ、主司祭たちからの「奇跡の出来事」の報告に耳を傾けていた。王の瞳には新たな希望の光が宿り、彼女の奇跡の力を信じるように言葉をかける。
「鹿神様、どうかこの国に再びご加護を……あなたの神の力で、我らをお救いくだされるのですな?」
舞は王に促され、返事に困って思わず視線をさまよわせた。今はすべての期待が自分に向けられている。
え? これって……もう私が鹿神で間違いないよね? こんな鹿の格好で異世界に来て、王様にまで「鹿神様」だなんて言われたら……。日本で異世界ものをたくさん読んできたからわかる、これはつまり、私がこの国を救う展開ってことよね。
心の中で自分に問いかけながら、戸惑いを抱えつつも、ゆっくりと決意を固めるようにうなずいた。だがその時、周囲に控えていた重臣たちが一斉に顔を曇らせ、王のもとに迫り出ると低く反論を始めた。
「陛下、落ち着いてください! この者は魔術のような技を使い、民を惑わしているにすぎません。本物の神がこんな風に現れるはずがありません」
「聖なる鹿神ならば、たちまちにして空を覆い、国中に雨を降らせ、飢えを満たすはずです!」
重臣たちは次々と声を荒げ、王を説得し始めた。やがて重臣の一人が険しい顔で言い放つ。
「偽りの神など、厳正なる裁きを受けるべきです。神聖なる鹿神のふりをして民を欺いた者には、重処罰を与えねば!」
舞は息を呑み、必死に重臣たちに訴えかけた。
「待ってください! 私にはまだこの力を使いこなす術が十分でないかもしれません。でも、もしも少しだけ時間をいただけるなら……雨を降らせたり、もっと大きな力でこの国の人々を救えるかもしれないんです!」
だが、重臣たちは冷ややかな目を舞に向け、首を横に振った。
「あなたの戯言など信じられません。我らの聖なる国に、偽りの神が居座ることなど許されない!」
その冷たい言葉に、舞は愕然としたが、それでも必死に訴えかける。
「どうか、私にもう少しだけ時間をください。きっと、きっとこの国を救えるはずなんです!」
しかし、重臣たちがさらに一歩進み出て、王に向かって強く進言を始める。
「陛下、彼女が示したものは、ただの魔術に過ぎません! 真の鹿神様の奇跡とは程遠いものです。むしろ、彼女の存在は王国を乱し、国民を惑わすだけの偽りの象徴です」
王もやがてその言葉に頷くようにうつむき、ついには舞を見据えて冷たい声を放った。
「我が王国において、神を装い己を神と称することは、重い罪とされる。ゆえに、汝を神を冒涜する者として、国外追放とする」
舞はその場で力なく言葉を呑み込み、目に涙を浮かべながらも最後の懇願を絞り出した。
「お願いです、もう少しだけ……どうか時間をください。この国を救いたいんです……」
しかし、その言葉が王に届くことはなかった。王の合図とともに、兵士が彼女の腕を掴み、玉座の間から引きずるようにして連れ出していった。
ーーー
重臣や祭司たちが舞を「偽の神の魔術使い」と決めつけたのには、複数の理由があった。
第一に、もし舞が「本物の神の力」を持つ存在だと認められれば、彼らの地位が脅かされる恐れがあった。長年、「神の御力」を司り、国民から崇敬されてきた祭司や重臣たちは、舞のような新しい力が認められることで自らの影響力が失われ、これまでの地位と権力を揺るがされることを恐れていたのだ。
さらに、重臣たちの中には、古い文献にある「真の鹿神様」の伝承こそが絶対だと信じている者が多かった。彼らは文献に記される鹿神が無償で奇跡を与え、静かで崇高な存在であることが真実であると疑わず、舞の姿や方法は「神聖な鹿神様の姿とは異なる」と考えていた。
「本物の神なら、このように人前で力を見せるはずがない」「あのような奇跡は文献の記述とは異なる」と、彼らは舞に疑念を抱き、容易に彼女を受け入れることができなかったのである。
そして最後に、舞を「偽の神」として追放することで、王国の支配体制を守る意図があった。重臣たちは、舞が真の力を持つ存在として認められることによって、王国が築き上げてきた体制が揺らぎ、自らの権力基盤が崩れるのを何より恐れていた。舞を追放することで、彼らは自らの地位と国の秩序を守ろうとしたのだった。
追放された舞は、行く当てもなく荒れ果てた森を彷徨っていた。森の奥深くに進むうち、彼女は次第に自分が自然と一体化していくような不思議な感覚に包まれる。
やがて、森の木々が彼女に語りかけるように揺れ、鳥たちが優しく舞の周りを飛び交い、動物たちが親しげに近寄ってくるのを感じた。
そのうち、舞は植物を成長させたり、動物たちと意思疎通を図り、森全体を自在に操る力が自分に宿っていることに気づいた。
彼女はその力を少しずつ試しながら、森の近くの村々を訪れ、木々を操って災害から村を守り、動物たちに見守らせたり、薬草を育てて薬を届けたりして村人たちを助けた。
その活躍が次第に広がり、舞は「森の聖鹿様」として周囲の村々で尊敬される存在となっていった。
さらに舞は、各地を旅しながら自然の力を駆使してさまざまな困難を解決し、彼女の噂は国中の隅々にまで届くようになった。
ーーー
その頃、舞を追放した王国には異変が起こり始めていた。土地は見る間に枯れ果て、作物もまったく育たず、国中は荒廃の一途をたどっていた。さらに、荒れ果てた森の奥深くからは魔物が次々と湧き出し、王国を脅かすようになっていった
王は最初、聖女に日夜祈りを捧げさせ、神官たちにも助力を求めてきたが、どれも無駄に終わり、ついに国は混乱の渦に巻き込まれた。人々が次々と不安を訴え、王宮にもその声が押し寄せた。
そんな中「森の聖鹿様」と呼ばれる聖なる鹿の存在が国中で噂されるようになった。
その噂が王の耳にも届き、次第に心を揺さぶり始める。人々の話によれば、その鹿の姿をした存在は、枯れた土地に緑を蘇らせ、困窮する村々を救っているという。
「まさか……あの追放した娘が?」
王は、日に日に悪化する王国の状況と舞の姿を重ね合わせ、ついには「彼女こそが本物の加護をもたらす存在だったのではないか」と疑念を抱き始めた。
王はすぐに重臣たちを玉座の間に呼び寄せ、厳しい眼差しで問いかけた。
「お前たちは、彼女の力を偽りのものと決めつけ、この国を救う可能性を自ら捨てたのではないか?」
その鋭い言葉に、重臣たちも返す言葉を失った。王はさらに静かに続ける。
「あの時、彼女を追放せず信じていれば、このような危機を招かずに済んだかもしれぬのだ。彼女を見つけ出し、国に戻せなければ、重臣として国を守る責務を果たせなかったことになる。その責任は重大だぞ!」
王の言葉に、重臣たちは息を呑んだ。ここ数日、彼らもまともな食事が取れず、夜は魔物の恐怖に怯えながら眠れぬ日々を過ごしていた。
このままでは、王国が崩壊し、自らの地位や生活すらも失ってしまう――重臣たちはその危機が現実であることを、深く実感していたのだ。
しかし、王は重臣たちにだけ任せる気はなかった。王自らも舞を追い求めることで、自身がその追放を許してしまった責任を償おうとしていた。
「私も行く。この過ちの償いを果たさねば」
王の静かな決意の声が玉座の間に響き渡った。その言葉に重臣たちも頭を垂れ、王と共に舞を探しに行く覚悟を決めた。
翌日、彼らは険しい森をさまよいながら、舞を必死に探し続けた。夜になると、焚き火の明かりを頼りに進み、ついには国中の兵士たちを動員し、聖鹿様の噂が立つ森へと送り込んだ。
しかし、舞の行方は一向に知れず、疲労困憊の兵士たちは次々と座り込む。それでも王だけは歩みを止めることなく、ひたむきに森の奥へと進んでいった。
やがて森の奥深く、どこか神聖な雰囲気に包まれた開けた場所で、彼らはついに「聖鹿様」の姿を見つけることができた。
そこには、自然の力をまとったかのような静かな佇まいで舞が立っていた。周囲の草木が彼女に優しく寄り添い、風が舞うように葉を揺らしている。
王と重臣たちは全員その場にひざまずき、王は震える声で懇願した。
「あの時、私はあなた様の言葉を信じず、周りの者たちの意見に流されてしまいました。この王国を救う真の力を持つお方があなた様であると、今こそ深く悟っております……聖鹿様……どうか……この国を、そして民をお救いください」
重臣たちも次々と顔を伏せ、懺悔の言葉を口にした。声は震え、後悔の念が言葉の端々に滲んでいる。
「本当に申し訳ありません、聖鹿様。私も、あの時は真実の目を持てず……なんという愚かなことを……」
こうして、王と重臣たちは懺悔と謝罪を重ね、舞に救いを請うたのだった。
舞は彼らの懺悔の言葉をじっと聞きながら、しばらく考え込んだあと、空を見上げ、小さく息を吐いた。そして、王たちに視線を戻し、かすかに微笑んで頷く。
「……国の人々のためなら、助けてもいいわ。でも、次は私を信じてくれる?」
王と重臣たちは舞の言葉に深く頭を下げ、口々に誓いの言葉を述べた。
「はい、必ずや……二度と疑うことなく、あなた様を信じ抜きます!」
舞は頷き、静かに目を閉じると、ふっとその場の空気が変わった。彼女の周囲から優しい光が広がり、草木が静かに揺れ、魔力が大地へと流れ込んでいく。
「さて、行きましょうか」
舞は毅然とした表情で王たちに告げ、彼らと共に王国へと向かった。
数日後、舞は荒れ果てた王国の大地に降り立った。乾ききった土に触れると、彼女の指先から温かな光が広がり、大地の隅々へと染み渡っていく。
やがて、枯れかけていた作物が青々と葉を芽吹かせ、美しい花が次々と咲き誇った。王国中の人々は息を呑んでその光景を見つめ、歓声と感謝の声があふれ出した。
「聖なるお方よ、本当にありがとうございます……」
舞は静かに微笑みながら、民に向けて軽く頷いた。
また、魔物が集まる土地には彼女の力で「森の結界」が築かれ、木々の根が力強く張り巡らされ、魔物が近づくたびに結界が反応して退けるようになった。
さらに、森の動物たちも王国の守護者として協力し、見張り役を担うようになった。こうして平和が王国に戻り、民たちは心からの安堵に包まれた。
舞の力は国全体に広まり、彼女は「神鹿の巫女」として国民から崇敬される存在となった。国民たちは日々感謝の祈りを捧げ、舞もまた、平穏を守り続けるため森を静かに見守っていった。
しかし、国を救ってから半年後、舞は突如、日本の真夏の街中に戻っていた。
暑い日差しがじりじりと降り注ぐ中、「えっ……日本? やった、戻れたのね! でも、なんでこのままなの?」と自分の姿を見て愕然とする。鹿の角に耳、ふわふわのケープまで、あの鹿の仮装がそのまま残っているのだ。
慌てて角やケープを引っ張ろうとするが、まるで身体の一部になったかのようにびくともしない。
「うそ、ちょっと待って……!」戸惑いを隠せないままいると、突然、頭の中に聞き覚えのない女性の声が響いた。
「ありがとう、舞さん。あの世界を救ってくれて!」
「ちょっと待って! 誰? 神様? 女神様?! てか誰でもいいんだけど、鹿のままじゃ帰れないんだけど!」
そのとき、横を通りかかった子どもが「あっ、ママ! 鹿さんがいる!」と目を輝かせて叫ぶ。母親はぎょっとして「だめ、見ちゃダメ! 行くわよ!」とそそくさと子どもの手を引きながら立ち去る。
また女神の声が響く。「あっ、ごめんなさい! 仮装を解くの忘れちゃったー! えっと、数日後には戻るから、それまでよろしくね!」
「ちょ、ちょっと何それー! ふざけないでよ! なんでこんなことになるのよー!」
舞は鹿の仮装のままで家に帰るため電車に乗り込むと、周囲の乗客がじろじろと視線を向けてきた。冷や汗をかきながらも、彼女は心の中で叫ばずにはいられなかった。「ほんとに勘弁してよ、女神様!!」
おしまい。
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