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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハラサキさん

創作中のキャラ設定にアレンジを少々加え、ホラー仕立てに…。

 運命でした。


 どこまでも運命でした。


 剣道家の父の元に生まれました。


 母は父を支える優しいお母さんでした。


 父は娘の私に剣を握らせようとしませんでした。


 女のすることではない、と確かそう言っていたと思います。


 だから家の離れにある道場も、外からしか見たことがありませんでした。


 私もそういうものなんだ、とその時はなんとなく納得したんです。


 …

 ……

 ………


 十近く歳の離れた兄がいました。兄はとても優しい人でした。


 彼がいつも父と夜遅くまで剣の稽古をしていたことを覚えています。


 父と違い、穏やかな性格で私にもとてもよくしてくれました。


 私はどこにでもいる普通の女の子でした。


 ずっとずっとそうでした。


 …

 ……

 ………


 あの日が来ました。


 とても寒い日のことです。


 しんしんと雪が降り積もっていました。


 父が朝方から出掛けた日でした。


 何かの試合だったのかもしれませんし、もっと大事な用事だったのかもしれません。よく知りませんでした。


 私はその日、学校の冬休みの宿題をしていました。


 難しい問題がありました。算数の文章問題、とても苦手でした。


 母に聞こうかと思いましたが、その時期、母はよく体調を崩していました。


 その時は赤子を身籠もっていてとてもお腹も大きかったのです。男の子だったらしいです。名前は『むぅくん』でした。

 当時の私は寝込んでる母に尋ねるのはどうも憚られたんだと思います。


 私は離れの道場に向かいました。


 初めてのことです。父は私や母に道場へ近づくことを禁じていました。


 でも、私はその約束を破ったのです。


 兄がいたからです。


 兄はその日も変わらず、修行をしていました。


 寒い道場で兄は剣を振っていました。剣の稽古に興味のない私でしたが、兄の整った所作は思わず見惚れてしまったのを覚えています。


 私が道場の戸を開けるのを見て、兄はすぐにこちらに足早に駆けて来てくれました。


「父さんにバレたら怒られるよ」


 困ったような笑顔でそう言ったのを覚えています。兄の優しい声が好きでした。


 泣きそうな顔で手に持った算数の教科書を掲げた私を見て、「少しだけだよ」とまた兄は微笑みました。


 手伝ってもらいながら、宿題を一緒にしました。寒い道場でした。でも、確かに暖かさはあったと思います。兄が「寒いだろう」、と膝の上に座らせてくれたからだけではないと思います。なんだか心が暖かかったのです。


 兄と共に長い時間を過ごしたのはこれが初めてだったかもしれません。


 だから私は甘えてしまいました。剣に興味はありませんでした。兄に興味を向けていました。でも甘え方がわからなかったので、ただただ多くを尋ねました。


 道場には見たことがないものがたくさんありました。私は兄を困らせるように「アレはなに」、「コレはなに」、と多くを尋ねました。


 兄は私のお願いを断らない、優しい人でした。とても優しい、甘い人でした。


 困った妹にすべからく答えをくれました。その内の、最後でした。


「アレ、なぁに?」


「アレ?アレはね。うちの家宝なんだって。家宝っていうのはとても大事なものって意味だよ。父さんのお父さん、お爺ちゃんのそれまたお爺ちゃんの頃からずうっと大事にしている刀なんだよ」


「かたな?お兄ちゃんの稽古で使うやつ?」


「ははは。稽古では使わないかなぁ。俺でも触ったりなんかしたら父さんにしこたま殴られちゃうよ」


 兄がそう答えました。私はただその時、兄を困らせたい一心だったと思います。


「アレ、さわってみたい!」


 子供でした。困らせることでしか人の気をひけない、子供でした。


「え?…う〜ん。それはダメだよ。見つかったら父さんに叱られちゃうよ?」


「さわってみたい!」


 兄に対して、初めての駄々でした。記憶にある限り、初めてで、そして最後の。


「…少しだけだよ。それに触るのは危ないからダメだからね。二人だけの、内緒だからね」


 また困った笑みを兄は浮かべました。


 兄は優しい人でした。兄は甘い人でした。


「おいで」、そう言われ壁に飾られた刀を兄は手に取りました。


 膝を曲げ、私の胸辺りにそれを持ってくると、


「危ないから絶対に触らないでね」


 鞘から剥き身の刃を見せて、そう言いました。


 その言葉に私は反抗したんです。ただ困らせたくって。


 子供でした。


 どこまでも、子供でした。


 どこまでも、どこまでも、子供で。


 どこまでも底が無くて、刃に触れた手のひらから血が溢れ…


 運命でした。


 運命でした。


 運命でした。


 その日私は血の赤の愛おしさを知り、『私』は一本の刀になったのです。


 電流の走る思いでした。走る痛みと共に、脳裏を喜びが駆け巡りました。


 こんなの初めてだったんです。私はただの女の子じゃありませんでした。


 私は『私』が刀であることを理解したからです。


 初めて出会う『彼女』は『私』だったのです。


 痛みを持って、『彼女』は私が『彼女』であることを教えてくれました。


 嬉しかった。


 迸る歓喜の激情が止まりを知らず、のたうち回りました。


 手にはもう一人の『私』が握られていました。


『私』が『私』と共にあること、それは当然のことだからです。


 気が狂いそうな程の感激の最中、なにやらよく知る声を聞いた気がします。


 気のせいだったかもしれません。


 いつの間にか、のことでした。足元に折れた竹刀がぶつかりました。喜びの舞いを止めた『私』は、傍で兄だった人が転がっていることに気がつきました。


 あまりに酷い顔をしていたので、初めは誰だかわかりませんでした。もう動かない兄は、兄では無くなったのだと私は理解しました。


 でも、悲しくありません。兄もまた、『私』だったからです。先程よりもずっと多く『私』に纏わり付いていた血を通して、『私』は兄とより深く繋がり交わったのです。兄は『私』と一つになったのです。


 また嬉しくなりました。兄も喜んでいます。


 道場の戸が開かれました。


 夕暮れ時になっていました。真っ赤な夕日が『私』の心を揺さぶります。


 父でした。母でした。


 父が物凄い形相で飛びかかってきました。手には刀が握られていました。その刀は『私』ではありませんでした。


 ですが、父は『私』だったのです。


 父も喜んでいます。嬉しかった。


 母が悲痛な顔で這いずるように逃げ出しました。お母さん。大好きです。


 悲しそうなのは嫌ですから。


 お母さんにも嬉しくなって欲しかった。


 もちろんお母さんも『私』でした。


 当然お母さんも喜んでいます。いい事ができてとても嬉しい。


 でも、おかしなことが一つあるんです。


 お母さんのお腹の中、弟のむぅくんがいました。


 ちゃんと見たんです。


 でも…むぅくんは『私』じゃありませんでした。


 なんでかな。なんでだろう。


 悲しいです。


『私』の中のお父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも、首を傾げていました。


 たくさんお話ししたかったな、むぅくん。


 お姉ちゃん、さびしいよ。


 ずっとずっとそれだけが心残りなの。


 でもね。最近『私』、親切なおじ様に教えてもらったんです。



 「これは風の噂なんだけどねぇ。君の弟くん、どこか別のお母さんのお腹の中にいるのかもねえ」



 はじめて聞いたねそんなうわさ。

 

 ほんとかな?でも、ほんとだといいな。お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、探してみようと頷きました。

 

 もちろん『私』もです。

 

 だから『私』探しています。お腹の大きなお母さん。探しています。


 むぅくん。どこにいるのかな。


 お姉ちゃん、絶対見つけてあげるからね。


 『私』と一緒に、『みんな』と一緒に。


  だって家族だもんね。

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