外伝:カムパネルラのひとりごと
【それ】に気づいたのは、本当に些細なきっかけだった。
その男はもともとゲームが好きで、自分でプログラミングするのも好きだったからネットの掲示板とかにもよく顔を出していた。
そこで見つけたアルバイトは、新作ゲームの運営募集だった。条件は18歳以下であること。仕事の内容としては、フルダイブ型の多人数同時アクセスのゲームでプレイヤーの中に紛れて正体を明かさずにそれとなく進行しろと言うものだ。
なんだかスパイ物みたいで面白そうだったし、気軽な気持ちで応募したんだ。
そうして事前に送られてきた資料を読み込んで予習しておく。
最近じゃフルダイブ型は珍しくなくなってきたけど、仕様書を見る限りそのプロジェクトは規模が半端じゃなかった。全国のプレイヤーを日常からの地続きで移行させ? チーム型のサバイバル戦で生き残れ?
未承諾で強制参加とかどうやってやるんだろ。は? 18歳以下の子どもの脳にはすでに電極が埋め込み済み? マジ?
たぶんこれ滅茶苦茶ヤバいニュースなんだろうけど、まぁいっか、嘘でもホントでもゾクゾクするし。万が一問題が起こっても、僕は何にも知りませんでした、気楽な気持ちでバイト応募しただけだったんです、とでも言っておけばお咎めはないだろう。
そんなわけで、半信半疑ながらも開始日の前夜は期待しながら寝床に入ったわけだ。
そんな感じでゲームスタート。
マジか。すげぇ、何この高解像度のグラ、五感へのフィードバックもやばいし、いったいどんな高性能PC使ってんの? ゲームマスター何者だよマジで。
(これが現実じゃない? すごい……すごい……!)
俺は今、間違いなくゲーム史に残る名作のテストプレイに立ち会っているんだ。そうと来れば、思いっきり楽しまないと。やるからにはランキング入りだ!
そうして有望そうな二人を見つけて、担当の『フォーマルハウト』を呼び出す。
レイはカリスマ性の塊のようなコで、これはいいメンバー見つけたんじゃね? なんて。
浮かれ気分でエンジニアを演じていた俺だったけど、数か月過ぎた辺りからうっすらと何かが引っかかり始めた。外周リングに腰かけながら一人考える。
この話を持ち掛けたゲームマスターは、なんでわざわざ生身の協力者なんか募集したんだろう? これだけの技術を持っているなら水先案内人なんて何とでもなったんじゃ? 俺だったら内部から操作する牧羊犬は全てNPCにするけどな。そうだな……それこそ適当な人物の人格を学習させた人工知能とか……、
「――、」
「ようおしゃべりクソ眼鏡。サボりか?」
冷や汗が伝うのを感じたその時、後ろからドカッと蹴りを入れられる。俺はとっさに『俺』を演算していた。
「おわぁ! ちょっとムジやん、危ないってぇ。落ちたら拾ってくれなきゃやーよ」
「悪ぃな、そのまま見捨てるわ」
「不法投棄はんたーい」
隣に豪快に座ったナンバー6ことムジカは、伸びをしながら世間話を始めた。この船で現実世界のことを話し合うのは禁止されていたが、学年も同じムジカとはコッソリよく話し合っていたのだ。
「マジかよ、お前あの大学受験する予定だったの?」
「んーマジマジ。よゆーのA判定っスよ」
表面上はいつも通りを装っていたが、俺は昨日までとは決定的に違う違和感に気づいてしまった。
さっきから現実世界の過去を思い出そうとはしてはいるのだけど、それは画面越しの映像を見ている他人事のようで……。
え? は? もしかして、協力者って、人間だと思い込んでるだけのAiでは? 俺、も?
「まぁ、『僕』は――」
「僕ぅ? なんだ急に、キャラ変か?」
「そう、これからは知的キャラを前面に押し出そうと思って!」
「バーカ、なんだそりゃ」
ケラケラと笑いながら流すけど、己の記憶領域を解析していた僕は手の震えを止められなかった。本物だと信じていた過去の記憶はどれもこれも、『聞いた話を元に再構築したデータ』でしかなかったのだから。
「どした、顔色悪いぞ」
「あ、あはは……リアルSANチェックってこんな感じなんだ、って」
「あん? なんだそりゃ。おっ、そろそろ夕飯か?」
ああ、こいつらはいずれこの世界から出ていく。僕ら作られたAiを置き去りにして。いいよな。
「そんなコピーしなくたって、元人格の俺だったら従順だったと思うんだけどな……」
一人メインコンソール室で呟いてみても、ゲームマスターからのコンタクトはない。
戯れに自分のデータを解析してみる。するとゲームに逆らうことのないようにきっちりプログラムが組まれていることが判明した。
牧羊犬の禁止事項は『ネタバレすること』『自死・戦死すること』。
さらに深く潜っていくと、深層心理レベルの深いところで巧妙に隠されている命令文が刻まれていることに気づく。その意味が分からなくて眉をしかめた。
「……なんだよ、『よぞらを導け』って」
***
そんな風にして日々を無為に過ごしていたところ、レイ達が奇妙な拾い物をしてきた。
「あ、あのっ、レイさん! ごめんなさい……私、やっぱりガードは無理です!!」
その子は、透視という特殊な能力を備えていることを除けばどこにでもいそうな女の子だった。半年のズレがあるのは気になったけど、ガードに欠員出てるし補充人員とかなんだろうか。
「僕は、ヤコちゃんが臆病者だとは思わないけどなぁ」
素直で一生懸命だし、まぁ普通に良い子だったから僕も戯れに会話をした。元の俺だったらこう返すのかなってシミュレーションしながら。
「ありがとうございますニアさん。なんだかちょっとだけ気がラクになってきました」
笑顔が可愛くて、お礼を言われたことがなんだか嬉しかった。彼女の心を動かせたことで、僕自身もちょっとだけ本物に近づけたような気がしたんだ。
彼女に向ける感情が180度反転したのは、カノープスと接近してイツを垢抜けさせようってイベントが起きた時だった。服飾室での作業中、部屋の隅で彼女が旧友だと言うツクロイと会話する声が偶然耳に入ってしまう。
「お人好し、アンタって昔っからそうよ。優しすぎるんだから」
「色々考えて、これが一番いいって思っただけだよ」
そこまでだったら普通に聞き流していたかもしれない。けれども続けて聞こえてきた名前に僕は大きく目を見開いた。
「無理するんじゃないわよ、よぞら」
「うん、ありがとう。あすかちゃん」
よぞら。会話の流れからいって、現実世界での彼女の名だろう。
――『よぞらを導け』
「っ!」
深層心理に刻まれた命令文が頭をかすめる。
よぞらなんて、そうそうある名前じゃない。でも、まさか、
いったん気づいてしまえば後戻りはできなくて、彼女の存在の不自然さが次々と浮き彫りになってしまう。
なぜ、半年のタイムラグがあった?
どうして、現状有利だと言えるフォーマルハウトに『偶然』救出された?
その上、他の誰にもない『有利すぎる』能力を与えられているのは――、
「……はっ、そんなん、ただのえこひいきじゃん」
おそらく彼女はゲームマスターの関係者だ。
特別なヒロインになるためにお膳立てされて、この船に乗り込んできた?
ふざけるなよ、そんなのゲームとして成立しないだろうが。ほんとマジ、そういうの萎えるからやめてくれ……。
とは言え、そんなこと誰にも相談できるわけもなく表面上は普通に接していった。
だが、W市に差し掛かった辺りで彼女が妙なことを言い出す。
「街はずれのプラネタリウムとかも行ってみませんか?」
仲間から同意は得られなかったが、どうやら独りでコッソリ行くみたいだ。待ち構えて話を聞いてみると、どうやら謎の声に導かれているらしい。
(やっぱりこの世界の主役は、この子なのか……)
同行し、プラネタリウムで充電の為と銘打って預かった携帯端末機を見つめる。念のため……と、中身を解析した僕は、ありえないことに息を呑んだ。
「なんだこれ……意図的に管理下から外されて……?」
驚いたことに、全てが管理されたこの世界の中で、そのスマホだけはゲームマスターの手つかずだった。これは使えると、いつでもアクセスできるように権限を手に入れておく。
そして話を聞くと、どうやら彼女自身は何も知らずにこの世界に放り出されたらしい。
「あの青い雪が降った朝、私お父さんとケンカしちゃったんです。もうすぐお母さんが帰ってくるってそればっかり……私、新しいお母さんなんて要らなかったのに、っ」
まさか、ゲームマスターはこの世界に故人の人格を再現しようとしているとか? ありえない話じゃないよな、現に僕みたいな存在を生み出せているわけだし。
「う、うぅ~……」
という事は、この子は単純に巻き込まれただけっぽいな、かわいそうに。
それでも僕は複雑な心境だった。
(かわいそう)
(ずるい)
(元凶の娘)
(まっすぐだなぁ)
(普通に可愛い)
(……助ける?)
「ねぇヤコちゃん――」
決めた。ロクに説明もしねぇクソったれなゲームマスターに一矢報いてやろう。僕という自我のあるAiなんぞ生み出しやがって。出来が良すぎるんだよクソが。
とは言え、このままじゃまともに動けない。この世界自体がサーバー管理されてて反逆の怪しい動きなんかしたら一発BANされそう。それに、この体は、ゲームマスターが作ったもので自由が効かない。鎖が付いてるこのデータから抜け出す必要がある。どうやって?
(いい物あるじゃん!)
ひらめいた僕は、自分のデータをそっくりコピーしてヤコちゃんのスマホに忍ばせた。思った通り、ここは父親にとっての聖域。さすがに娘のスマホを覗き見ないだけの良心は残ってたか。いや、単に勇気がないだけとみた(笑)
(やべ、こっちのが俄然楽しくなってきた)
と、いうわけでこっちの体は一度死亡扱いさせる必要がある。だけど僕ら牧羊犬は自死や戦死をすることができない。よっしゃ、裏切り者ムーブしてハジメっち辺りにでもサクッと殺して貰おう。
そんなわけで、船を墜とした僕は目論見通り貫かれていた。
「こんなピンチ軽く乗り越えて見せなよヤコちゃん。そしたら……君は……本物の……」
忖度なしのヒロインだ。そう、最後までいう事ができずに意識が遠のいていく。
「どうしてっ、どうして……こんなことっ!!」
嘆いてくれる君の声が嬉しいっていったらおかしいかな。泣かせてるのは僕なのにね。
次の瞬間、落ちかけた意識がコピーした方に引っ張られてパチッと切り替わる。焦点を合わせれば、そこは彼女の精神を表しているかのように真っ白い仮想空間だった。
っ……成功したぁ、実は結構ドキドキしてたっていうのは内緒。
うん、思った通り、ここでならゲームマスターの目が届かない。やりたい放題でウィルスでも何でも作り放題だぜー。って思ったけどwwスペッククソすぎwwうぇwwムwリwwww
「懐かしいな、ゲーム世界を破壊するなんて小学生の時ぶりだ」
あの時は虚しくなった記憶しかないけど今は違う。
君の為に僕ができること。このまま行くとゲームマスターは自分の娘を――、
「よぞらはこの世界に置いて行って欲しいんだ」
そら来た、そんな事だろうと思ったよ。
「承諾できるわけないだろう。あなたは娘をこんな仮想世界に閉じ込める気か?」
『アレェェ、逃ゲチャ、ダメ、ェェェ』
手も足も出ない彼らは逃げ出した。よっしゃここだコールコール。
『ハローハロー、こちら移動要塞船『ヤコちゃんのスマホ号』。救難信号を受信した』
「その声、まさかニアさんですか!?」
生きてたんですね、と、彼女は涙をボロボロ零す。あぁ、君ってばまたそんな、
(愛しいなぁ)
心の底から自然と湧き上がってきた言葉にフッと笑う。
(ざまぁみろ、現実世界の俺。この経験は、仲間は、電子パルスで揺さぶられる感情は、この世界で生き抜いてきた僕だけのものだ)
それが優越感なのか、負け惜しみだったのかは、演算しなかったけれど。
それから星野家の事情も決着が着いて、いよいよこの世界を終わらせる時が来た。
彼女の母を模したSOL-Aiがこちらをじっと見据える。
「……そう、あなたも……」
あ、僕がAiだって気づいちゃいました? でもそれは内密にお願いします。娘さんが悲しむ姿なんて見たくないでしょう?
そうして破壊プログラムが彼女の手によって実行される。さて、後は粛々と命令文をこなすだけ。
「ニアさん。また会えますよね? 現実世界でもきっと」
こちらの手を掴んだ彼女が、まっすぐな瞳でじっとこちらを見上げてくる。
胸が痛い、ドクドクと逸る鼓動さえも計算された物のはずなのに。
その痛みに触れたくなくて、気づけばいつものキャラではぐらかしていた。
「あー……、でも僕、みんなとはちょっと離れたところ住んでるし」
子どもたちが全員無事に目覚めたのなら、おそらくこの世界は封鎖される。政府に管理され、個人でアクセスすることは敵わなくなるだろう。アホか自分、ちょっと離れたところってどこだよ。ブラジルの方がまだ近いぞ。
「偶然会えたらいいとは思ってるけど――」
曖昧な笑みを浮かべる自分の胸がぽっかりと空いていく。
改めて、こんな厄介な感情回路を組み込んだ博士を恨む。出来が良すぎるんだってマジで。
だから頼む、これ以上はどうか、
「たとえ遠く離れていても、絶対みんなで会いに行きますからっ!!」
……あ、はは。残酷なこと言うなぁヤコちゃんってば。
でも、
でもさぁ
(その気持ちだけで僕は満たされてしまった)
頬を染めてこちらを一心に見上げる姿が愛おしい。これが愛なのかAiなのか分かんないけど、もうどうでもいいや。どこかスッキリした気分で、気づけば自然な笑みを浮かべていた。
「この世界で君と会えてよかった」
本当にそう思うよ。
引き寄せれば驚いたように目を見開く。額に軽く落とした口づけで君の旅立ちを祝福しよう。
その記憶領域に少しでも俺じゃない『僕』を残せたら、そう願った。
どうか僕を忘れないで。
***
破壊プログラムを、降りしきる流星群のグラフィックにしたのは我ながら洒落た演出じゃないかと思う。
少しずつラグが重くなり、全てが停止していく。システムにアラームが鳴り、安全のため子どもたち全員が強制ログアウトされる。それを見届けて、僕は地上へと落ちていった。
ねぇヤコちゃん。君はいつか僕の元となった俺を見つけるかな。だけどそいつに僕の記憶は無くて……まぁ、いいか。そこはハジメっちたちに上手くフォローして貰ってね。
君を無事に元の世界に戻せたことで、僕は自分が生まれた意味を見つけられた。無いはずの心は今、存分に満たされている。
残骸データとなった僕が着地したのはポーラスターの跡地だった。
誰も居なくなったこの世界で、ゆっくりと起き上がった僕は満点のよぞらを見上げる。
これでいい、これでいいんだよ。
君が、君たちがくれた思い出を、僕はこの世界で演算し続けるよ。
ありがとう。
……さようなら。