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目覚めたらアポカリプス  作者: 紗雪ロカ
ステラマリスに抱かれて
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第43話 お星さまの約束

 何やら重大そうな画面に、否応なしに緊張感が高まる。とはいえ、今さら躊躇うことはしなかった。ごくりと息を呑みながら右手を持ち上げ、えいやっと「はい」のボタンをタップする。

「で、できました? 私、間違えてませんか?」

「ん、お疲れ。あとは僕に任せて」

 柔らかい声が聞こえると同時に、目の前の身体が淡く輝き始めてヤコは顔を上げる。

 こちらを見下ろすニアは目を細めていた。その表情がなぜか寂しそうで、思わず手を掴んで問いかける。

「……ニアさん。また会えますよね? 現実世界でもきっと」

 ちょっと意外そうな顔をした彼は、珍しく戸惑ったような誤魔化し笑いを浮かべて頭を掻いた。

「あー……、でも僕、みんなとはちょっと離れたところ住んでるし、偶然会えたらいいなとは思ってるけど――」

「会いに行きます! そしたら改めてちゃんとお礼を言いたいんです」

 光が強くなっていく。掴んでいるはずの手の感触も少しずつ薄まっていくようで、ヤコは必死になって両手で握りしめた。

「ニアさんはいつも私のこと励ましてくれました。笑わせてからかって、こんな世界でもう一度笑えるだなんて思いもしなかった……。ここまで来られたのは間違いなくニアさんのおかげなんです! なのに私からまだ何も返せてない、だから」

「……」

 まだまだ心が幼いヤコにとって、この感情は言葉に言い表せない未知の物だった。離れたくない。もう一度この人と会いたい。無自覚の内に育っていた気持ちが心を逸らせる。なんだろう、なんと呼ぶのだろう、この気持ちは。頬を染めた少女はほとんど叫ぶ勢いで伝えていた。

「たとえ遠く離れていても、絶対みんなで会いに行きますからっ!!」

 自身の声がドームに反響して消えていく。こんな大声を出したのが自分なのが信じられなくて、ヤコはおそるおそる目を開ける。光に包まれたニアは驚いたような顔をしていた。眼鏡の奥の瞳が揺らぎ、次の瞬間、それまでとは違う素の笑顔でにっこりと笑う。

「……。この世界で君と出会えてよかった」

「え……」

 優しすぎる表情に心臓を打ち抜かれる。ここにきて、ようやくその気持ちを掴みかけたヤコの後頭部に手が回される。ゆるやかに引き寄せられ、額に軽い感触が伝わった。不意打ちに目をつむると、耳元でたくさんの感情を込めた声が響く。

「さよならジョバンニ、元気でね」

 次に目を開けると、ニアはまばゆい光となって消えていた。しばし漂っていたそれらは、収束して一度溜めたかと思うとドンッとドームの天井目指して発射される。勢いで一歩よろめいたヤコはそれを見送りぽつりとつぶやいた。

「また、会えますよね? ニアさん」

 どうして彼が再会の約束ではなく別れを告げたのか、今の彼女は知る由もなかった。ただ、藍色の空から落ち始めた星に今はただ見惚れるしかない。まるで流星群だ、光の尾を引いた星が次々に落ちてくる。

「よぞら、こっちにおいで。観測しよう」

 大好きな母が手招きをしながら中央に呼ぶ。うんっと元気に返事を返したヤコは、小走りでそちらに駆け寄った。小さかった時と同じように、座る母の膝に寄りかかる。

「あらあら、こんなに大きくなったのに甘えん坊ね」

「ふふ、だってここはよぞらの特等席なんだもん」

 頭に触れられてくすぐったそうに身をよじるヤコは小さく笑い声を立てた。暖かな母の懐に抱かれて幸せな気持ちが体中を駆け巡る。

 流星はますます数を増していた。降り注ぐ雨星を二人で見上げてポツポツと会話を交わす。

「何年ぶりかな、もう一度よぞらと星を見られるなんて思いもしなかった」

「私もだよ、だってお母さんは……」

 その先は言わずに言葉を濁す。今だけは確かにここに居るのだから。

「お父さんのこと、よろしくね」

「うん」

「危ういところがある人だから、隣に居てあげて。支えようとはしなくていいの、そんなことしたらよぞらが倒れちゃうから」

「うん」

 別れの時が近づいている。ぼやけた視界で見ても流星群は美しかった。

「周りの大人にたくさん頼りなさい。あなたが声をあげたら助けてくれる人がきっといるからね」

 ずるずると姿勢を崩していくヤコは、子供の時と同じように母の膝枕に頭を乗せる姿勢になる。

 満たされる想いで天を見上げれば、母の慈しむような顔と共に宙が見えた。自分の目からあふれた涙がすぅと頬を伝わり母の膝に落ちる。

「そうやってあなたが大人になったら、今度はあなたが誰かを助ける番。頑張るのはそれからでいいの。今はめいっぱい子供で居ることに甘えなさい」

 頬に添えられた手はしっとりとしていて花の匂いがした。世界が青い光を出しながら少しずつ現実味を失っていく。それは、眠りから覚める時のまどろみと少し似ていた。

 頬の手がそっと離れ、小指だけを立てる形に結ばれる。ぼんやりとする意識の中で、ヤコも右手を持ち上げて小指を絡めた。何よりも大好きだった声が最期に聞こえる。


「お星さまの約束。お母さんは星になって、ずっと、ずぅっと、よぞらを見守ってるからね」


 世界が崩壊していく。それでもヤコは、あったかい幸せに包まれながらその気持ちを伝えた。


「おかあさん、だぁいすき」

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