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第1話 青い雪

 夏の終わり、異常気象がT市を襲った。


 ひらひらと舞い落ちてきた『それ』に、歩道橋の真ん中で立ち止まった少女は目を見開いて立ち止まる。首の後ろで二つに結わえた栗色の髪がふわりと揺れ、薄茶色の眼差しがどんよりと曇る空に向けられた。

「青い……雪?」

 儚い存在は手のひらで受けると淡い光となってじわりと溶けた。歩道橋を行きかう人々もその現象に驚いて立ち止まる。

 この年は確かに冷夏と呼ぶにふさわしい天候ではあったが、それを念頭に置いても真夏に雪というのはおかしい。

 今朝の天気予報ではこんなことを言っていただろうかと、少女が寒気にふるりと身体を震わせたその時だった。遠い地鳴りのような音が聞こえ、鉄橋が震え始める。やがてそれは少しずつ大きくなり、揺さぶられるような感覚と共に地面が揺れ始めた。少女は悲鳴をあげながら手すりにしがみつく。

 ……しばらくすると揺れは収まって行き、その場にへたりと座り込む。だが本当の恐怖はそこからだった。

「うわぁああ!?」

 突然、男性の狼狽した声が響く。その場に居た全員が弾かれたようにそちらを振り返ると、砂で出来た人形……そう形容するしかないバケモノがいつの間にか道路を塞ぐ形で出現していた。

 体長およそ七、八メートル、不恰好な人の形をしたそれはパラパラと砂を落としながらゆっくりとこちらを向く。歩道橋はちょうど砂人形の胸辺りの高さで、目の辺りに開いた穴と不気味な口が『見てはいけない怪異』のようなものを連想させて首の後ろが総毛立つ。その口から粘着質の唾液が滴り落ち、鉄橋の手すりにぼたりと音を立てて落ちた。一拍おいて皆が恐怖の叫び声を上げ、押しのけるように一目散に歩道橋から降りようと詰めかける。

『……』

 砂の人形は恐怖で腰の抜けた男性をつまみ上げ、自分の顔の上に持ち上げた。バケモノはカパリと開けた口の中に男性(エサ)を――

「っ!!」

 少女はその先をとても直視できなくて顔を背ける、誰かがドンッとぶつかりようやく動けるようになった。

(やだやだやだっ、こんなの夢だ、夢に違いない! 私はまだ布団の中に居て、もうすぐ目が覚めるんだ……)

 だが、願いも虚しく悪夢は一向に覚める気配がなかった。胸が苦しくてこめかみの辺りが激しく脈打っている。

 ようやく階段を降り切った少女は信じられない思いで周囲を見渡す。慣れ親しんだ日常の風景は、歩道橋を一つ渡っただけで一変してしまった。

 砂のバケモノは一体ではなかった。大小さまざまな泥人形が緩慢な動きで街を闊歩している。見上げるほど大きい個体はビルにもたれかかる様にして窓ガラスを壊し、街灯ほどある小さい個体は、そのビルから悲鳴を上げて逃げ出してきた人間を片っ端から摘まみ上げ捕食していた。

 クラクションの音と悲鳴と怒号が不協和音を奏でている。狭い路地裏に逃げ込もうとした少女は誰かに突き飛ばされ転んだ。足首をひねり突き抜けるような痛みが走る。

「あっ、う……!」

 立てない。絶望が荒波のように彼女を呑み込む。

 ふと影が掛かり、振り返ると巨大な砂のバケモノがこちらを見下ろしていた。目があるはずの箇所はぽっかりと空いていて、片方の目の中で妖しく灯る青い光が爛々と輝いている。

「っは、あ、ぅああ」

 恐怖で空気の漏れるような声しか出ない中、座ったまま後ずさる。砂の骸が手を伸ばし、全てがスローモーションのようにゆっくりと流れていく。


 どこかでぷつんと、恐怖の糸が切れたような気がした。


(戦え――!)

 それは誰の声だったのか。いきなりパチンとスイッチを入れられたかのように視界がクリアになる。

 ――ドクンッ

 瞬間、全身が熱を帯びた。まるで血がいきなり逆流し出したかのようだ。よろめきながら立ち上がり、捕まえようとする砂の手をギリギリのところで転がって避ける。

 左肩甲骨の辺りが焼けつくように痛い。少女は考える前に動いていた。ガレキの中から折れた鉄パイプを引き抜き、地を蹴る。

「っあああああ――!!」

 信じられないくらい体が軽い。気づけば十五メートルはあろうかという砂人形の眼前に飛び上がっていた。眼球がある位置の窪んだ穴からは、青いぼんやりとした光がこちらを見つめていた。それを目掛けて手にした武器を構える。

「うわぁぁあああああ!!」

 力いっぱい突き込むと、ドスッ、という鈍い音がした。落下した少女が地に足をつけると同時に、機械が錆び付いたようなとんでもない悲鳴が辺りに響き渡った。今起きたことが信じられないまま呆然とそれを見上げる。

 バケモノは暴れ続けていた。目に刺さった鉄パイプを引き抜こうとやみくもに頭を振っている。今しかない、少女は逃げ出そうとした。

 だが敵は今の攻撃で逆上したようだった。すばやく足を後ろへ振り上げると勢いをつけて少女を蹴り飛ばす。

「――っ!!」

 すさまじい衝撃だった。指で弾いた消しゴムの欠片のように少女は吹き飛んだ。事態を理解するより早く背中に衝撃が走る。

「かはっ!」

 どうやら自分は街外れの鉄塔に叩きつけられたらしい。理解すると同時に落下が始まる。

(私、死ぬんだ)

 崩れていく街並みを遠くに、少女はゆっくりと意識を手放した。そしてドサッ、と地面に叩きつけられた身体はピクリとも動かなくなる。


 青い雪は降り続ける。

 後に『終焉の日』と呼ばれるこの日、世界は確かに揺らいだ。

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