古の紅き竜 1
殺さずに助けられるのであれば、助けたい。
だが、あれほど強大な存在が相手では、アリアの浄化の力も、システィナの光の竜の力ですら穢れを祓うことはできないだろう。
引導を渡すしかない。せめてこれ以上苦しまぬように、誇りを穢されぬように。
それがルイスの決意であり、アリアたちのやるべきことなのだ。
咆哮。衝撃。唸り声。そして、すさまじい熱気が吹き荒れる。
灼熱の赤の中で、苦痛に悶え続ける大きな体。真紅の鱗を持つ竜ザイフィールがそこにいた。
その強大な存在の前へと、ルイスが姿を見せ、一歩踏み出す。
「約束を果たしに来たぞ。ザイフィール!」
呼びかけに反応し、竜が顔を向ける。
宝玉のような瞳にルイスを、その背後に立つアリア、システィナ、エヴァンの姿を捉えたことだろう。
ただ殺すだけなら、名乗り出ずに不意をつくこともできただろう。だが、ルイスも、アリアたちもそうする気はなかった。これから始まる戦いは、優しく偉大な竜への弔いなのだから。
咆哮――。紅き竜が翼を広げる。熱気を伴う突風が辺りに吹き荒れた。
「……始めよう」
ルイスがつぶやく。それを合図に、アリアたちはそれぞれの武器を構えた。
大まかな作戦は事前に何度も話し合っていたため、迷うことはなかった。
まずはアリア、ルイスが前に出て、システィナが後方から援護する。エヴァンは前衛と後衛の中間に立ち、皆をフォローするポジションだ。
穢れをまとう竜が吠え、炎を吐き出す。ルイスはそれを躱し、アリアは盾に魔力を込めて防ぎながら、接近していく。
灼熱の紅蓮の中で、ルイスは唱えるように言う。
「ザイフィール……誓いを守り、耐えていてくれたんだな……私も約束通り、君を殺しに来た」
爪の一撃が来る。アリアは盾で受けるのは無謀と判断して、飛び退いて避けた。背後で岩が両断され砕ける。
盾のないルイスは大回りに走り、竜への接近を図る。
「君は父であり、母であり、友であり、そして……私は君を愛していた」
魂を削る咆哮。灼熱の息。圧倒的な上位者。人間に勝てる相手だとはとても思えなかった。それでもアリアたちは引くわけにはいかない。友であるルイスのために、そして哀れなこの竜のためにも。
「焦がれる想いは、君が穢れに堕ちた今でも変わらない」
ザイフィールが力強い後ろ足で大地を踏み締めると、地面が陥没し、土と岩の破片が周囲に飛び散る。
それをルイスは飛び上がって回避し、槍で弾きながら突き進む。
「さよならだ……愛しき君。私が今、その苦しみから解放してみせる」
竜の喉元の鱗へと、ルイスは槍を突き立てた。
穢れをまとった竜が暴れ狂う。ルイスの放った槍の一撃は硬い鱗に阻まれ、わずかに食い込んだだけだった。
鮮血が舞う。振るわれた腕によって弾き飛ばされたルイスは激しく地面に叩きつけられたが、素早く受け身をとって起き上がった。
直後、システィナの魔術がザイフィールの胸元に直撃し、そこへ正確にエヴァンの放つ太矢が命中。続いてアリアが剣を掲げて飛び掛かるが。
――――!
鋭い咆哮とともにザイフィールが翼を羽ばたかせると、竜巻が巻き起こった。その風にアリアは吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられる。
「かはっ」
鎧で守られているとはいえ、すさまじい衝撃に肺が押し潰され、めまいがした。
ザイフィールは竜巻をまといながら、ドンと空へと飛び立った。
ルイスやエヴァンが与えた傷が、その再生力によって急速に回復していく。
熱気が発せられる。竜の口元が紅蓮に光った。
「まずい、ブレスが来る!」
ルイスの叫び声を聞いて、アリアたちはすぐさま岩陰に身を隠した。
続けて盾に魔力を込めて障壁を展開。システィナは結界の魔術を使って防御の体勢に入る。
激しい光で、渓谷が紅に染まった。
ザイフィールは灼熱の息を吐き出した。
急激に熱せられた岩が融解し、河川が蒸発する。
視界のすべてが紅蓮で包まれていく。
結界を維持しているシスティナが苦しげにうめいた。アリアも盾に魔力を込めて、必死に炎を防ぐ。
「これが……ザイフィールの本気のブレス……!!」
熱い。直撃していないのに、体が焼けそうだった。
一発目の灼熱を耐え凌いだアリアは、周囲を見回す。
何もかもが焼け焦げ、溶けた岩の一部はいまだに紅く発光している。
人の身ではとても耐えられない灼熱の息。竜巻を発生させる翼に、岩をも斬り裂く爪牙。
話には聞いていたが、実際に目の当たりにすると、生物としての格の違いに圧倒される。アリアもシスティナも、エヴァンですらも戦慄していた。
「まだだ! 次の攻撃が来る……!!」
今度も叫びをあげたのはルイスだ。アリアたちが身を守る体勢に入った直後、今度は収束された炎がいくつも襲ってきた。
竜のアギトから放たれる火球は高速で飛来し、地面に着弾したら大爆発を巻き起こした。
まるで現代のバズーカ砲だ、とアリアは思った。それも一発や二発ではない。無数に飛んできて、辺り一体が爆発に包まれる。
「どうしよう……これじゃ、何もできない……!!」
爆風に翻弄されながら、アリアは叫んだ。岩や地面の破片が飛び交い、四人を傷つけていく。とくに一番軽装のシスティナは傷だらけだった。
それでもシスティナは怯まずに、空を飛ぶ竜を見据えた。
「わたしが行きます……皆さん、どうか耐えてください!」
エヴァンは岩陰に隠れてクロスボウの矢を装填しながら、声を上げた。
「手筈通りに行く。まずはシスティナを守るぞ!」
「う、うん!」
アリアはシスティナをかばう形で盾の障壁を展開した。
すると、ザイフィールのものとは別種の、高く神々しい咆哮が響く。
システィナがその身に宿した光の竜の力を解き放ったのだ。
蒼い光で形成された竜が、稲妻のごとき翼を広げてザイフィール目掛けて飛び立った。
紅蓮の炎と蒼い稲妻がぶつかり合う。ふたつの竜は空中でもつれ合うようにして戦いを始めた。
「今だ。援護するぞ」
システィナの一部ともいえる光の竜。その強大な浄化の力をもってしても、ザイフィールを蝕む穢れそのものを祓うことは難しいだろう。ザイフィールはダムドとなって日が長い上、存在の格が高いため、穢れの力も大きい。それでも、システィナの力はザイフィールに対抗するための切り札だ。
エヴァンとルイスはクロスボウを使い、アリアは小弓を引き絞って、紅き竜へと矢を撃ち込む。
無数の矢、それに光の竜の放つ青白い稲妻を受けながらもなお強いザイフィールが、鋭い爪を、強靭な尻尾を使って光の竜を追い詰める。
紅竜の牙が蒼竜の首元に噛みつき、そのまま炎を放った。
「わたしは……負けない。ルイスさんの悲願を、果たしてみせます」
光の竜がかき消えようとしていた、そのとき。
蒼白い顎が輝きを放ち、すべてを浄化する破壊の光線を放つ。
ビィィィイィ――――ッ!!
炎の紅蓮にも負けない、まばゆい青光が辺りを照らす。
破壊光線はザイフィールに直撃し、巨大な光の爆発を巻き起こした。
「ガァァ……!!」
ザイフィールが、その巨体が地に落ちる。
はるか上空から地面に叩きつけられ、土煙と地響きが巻き起こった。
力を使い果たし、かき消える光の竜。
「今だよ、みんな!」アリアが叫ぶ。
チャンスは今しかない。ザイフィールがもう一度地上に堕ちた今しか。
ルイスは、アリアは、そしてエヴァンも、各々の武器を掲げてザイフィールへと飛びかかった。




