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ガナン渓谷

 偉大なる竜ザイフィールを殺してくれ。

 その依頼内容と切実な想いを聞いたアリアたち四人は、一日かけて準備をしてガナン渓谷(けいこく)へと向かった。

 ガナン渓谷は、漁港町ヴェルカから王都フォンデインの方向に進み、途中で街道から大きく外れたところにある。人里離れた場所だ。竜が隠れ住むにはうってつけだろう。


「ザイフィールはこの先にいるはずだ。……すまない。本当は私が一人で解決するべき問題なのだが」


 四人の先頭を行くルイスが振り返り、そんなことを言った。

 アリアは苦笑する。


「だから気にしないで。私たちは仲間なんだから」

「そうです。わたしもお義父さんも、ルイスさんにたくさん助けてもらいました。……だから、わたしはその恩返しをしたい」


 システィナの言葉に、エヴァンも「ああ」とうなずいた。


「そうか……ありがとう」


 ルイスが小さく微笑んだ。アリアも、システィナも、エヴァンも。

 ここにいる皆が、互いのことを信頼している。それが感じられた今なら、なんだってできる気がした。




 ロープを使って渓谷の底まで降り、川沿いを進んでいく。

 奥に行くほど、徐々に気温が上がっていくのを感じた。時折、すさまじい熱風が吹き荒れる。


「近いな」草木を調べながら、エヴァンが口を開いた。「植物が変異している。強大な穢れの怪異がいる証左だ」


 この先にいるすさまじい存在の気配は、アリアにもわかった。

 熱気に炎のにおいが混ざる。

 地響きと、咆哮が響き渡った。


「ザイフィール……もう少しで、楽にしてやるからな」


 痛みをこらえるように、ルイスが言った。

 カーブを描いた渓谷の道を進むと、ついにそれが姿を現した。

 慟哭のような咆哮。苦しげな呻唸。それらを響き渡らせながら、天に向かって灼熱の火炎を吐き出している、圧倒的な存在がひとつ。


「あれが……あの竜が、ザイフィールなんだね」

「ああ」


 ルイスが目を細める。


「ようやく……再会できた」


 エヴァンがルイスの肩に手を置いた。


手筈(てはず)通りでいいんだな?」

「ああ。……こっちだ、着いてきてくれ」


 岩陰に隠れながら、アリアたちは渓谷を進んだ。

 アリアたちの立てた計画では、まずはザイフィールの蓄えた財宝の在処(ありか)に向かうことになっている。装備を整えるために。

 竜と戦うのなら、今より強い装備があったほうがいい。アリアの剣、ルイスの槍、エヴァンの持つ鉈も強力な魔法の武具だが、防具のほうは足りていない。ザイフィールの集めた財宝になら、今より強い装備があるはずだとルイスは言っていた。


「その財宝……ザイフィールの集めたコレクションなんだよね? もらっちゃっていいの?」


 これから倒す――殺しに行く相手の持ち物の心配をするのも変な話だけど。


「構わない。ザイフィールは、どれでも好きなものを持っていけと言っていたからな。――まさか四人分の装備を物色されるとは思っていなかっただろうが」


 アリアたちはザイフィールの姿を遠目に見る。

 穢れに侵されて悶え苦しむ姿と、漏れ出る声が痛々しい。

 だが同時に、今まで戦ったどんな相手にも勝る存在感を放っていた。あれに打ち勝たなければならない。今のアリアたちに、それができるのだろうか。

 アリアは不安になったが、それでもやらなければならない。大切な仲間であるルイスのために、そして今も穢れに苦しんでいるザイフィールのために。




 ルイスの案内で、財宝の隠し場所まで辿り着いた。

 財宝は洞窟の中にあって、その入り口は幻影魔法によって隠されていた。

 さらに周辺の土が不自然にえぐれていたことから、おそらく大岩で物理的に隠していたのだろう。

 大岩と、幻影の岩壁。厳重に隠されたその洞窟の中に入ると。


「す……すごい!」


 アリアも、システィナたちも感嘆の声を漏らした。

 そこは金銀財宝、それに武具や装飾品が山と広がっていた。

 おそらくほとんどが魔法のアイテムなのだろう。光を放っているものも多く、灯りがなくても洞窟内は視界が効いた。


「この財宝の中に、竜を殺せる武器もあるんじゃないの?」


 アリアの問いにルイスがかぶりを振る。


「いや、ザイフィールは『竜を殺す武器を探し求めろ』と言った。ここにはないのだろう。現に私もここに保管されていた武器の中でとくに強力な槍を使っているが、ザイフィールを殺せるほどの力は……残念ながら、ない」

「そっか……」

「だが、防具であれば今よりも強力なものが見つかるかもしれない。とくに金属鎧を装備するアリアには、ぴったりのものがあったはずだ。探してくるから、少し待っててくれ」


 そう言ってルイスは、奥のほうを物色しに行った。

 システィナがおずおずと魔法の品を調べる。


「本当に……ここにあるものを使ってしまっていいのでしょうか?」

「あの男はそう言っていたな。好きなだけ持っていっていいと。この辺りにある魔法の品の一部でも売りつければ当分は金に困らんだろう」


 エヴァンが冗談めかして言うと、システィナの顔が青ざめた。

 しばらくして、奥からルイスの声が聞こえた。


「見つけた。アリア、こっちに来てくれ」

「あ、うん」


 財宝の山の中を歩いてルイスのほうへと行くと、そこには一組の鎧があった。

 胸当(キュイラス)脛当(グリーブ)、くびれてスカート状になった腰当(フォールド)、革製の手袋を金属板で補強したような籠手(ガントレット)

 どれもが細く華奢なシルエットで、曲線を描く形状からもかなり細身の女性用であることがうかがえた。


「かなり防御力のある鎧だとザイフィールが言っていた。古いものだが、装備できるだろうか?」


 アリアは胸当を手に取り、表面についた埃を軽く払うと、魔法のかかった金属の銀色が薄闇の中で美しく輝く。


「うん。着てみるね」


 アリアが装備を外し始めると、ルイスは慌てて背を向けた。


「あ、アリア……いきなり脱ぎ始めないでくれ」

「え……」


 そうは言ってもインナーはちゃんと着ているので肌着くらいの布面積はあるのだが、たしかに少し、はしたなかったかもしれない。


「ごめん」

「いや……私は向こうに行っているから、試着をしたら声をかけてくれ」


 いそいそとルイスがシスティナたちのほうへと戻っていったため、アリアは改めて装備を外して、魔法の鎧を装着してみる。華奢な見た目よりもさらに軽いその金属鎧は、驚くべきことにアリアの体にぴったりだった。

 慣れない鎧を苦労して装着すると、最後に兜をかぶってルイスたちのほうへと戻った。


「……どうかな?」


 システィナが感激したように両手を合わせて歓声をあげる。


「素敵です! アリア、よく似合っています……!」

「ありがとう。……えっと、ルイス?」


 気がつくとルイスはぼうっとこちらを見つめていたので、なんだか恥ずかしくなってアリアは顔を背けた。


「うっ。申し訳ない……つい見惚れてしまった」

「そ、そう?」


 ルイスの端正な顔に真顔で見つめられると、ついそわそわしてしまう。


「アリア」呼びかけるエヴァンの腕には、ひとつの盾が抱えられていた。「これも使えそうだ。試してみてくれ」


 言われた通り、アリアはその盾を装着してみる。適度な重さで、頼もしくも使いやすそうな盾だった。

 盾の表面には、雪の結晶にも似た紋様が描かれている。


「なんか、不思議な力を感じる……」

「マジックアイテムの盾だ。察しの通り、特殊な力を持っている。……魔力を込めてみろ」

「うん」


 武器や道具に魔力を込めるやり方は、システィナから教わってできるようになった。アリアは盾に魔力を込めてみる。

 すると、半透明の光の壁が、半球を描くようにアリアの周囲に発生した。


「どうやら魔力障壁を発生させる盾らしい。これなら竜の火炎も防げるかもしれない」


 それを見てルイスは驚いた表情をする。


「そんなものがあったのか……」

「ルイスも知らなかったの?」

「ああ。もしかしたら、私がここを離れてから手に入れたものかもしれないな。いずれにしても強力な盾だ。アリアがそれを持っていてくれるのは、頼もしい」




 そうしてアリアたちは宝物庫で装備を整えた。エヴァンは魔法の矢や短剣を何本か選別し、システィナは魔力の上がる装飾品を。当然ながら竜は空を飛ぶため遠距離戦になることも考慮して、前衛のアリアとルイスは防具のほかに弓とクロスボウを準備。逆に戦いに必要ない野営具などは、この宝物庫に置いていくことにした。

 装備の点検を終えたルイスが、皆に語りかける。


「さあ、行こうか」


 それぞれが応と答えて、アリアたちは出発した。

 穢れに侵食された偉大なる紅き竜に、死という安息を届けるために。

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