君と励むバトンリレーの練習
雨も多くなる6月
梅天により雲が空の代わりに地球に挨拶をする朝
普段は電車通学の尤は鞄を背負いながらジョギングで通学していた
ジョギングとはいうがその辺の人のランニングとほぼ変わらない速さである
「体育大会の時、俺が優勝するの見ていてください」
この寧音に言った言葉が尤の心に、頭に流れ消えない
そう言ってしまったてまえ、尤はトレーニングを開始していた
はじめの数日は道に慣れる、覚えることに時間がかかり学校に着くまで苦労したが数日経つとすっかり道も覚えて今では通学に45分ですむようになってる
尤は水を飲み汗をタオルで拭き消臭スプレーを体に吹きかける
体を動かすことに生を実感する
グラウンドで走ってる太刀脇進夢が視界に入り見ていると部活の100メートル走をしているようだ
誤解されがちだが尤はあくまで長距離走が得意で短距離走は得意ではない、進夢は逆だ
しかしたびたび太刀脇進夢と一緒に足が速いやつと一緒くたにされる
本気で100メートル走を勝負したら敵わないのを本能的に尤は悟っていた
陸上の名門校でもないのに高校1年で100メートル走を10秒後半、つまり11秒は余裕できってくる進夢に畏敬の念を抱いている
そこまで速く走ることは尤には到底できない話しであった
最後に高校の外周を1回だけ走った尤は教室に入る
「おはよう尤。めっちゃ汗かいてるな」
「おはよう、奏。あー走ってここまで来るようにしたからな」
「体育大会にむけて練習することにしたんだっけ?体育大会に情熱注ぎすぎじゃね?」
「負けられない理由がそこにはあるんだ」
「おっおう…ところで、今日もやるか?カードゲーム」
「いいぜ!今日は携帯の方で」
携帯を取り出し2人はバトルをする
「先2で手札0枚にするの気持ちよすぎだろお」
恍惚とした表情をつくる尤に奏はゲンナリしている
「尤って手札0枚にするの好きだよな…」
「こんなんじゃ満足できないぜ、デッキからモンスターが0コスで出た後にドロー!はいトップで場に出たターンに相手プレイヤーに攻撃できるマジックカードきちゃー」
「犯罪ムーブやめろ!」
「満足させてくれよ?」
「できるか!」
2人の対戦が終わった後に音頭寧音が教室に入ってくる
そして約束してた本を尤に貸した後に「いい香りだね〜このシトラスの香り好きかも」と笑顔になる
寧音の笑顔に尤の脳内では花がくっつく、美化されている
「運動した後にこれ使ってみる?」
見せたのはシトラスの香りがするパウダースプレーである
寧音は覗き込むようにしてそれを見ると「今度、買ってみる」と言う
「おいおい、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
「奏も仲良くなってるだろ?」
「いや、そう言う話しなのかな?」
「奏さんとだって私は仲良くなっている認識ではありますが、奏さんは違うのでしょうか?」
「いや絶対違う!!明らかに!!」
「えー?だってよ、音頭さん」
「そんなことないもん、ねー尤さん」
奏は拭いきれない(え?こいつらひょっとして付き合ってる?)という思いを胸に抱いた
なんだかんだあり6限目の総合の時間である
体育大会の話し合いが行われて尤は1.5キロを進夢と一緒に出ることになった
女子2人、男子2人ででなければいけない競技が多く1.5キロもそうだがバトンリレーでも足の速い進夢と尤に出てほしい声が多く集まり結果として2人はペアでバトンリレーも出ることになる
問題は女子の方だが尤が個人的に足が速いと思ってる女の子は1人しかおらず案の定なのかすぐにバトンリレーを希望する子はその子しかいなかった
まぁジャンケンでもするかみたいな流れになった時に1人が手を挙げた
周りが動揺からどよめく
「私、やります」
手を挙げたのは音頭寧音だ
「寧音って身体測定の時の100メートル走の記録17秒ぐらいじゃなかったっけ?大丈夫?」
いつも寧音といる太田深美が心配そうと言うよりは見下したような顔で咎めたように言う
「音頭さんとバトンリレーするの楽しみだなぁ」
尤はそう言って場の空気を和ませる
「まぁ任せろ、僕たちには進夢がいるさ!キリ」
「いや俺に全部の責任を投げるな、お前も頑張んだよ!」
笑いながら進夢はすぐにまぁ任された!と答える
そして誰が何に出るか全て決まり体育の時間にその練習を始めることになったその日の放課後
寧音は尤に近づくと特訓してほしいと懇願するのであった
尤はバトンリレーはあくまで短距離走で長距離走が得意な自分より進夢とか他の女子に教えてもらった方が速くなると思ったのでそれも含めて僕でいいの?と聞くと満面の笑みで尤さんがいいのと答えた
まっすぐな瞳でそう言われたので尤は一緒に頑張ろう!と拳を握って力を加える
そうは言ったものの尤は教えるプロでもないし、短距離走が得意なわけでもないので目標としてはまず体力をつけてもらい正しい姿勢でランニングしてもらうことに決めた
「いやーでも僕ラダートレーニング嫌いなんだよなぁ」
「ラダートレーニング?」
「こっちの話しだよ。それよりもストレッチしよう」
「ストレッチ?」寧音は首を傾げる
「うん、十分な準備体操しないで体を動かすと怪我しやすいからね。音頭さんは指とか顔とか色々綺麗だからね、余計に怪我してほしくないし」
寧音が硬直し金縛りにでもあったような顔をしてるのでどうしたの?と聞く
「何もしてないし、いや指に関しては両親から大事にしろっては言われてたかぁ、でも、そんなんで褒められていいのかなって…その嬉しいけど」
控えめに言ったが何もしないでそれなら周りから色々嫉妬とかされて大変そうとつぶやいた
寧音は自分としてははじめてそんなこと言われたのでどう反応すればいいのか分からず、とにかく感謝することしかできなかった
十分なストレッチをした後、尤は迷ったが短距離走のフォームを教えることにした
「まずは100メートル全力で走ってみて」
言われるがまま走った寧音のタイムは18秒である
「姿勢はすごくいいし、接地も僕は好きな踵から綺麗な角度で入ってるし音頭さんいい感じだよ!」
「本当!?」
「うん、本当だよ。後は音頭さんがどのくらい速くなりたいか次第だよ」
そう言われて寧音はどのくらいになればいいのだろうと悩んだ顔をする
「別のクラスのリサーチしたけどさ、1位になるには音頭さんが18秒ならバトン考えないで進夢が11秒、僕が11秒、あの子が12秒は最低でも必要かなって」
女の子で100メートル12秒は破格の速さだ、なんでこの学校は足の速い子が多いのだろうか
問題は尤が1.5キロなら最高記録3分50秒なのだが100メートルでも14秒ぐらいで対して変わらないのである
悔しいが100メートルで12秒でさえタイムを尤が縮めるのは無理な話であった
加えてバトンの練習も加わるがバトンの渡し方に関しては尤はど素人同然、ここは進夢に協力してもらうしかないところ
「3秒かぁ…やるしかない」
「私もタイム縮めるの頑張るから、みんなのために負けたくない。よろしくお願いします」
「みんなにガッカリされたくないもんな!一緒に頑張ろう」
こうして寧音と尤の特訓が始まる
元から姿勢がよくどうすれば自分の体を正確に動かせるか、どう体を動かせば目的の場所にエネルギーを使わず、力むことなく軽やかに移せるかを知っている寧音は飲み込みが早く、1週間もすればタイムが1秒も縮まり17秒になっていた
尤もなんとかタイムを14秒後半から前半にまでは縮めた
「そんなに長距離走と短距離走って違うの?」
特訓の休憩中、2人が水筒のお水をがぶ飲みして生き返った後に寧音は尤に質問した
「まったく違うね、使う筋肉がそもそも違うし僕と音頭さんはどっちかというと長距離走向きの性格、詳しくみないと分からないと思うけど僕は前にお爺ちゃんから柔らかい伸びる筋肉だから長距離走の方が向いてるって言われた」
「性格?」
「うん、毎日コツコツ同じことを頑張れるし、細い、おまけに真面目な性格、そしてなにより」寧音をみる
「みんなのために負けたくない!って気持ちがこの1週間の走りでとても伝わってくる」ニカっと歯が見える笑い方をした
「褒められても、なんも出せないよ」
「なんも出ないよじゃなくて、なんも出せないって言い方、割と素敵だと思う」
ちょっと照れくさそうに顔を隠す寧音をみてこの時間も幸せだなと感じる尤である
その後は進夢も含めてバトンの練習もする
バトンの渡す際のタイミングも4人全員のパターンを確認、順番は寧音→尤→寧音じゃない方の女の子→進夢に決まった
「ごめんね、はぁはぁ…私がバトンもらうの下手なばかりに」
「まぁそこまで気にするな、バトンもらうの下手だとしても渡すのが上手くなればいいさ、実際に音頭さんのバトン貰いやすいよ」
「そんなに下手じゃないぞ?俺は保証する、尤とかと比べたらって話しさ」
「尤さん、ありがとうね。太刀脇さん、お言葉ありがとうございます」
「じゃあもう一回だけバトン渡す練習しようか」
バトン渡した後で進夢と尤は話し合う
「俺はさ、つま先で接地した方がいいと思うんだ。いずれ流されないように足にパワーつけてつま先で力強く走れるようにならないと1位にはなれないぞ」
「つま先と踵での接地の話しだよな、なら進夢は両方の走りみてどっちがよさそうかみてくれないか?」
「尤だけじゃなくて音頭さんもそう指導したいと思うんだが」
「音頭さんは初心者だし僕はあんまり接地とか技術的なことは後でいいと思うんだよねぇ」
「というと?」進夢は怪訝そうだ
「きっちりバトン渡せればいいと思うよ、今はね。詰め込み過ぎはよくない」
尤の走りをおもに足の動きをみて進夢は評価する
「どっちにしても速さ変わんねーな」
「フォームはどうだった?」
「うーん、どっちかというと踵の接地の方がよかったな」
「結果だしてる世界の選手につま先接地多くなってるから進夢の気持ちも分かるよ」
尤はそういうと1.5キロだけ走ってくると言って走り出してしまった
尤は自分のペースで走ることに心地よさを感じる
「尤さんは真面目ですね」
「そうだな、つま先接地しながら今走ってるところとか」
「あんなに優しくて真面目なのに…」
「ん?まぁいいか…それより尤も優しいし真面目って音頭さんのこと言ってるし似たもの同士って感じだな」
「ダメな部分とかないんですか?」
少し間をおいて音頭さんならまぁ口が堅そうだしいいかと独り言を言う
「奏から聞いた話しだとコンビニで年齢確認するための身分証明書とか聞けないみたいだな」
「なんかそんなようなものを見たような…」
「あいつ人を疑えないんだよな。よく小学校の時とかあっちにUFOが!って言われて信じてた」
「可愛いところもあるんですね」
「あと小学校の時に岸本ってやつ好きだったらしいけど告白できないまま引っ越ししてしまったの中学校で彼女できるまで引きずってたな、4年ぐらいずっと引きずってたらしい、俺は中学は違うから中学校で立ち直ったことは知らん。そもそも小学校一緒だったの気がついたの最近だしって??」
寧音は涙を溢してた。太刀脇進夢は何か泣かせるようなことを言ったか?と困惑した
「すみません、目にゴミが入ったので洗ってきます」
なんだ、それならよかったとゴミが入ったことがよかったみたいに聞こえることを進夢は言ったあと尤が帰ってきた
「1.5キロの方はいい感じに仕上がってきたと思う、ありがとう。進夢のおかげだよ」
「じゃあ今日はこの辺で解散だな、ワックでもよっていく?」
「僕はお腹壊しやすい体質だから普段から食べないもの体育大会直前には食べたくないかな〜あはは、それに今は徒歩通学してるし」
「俺よりスポーツマンしてね?草生える」
「お腹それだけ進夢が強いってことだろ、羨ましい」
「それより音頭さんは?」
「水道の方にいるよ」
寧音の噂をした途端に寧音が帰ってくる
4人はそのまま解散して帰路に就いた
「あれ?尤さん?駅はこっちでは?」
「今は歩いて通学してるんだ、勝ちたいしね。絶対に」
「そんなに私と行きたいところあるなら頼めば行くよ?普通に」他の2人に聞こえないように耳打ちした
「男にはな…妥協してはいけない時があるんだよ」
「歩いてどのくらいの距離なの?」
「歩くと1時間半はかかるかな〜、歩いたことないから分かんないや」
「一緒にじゃあ歩いて帰りたい」
この発言に尤は瞠目した。結構大変だけど無理はしないでねと言い2人は時間をかけて歩いて帰った
シトラスの香りがする寧音にドギマギする尤は2人の時間を楽しんだ
太陽が雲の隙間から2人をあたたかく見守っていた