誕生日に捨てられた記憶喪失の伯爵令嬢は、辺境を守る騎士に拾われて最高の幸せを手に入れる
異世界恋愛ものです。
「リーズ、お前はもうこの家の人間ではない、二度とここに足を踏み入れるな」
彼女は自分が何を言われたのかわからず、呆然と立ち尽くす。
そのまま彼女は執事に乱暴に腕を引っ張られると、そのまま馬車に押し入れられた。
「お父様っ!!」
「記憶もないくせに偉そうに『お父様』などと呼ぶな!!」
軽蔑したような目で見遣る彼女の父は馬車が消え去っていくのを見届けもせずに、黙って自室に帰っていった。
彼女──リーズ・フルーリーは17歳の誕生日の今日、父親に捨てられた。
馬車は整地されてない石ころで荒れている坂道を下って、辺境の地へとたどり着く。
御者が馬車の扉を開き、降りるようにリーズに伝えた。
(降りろ、と言うの? ここで?)
周りはただの森で、四方どこを見ても家や街は見当たらない。
リーズが地に足をついた瞬間、御者は何も言わずにさっと席に乗るとそのまま馬車を操って去っていく。
「えっ?! 待ってください! どこに行くのですか?!」
馬車ははるか遠くに走っていき、やがてその姿も見えなくなった。
リーズは自分の置かれた状況がわからず、まわりをもう一度見回す。
(え? 私、置いて行かれてしまったの?)
リーズは心の中でそう思うが、確かな情報ではないためその場にとどまることにした。
しかし、いくら待てども迎えはやってこない。
(えっと、これは試練とかなのかしら? 伯爵令嬢は馬車で行ったらもしかして歩いて帰る慣例がある?)
とんちんかんな考えを巡らせるリーズだが、彼女に至ってはこれは本気で考えている。
そう、彼女には【先月までの記憶がない】。
つまり、令嬢としての振る舞いやおこないも全て忘れていた。
そんな様子を見た彼女の父親はこの辺境の果てに彼女を【捨てた】のだ。
リーズの父親の考えが、彼女自身にわかるわけもなく、彼女はそのまま森で3日3晩さまよい続けた。
(もうダメ……食べるものもないし、飲み水もない、限界だわ)
リーズはその場で仰向けに倒れて空を見上げる。
すると、雲行きの怪しかった空はやがて雨が降り出し、彼女に容赦なく降り注ぐ。
(ここで私は死ぬのね、お父様ごめんなさい。そして、お母様、今そちらに向かいます)
ゆっくりと目を閉じて意識を失ったリーズ。
その身体をゆっくりと抱きかかえる一人の騎士がいた。
彼女は騎士の乗る馬に乗せられながら、森を脱出した──
◇◆◇
(あたたかい……、きっとここが天国なのね。ふわふわで気持ちいい。そっか、私死んじゃったのね)
「……うぶ」
(なんだかはっきり見えてきたわ。目の前に誰かいる? 誰?)
「大丈夫?」
「わっ!」
リーズの目の前には見目麗しい金髪に蒼い目をした男性がいた。
「よかった、目が覚めてくれて」
「え?」
「森であなたが倒れていたので、拾ってきたんだ」
(拾ってきたっ?!)
その言い方は人間に対して大丈夫なのかと不安になるリーズだが、おそらく自分の命の恩人なのだろうと理解してお礼を言うことにした。
「あ、ありがとうございます。助けていただいて」
「いや、びっくりした。あそこは獣も出るから無事でよかった」
(獣……?)
自分が獣に食べられる様子を想像して、頭をふるふるとさせる。
「起き上がれる? 俺は二コラ。この一帯を守る騎士をしている」
「騎士?」
(騎士って確か国民を守る優しい方よね?)
「食べられそうならこのスープを飲んでごらん」
「もらっていいのですか?」
「ん? もちろん、行き倒れている人からお金は取らないよ」
その言葉に安心してスプーンでひとすくいして飲む。
「美味しい」
「よかった、これくらいしか作れなくてごめんね」
「そんなっ! 十分ありがたいです」
二コラはリーズがしゃべれることを確認すると、真剣な顔で彼女に問う。
「一つ教えてくれるかい? なぜあの場所にいたんだ? 君のその服から見るにどこかのご令嬢ではないのか?」
「あ……」
リーズはスープを飲む手を止めて、そっと自分はフルーリー家の伯爵令嬢であること、しかし先月頭を打った影響で記憶喪失になったこと、そして父親に捨てられたこと。
全てを話し終えても実感がわかないからか、彼女から涙は一つも出なかった。
「そんなことが……」
「はい、でもよかったのかもしれません。このままでは家のみんなに迷惑をかけることになります。私がいなければ……」
「リーズ」
「は、はいっ!」
「その考えはやめなさい。必要とされない人なんかいない。皆誰かの大切な人なんだ」
「でも、私にはもう頼る人は……」
すると、二コラはリーズの手を優しく握って微笑みながら告げた。
「では、私の妻になりませんか?」
「……ほえ?」
リーズは頭が真っ白になってしまい、スープを落としそうになる。
「ちょうど父上に縁談を組まされるところだったのでね、私はまだやらなきゃいけないことがあるんだ」
「良いのですか? 私で」
「君が、いい」
そうしてそっとリーズのおでこに二コラの唇が触れる。
顔を赤くするリーズにふふっと少し意地悪な微笑みを見せる二コラだった。
こうして、リーズは二コラの妻となった。
◇◆◇
「どういうことですか、父上!!」
「どういうこともない、捨てた」
「あの辺境の地に女の子一人捨てるなんてどうかしてます!!」
「うるさいっ! お前は黙ってわしの言うことを聞けばいいんだ!」
「……」
リーズの兄であるブレスはあまりにも横暴に自分の妹を捨てた父に抗議していた。
しかし、所詮ただの伯爵令息にすぎないブレスはこの家の決定を覆すことなどできはしなかった。
「私がリーズを探しに行きます!」
「勝手にしろ」
そう言ってブレスは辺境の地へと馬車を走らせていた。
◇◆◇
あれからリーズは少しずつ二コラの妻として、辺境の地の生活に慣れていった。
「リーズ!」
「おかえりなさい、二コラ」
「村のみんなから今日はリーズが畑仕事中に怪我をしたと聞いてすぐに帰ってきたんだ。怪我の具合は?!」
「大げさですよ、ただ芋ほりで引っこ抜くときに転んで足を怪我しただけです」
「そうか、よかった。でも化膿したらよくない、見せてごらん」
「に、二コラ……」
そう言ってリーズのスカートをめくると膝の傷の部分を見る。
「ああ、かなり深いよ、薬草を塗っておこう」
棚の瓶から薬草漬けを取り出すと、それをリーズの足に貼り付ける。
「いたっ!」
「がまんして」
「うん……」
布をあてて巻いて手早く治療する様にリーズは顔を赤くして彼を見つめる。
その視線に気づいた二コラはにやりと笑うと、リーズの頬に手を当てて言う。
「なに? 惚れちゃったかな?」
「なっ! 違います!」
「いや、別に夫婦なんだから好きになってくれていいのに」
二コラのぼやきが部屋に響くと、リーズは恥ずかしさでベッドに入ってシーツにくるまってしまった。
(言えないわ、本気で好きになっちゃったなんて)
リーズはここで暮らすうちに、二コラのいろんな表情をみていた。
村人に優しく接する二コラ。
森に現れる獣を退治する頼もしい二コラ。
慣れない料理に苦戦する意外な一面の二コラ。
そして、リーズを『妻』として愛する二コラ。
リーズはそんな彼の優しさに惹かれていった。
(でも、この生活でいいのかしら。私、彼に何も恩返しできてない)
リーズは記憶喪失で何も知らないことに加え、好きな人の役に立てない苦しさに苛まれていた。
ある日、リーズは村の畑仕事を終えて家路につこうとしていた。
(今日はシチューとパンとそれから……あれ?)
そこには二コラが誰かと話す姿があった。
なぜか妙に気になったリーズは森の陰に隠れて会話を盗み聞く。
「これでいいんだよな?」
「ああ、これでうまくいくはずだ」
そこまでで途切れてしまい、あとの声は聞こえない。
(う~ん。もうちょっとなのに)
二人はそのまま森の奥のほうへといってしまった。
帰宅してからもリーズは二コラの様子が気になったが、仕事のことだろうとそのまま流した。
そして、ベッドにリーズは身を投げて最近もう一つの悩みの種を思い浮かべる。
そっと服をめくり昼間怪我した腕の傷を眺めた。
(やっぱり、もう傷がない)
リーズはそのままゆっくりと目を閉じた──
村の子供たちと遊んでいたリーズは、珍しく昼間に帰ってきた二コラに呼び止められる。
「リーズ」
「二コラ、どうしたの?」
馬から降りた二コラはリーズを抱きかかえて再び騎乗する。
「え?」
「飛ばすから掴まってて」
「ど、どこ行くの?」
「ないしょ♪」
リーズと二コラを乗せた馬はまっすぐに突き進み、やがてリーズの実家だったフルーリー家についた。
「ここ……」
「ああ、君の昔の家だよ」
そう言うと、馬を降りた二コラは玄関のドアを叩く。
中からは待っていたかのようにブレスが出てきた。
「え、お兄様?!」
「リーズ! ようやく会えたね」
そう言って抱き着こうとするブレスから避けるように、二コラはリーズの肩を抱き寄せる。
「ブレス、言ったはずだ、リーズは僕の『妻』なんだ。気安く触らないでほしいね」
「勝手に奪っておいて何を言うんだ!」
(え? どういう状況なの? 知り合いなの?)
こほん、と二コラは咳払いすると、ブレスに停戦を申し込み、そして何やら合図をする。
すると、ブレスは玄関の門を全開にした。
「我が父、フルーリー伯爵は廊下の突き当たりの部屋にいる! 頼む!」
その声かけと同時に、伯爵邸のまわりから現れた騎士兵たちが玄関から中になだれ込んでいく。
「え?」
リーズは訳が分からず、二コラのほうを見つめる。
二コラはその様子を見つめると、黙ったままリーズの肩を強く抱いた。
「なんだお前たちはっ!!」
中からフルーリー伯爵の声がしたのを聞くと、二コラとブレスは共にうなずきながら伯爵のもとへと向かった。
「父上!」
「ブレス、お前の仕業か、これはなんのつもりだ!」
「フルーリー伯爵、あなたは辺境の地に多額の税を国の指示なしにかけ、領民を苦しめていますね?」
「なっ?!」
「父上、ここに証拠の納税書と各書類がございます」
ブレスは持っていた書類の束を伯爵に見せると、伯爵は目を見開き驚く。
そして、きりきりと歯をくいしばり、恨むようにブレスに向かって吠えた。
「ブレスーーー!!!!! お前、裏切りおったな?!」
「裏切ったのではありません、最初からあなたの配下になどなっておりません。私はこの騎士、二コラと協力してあなたの不正を暴くために密かに交流していた」
(あ、あの時の人影はまさか……)
リーズは森でみかけた人物のことを思い出す。
(あれはお兄様だったの?!)
二コラはブレスに続いて言葉を紡ぐ。
「また、ここにいるリーズ嬢をあなたは辺境の地、それも獣が出る危険な森に捨てましたね?」
「ぐぬぬ」
「この国で自分の子を捨てることがどのような罪に問われるかご存じですね?」
責め立てる二コラに対して、余裕の表情を見せる伯爵。
「はっ! 何を若造が知ったふうな口を利くな! お前みたいな騎士が裁けるはずがないだろう」
「そうですか、あくまで改心しないのですね」
「改心? ふざけるな、なんでこんな自分の娘でないやつを育てねばならん」
「え……?」
リーズはその言葉を聞いて身体が固まる。
(娘じゃない?)
「お前は知らんだろうが、死んだお前の母さんの連れ子なんだよ、お前は」
「え?」
「父上! リーズには言わない約束です!」
「知らんっ! お前はほんとに邪魔だったんだ。聖女だからとお前の母さんを娶ったのに、すぐに力尽きて聖女としての回復力を失った」
(聖女? 回復力……まさか私の傷が治るのって……)
「話はそれだけですか?」
「あ?」
「話はそれだけかと言っている!」
二コラは怒髪天を衝く勢いで怒り、伯爵にすごむ。
その目に圧倒されて伯爵は思わず後ずさった。
「私の妻を捨てた挙句、侮辱するとは」
「はっ! だからお前になにが……」
すると、部屋にいた騎士兵が全員その場に跪き、二コラのほうに身体を向ける。
その異様な光景に何が起こるのかと、伯爵は恐怖心を覚えた。
「知らなければよいものを、私は第一王子二コラ・ヴィオネだ」
二コラは堂々とその場で正体を明かすと、伯爵は目を丸くして思わずその場にへたり込む。
「第一、王子だと?!」
「ええ、辺境の地へはあなたの不正を暴くため、そして私の趣味で行っておりました。王都からは離れて身分を隠していたのでわからなかったでしょうね」
「まさか、じゃあ王も……」
「ええ、全てこのことをご存じですよ、ブレスの協力のおかげで早くことが進みました」
(第一王子、様? 二コラが?)
リーズは今まで過ごしていた優しい二コラと別人のような気がして、呆然としてしまう。
「そして、これは王命です。フルーリー伯爵、貴殿には当主の座から退いていただき、ここにいるブレス殿を次代のフルーリー伯爵とする! そして、子を捨てた罪は王都の獄にて償っていただきます」
「いやだああああーーーーーー!!!!!」
こうしてフルーリー伯爵は伯爵の座から降り、獄で処分を待つ身になった。
◇◆◇
リーズと二コラは再び辺境の地の家へと戻ってきていた。
「二コラ……様」
「様はよしてくれ、今まで通りでいい」
「でも、まさか王子様だったなんて、知らなかったとは失礼いたしました」
「構わない、むしろかしこまられるとこまる」
リーズは二コラに近づくと、俯きながら自分の気持ちを言う。
「妻になるって話、正直初めは驚きましたが、だんだん一緒に過ごすにつれてあなたのその優しい部分や頼りがいのあるところに惹かれて好きになりました」
「え?」
「そうですよねっ! 困りますよね!? だってたぶん王子には立派な婚約者の方がいらっしゃって、私なんて」
「本当かい?!」
「え?」
リーズはあまりにも嬉しそうに自分の手をとって喜ぶ二コラに驚く。
「僕はね、君が一生懸命村のみんなのために働く姿を見て、本当に素敵な女性で、僕にはもったいないくらいだと思ってたんだ。だから君の気持ちを聞いて驚いた。うぬぼれてもいいんだよね?」
そう言うと、二コラはゆっくりとリーズの頬に手を添えて告げた。
「改めて言います、第一王子二コラ・ヴィオネはリーズを愛しています。私の妻になってくれませんか?」
リーズは涙が止まらず、声を震わせながら言う。
「はい」
そして、笑顔を見せて言った。
「私もあなたが大好きです!」
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「人生で一番幸せになる日」が電子書籍化します。
また、他の異世界恋愛ものも連載中ですので、よかったらご覧ください!
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