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第71話 幾つになっても夏休みという響きは魅力的

 七月最初の日。

 その夜、窓を開けて網戸から入る風に当たりながら、俺は寝ていた。


 ぬるい風は、それでも体には涼しく感じられて、寝るのに邪魔にはならなかった。

 それでも、何故か目が覚めた。


「…………」


 無言のまま、タオルケットを蹴飛ばして、身を起こす。

 畳の上、敷かれた布団。網戸から入る、緩やかな風。ぬるく、涼しい。心地よい。

 ここ数日の寝苦しさに比べると、今日は本当に過ごしやすい夜だ。


 頭がぼんやりしている。

 夢半ば、(うつつ)半ばで、視界は像を結ばない。


 まだ頭がまどろみの中にある。

 目覚めてるかすかな部分が、何となくだがそれを自覚する。


 雨は降っていない。

 明日から数日はかなり降るらしい。面倒くさい。


 来週はシンラが花火を買ってくるとか言ってた、楽しみだ。

 異世界でも花火はあった。見て楽しむ方の、だが。


 そういえばプール開きはいつだろう。

 小学一年のときはそれが数少ない楽しみだった。地獄の日々の中での。


 ――思考がまとまらない。


 いや、考える必要なんてないんだけど。

 このまま、また横になって寝ればいいだけだろう。何を考える必要がある。


 そりゃあもちろん、夢のことだよ。

 夢? 俺は夢を見ていたのか? どんな夢を見ていたんだ?


 それを思い出そうとして、夢のコトを考えなきゃという思いも同時にあって。

 結局のところ、やっぱり思考がまとまらない。寝ぼけてるっぽい。


「ああ……」


 思い出した。

 ほぼ何もかもが胡乱な中、一つだけ思い出した。

 自分が、何の夢を見ていたのか。


「――親父のことだ」


 それだけを思い出して、俺はまた眠りについた。

 それも含めて、翌日の朝には全部忘れちまってたんだがな……。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 そして、夏が来た。


『本日、気象庁は関東甲信地方の梅雨が明けたとみられると発表。平年より――』


 今日の朝のニュースで、アナウンサーがそんなことを言っていた。

 そういやぁ、宙色市も一応は関東圏内ですっけねぇ。端っこの端っこの方だけど。


「あ゛~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 アナウンサーの声を聴きながら、俺、扇風機に向かって恒例のアレ。


「今年は特に暑くなりそうだねぇ……」


 お袋がニュースを見つつ、うちわで顔をあおいでいる。

 クーラーですが? 壊れてますが何か? HAHAHA、昨日壊れたわ。死ね。


 さて、夏休みに入ったぜ、イェイ。

 終業式は昨日終わって、本日、夏休み初日。うお~、お休みだァ~!


 何でか、毎日どこかに行くことを繰り返してると、長期休暇って輝いて見えるね。

 社畜とかとは違う小学二年生でも、夏休みって言葉にはウキウキするモン。


 窓から入る強い日差し。

 扇風機から送られてくる風は涼しくはあるけどややぬるめ。


 蝉の声はけたたましくて、外を眺めれば空に浮かぶデケェ雲。

 いいねぇいいねぇ、夏本番って感じだねぇ。そして暑い。とにかく暑い。死ねッ!


 フフ、今朝の気温、いきなり三十五度超えですって。

 そりゃあ情緒もムチャクチャになるってモンですわ~。あっつぅ~い。


「おはようございま~す!」


 チャイムが鳴ると共に、玄関の方から聞こえてくるいつもの声。

 さてさて、それじゃあ夏休み初日は思いっきり遊び倒すとしますかねー。


「暑いから帽子はちゃんとかぶっていくんだよ?」

「わ~っとるわい。んじゃ、行ってくら!」


 俺は青い野球帽を手に、玄関の方へと向かう。

 ドアを開けると、そこには二人の人物が立っていた。


 一人は、玄関で元気よく挨拶をしてきたミフユ。

 麦わら帽子に肩出しの白のワンピース。何つーか『真夏のお嬢様』感がすごい。


「おはよ、アキラ。ね、ね。どう? どう、これ? 可愛くない?」


 ご機嫌笑顔で、ミフユが軽快に一回転して見せる。

 ワンピースの裾部分がふわりと軽く舞って、いつもはない可憐さを感じさせる。


「いいねぇ。いいじゃん、最高じゃん。キマってるね」

「ンフフ、でしょ~?」


 俺が褒めると、ミフユがはにかんで笑う。

 いつもの自己主張の激しい衣装から一気に印象も変わって、何とも新鮮だ。


「それで、あの~……」


 と、ミフユとは対照的に重く沈鬱な声を出してきたのが、もう一人。


「何で、私はここにいるのでしょうか。父様、母様?」


 本日、俺達に同行することになっている保護者代わりのシイナだった。

 おまえこそ、何でそんなババ臭いサンバイザーつけてんの。二十代だよね、一応。


「あんたがダイエットしたいって言ってきたんでしょ?」

「いや、言いましたよ? 最近、ちょっとおなかが気になってきてるから……」


 うん、そりゃね、一人晩酌を毎日してりゃそうもなるよね。


「でも、何でそれで小学生二人に真夏の朝からついていくことに?」

「そうすればイヤでも歩くし、動くでしょ。今日一日、しっかり付き合ってよね」

「うひぃ~!?」


 もうすでに泣き出しそうになっているシイナ。う~む、このインドア派。

 ちなみに、タマキは天月の方に道場破りに出かけました。……え、どういうこと?


「何か、自分磨きの一環らしいわよ……」

「磨くものの方向性を間違っとりゃせんかね、あいつは」

「わたしもそんな気がするけど、やりたいようにやらせましょ。あの子の場合は」


 まぁ、せやな。


「よ~し、それじゃあ公園行くぞ、公園~!」

「あの、父様、公園に行って何をするんですか、私達……」


 おずおず問いかけてくるシイナに、俺は先日買った特殊装備を見せてやった。

 それは、三段階に伸縮する網と、大きめの虫かご。つまり――、


「蝉を、捕まえに行く!」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 宙色市郊外に、割と大きな自然公園がある。

 名前を『星降ヶ丘(ほしふりがおか)自然公園』といって、丸々山一つ分が公園になっている。


 昭和からある公園で、宙色市でも夏の賑わいスポットの一つとして知られている。

 俺も、まだほんの小さい頃、実の父親と共に家族で来た記憶がある。


 その一角にある、結構な面積のある散歩道。

 林の中が切り拓かれていて、歩道とサイクリングコースが敷かれ、ベンチがある。

 俺達は今、そこで虫取りに興じていた。


「そりゃ~~~~!」


 と、ミフユがへっぴり腰で虫取り網を振り回す。

 しかし、残念ながらアゲハ蝶は網の中に入ることはなく、飛んで行ってしまった。


「もぉ~! 全然ダメなんだけどぉ~!」

「いやぁ、今ので捕まえられたらすごいわ、称賛するわ」


 ベンチに座って眺めていた俺は、ケラケラ笑って感想を述べる。


「何よ何よ、ジジイだってさっきから蝉一匹も捕まえれてないじゃないのよ!」

「ヘッ、俺はまだ、そのときじゃねぇってだけだよ……」


 言いつつも、俺はベンチから立ち上がれずにいた。


「……開始一時間で体力のほぼ全てを使い果たしてしまった」


 我ながら、ペース配分考えなさ過ぎて笑うわ。現在、体力回復中で~っす。


「ったく、調子に乗ってはしゃぎ回るからそうなるのよ。笑えないわねぇ」

「だっておまえ、ミンミンゼミいたら追いかけるだろ……」


 街中によくいるアブラゼミではなく、ミンミンゼミ。

 あの、小さくて、卵型で、紺碧の体と透明な羽根がニクいあんちくしょー。


 見つけた以上は捕まえるのが作法。

 ということで、およそ三十分、この散歩道を走り回ったわ。


「その辺の感性はよくわかんないわ……」

「え~、カッコいいじゃん、ミンミンゼミ。ツクツクボウシもいいよな!」

「同意を求められてもわかんないってば」


 ちぇ~、つれないカミさんだぜ~。


「で、シイナは?」


 問われたので、俺は指で四女のいるところを示した。


「ちょんわ~!」


 と、奇声を発してサンバイザーを装備した二十六歳占い師が虫取り網を鋭く振る。

 すると、木の幹から飛び立とうとするアブラゼミが、見事に網の中にIN!


「やぁったぁ~! ですよ。わたしから逃げようなんて十世紀早いのです!」


 網の中で『ジジジジジ!』と暴れている蝉を確認し、シイナが笑って勝ち誇る。


「見てくださぁ~い、父様、母様! これで五匹目ですよ~!」


 シイナが、元気溌剌な様子でこっちに向かって手を振ってくる。

 肩にかけた虫かごには、四匹の蝉がミンミン鳴いていて、いや~、これはまた。


「なぁ、ミフユ」

「何かしら、ジジイ」


「多分今、おまえも同じこと考えてると思うんだけどさ」

「うん」


「ウチで一番アウトドアの素質あるの、絶対あいつだよな……」

「それをいうなら、野生児の素質じゃないかしらね」


 そーかもしんないね。

 ちくしょー、何か悔しいな。このままシイナだけに楽しまれるの、何か悔しい。


 ――そのときだった!


「こ、この鳴き声は!?」


 数多のアブラゼミの鳴き声にかすかに混じる異音に、俺は思わず腰を浮かせた。


「何よ、え、いきなり何、どうしたの?」

「すまん、おまえ休んでていいから、網、貸してくんね?」

「え、いいけど。何よ、何事なのよ!」


 ミフユが俺に尋ねてくるが、しかし、今は説明する時間すら惜しい。

 俺は、一言だけ伝えて、全力で駆け出した。


「クマゼミが、いる!」

「はぁ、そうなんだ……」


 俺の鬼気迫る声にも、ミフユの反応は鈍い。

 くっ、やはり女子にはこのロマンは伝わらぬのか。構わん、それでも俺は往く。


「フフフ、父様も気づかれましたか、このクマゼミの声に」


 走る俺の隣を、シイナもまた駆けていく。


「おまえもか、シイナ。だが、おそらく鳴き声から推定される数は、一匹……!」


 そのとき、俺とシイナの視線がかすかにぶつかって、そこに火花が散った。


「「このクマゼミは、俺(私)が()る!」」


 今ここに、一騎打ちの火蓋が切って落とされた。


「急にジャンルをバトルモノにしてんじゃないわよ、あんた達……」


 呟くミフユの声は、コンビニで買ったばっかりのアイスみたいに冷たかった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 チクショォォォォォォォ! クマゼミ逃がしたァァァァァ――――!


「父様が邪魔するからですよ!」

「おまえが横から体当たり仕掛けてくるからだろうが! 俺だけ悪者にすんな!」

「つまり、どっちもどっちってコトね。よくわかったわ」


 ミフユの采配によって、喧嘩両成敗で決着しました。

 午前がそろそろ終わってお昼時、これから俺達も昼食でございます。


 ここ、星降ヶ丘自然公園の周りには、結構色んな店がある。

 それもこの辺りに農家が多いからだろう。山の幸を使った料理の店が多いらしい。


「あ~、さすがに疲れました。お腹ペコペコです」

「あんたはよく動き回ったもんね~」


「フフフ、これだけ動けば少しくらいは体重も落ちるでしょう」

「筋肉増えて余計重くなる可能性もあるわよね」

「ひぎぃ!?」


 女二人の話し声が聞こえてくるけど、そんなに体重って大事なモンかね。


「さ~て、どこで食べよっか~?」

「ちょっとガッツリ行きたいですよね。あとビール、今、絶対美味しいです!」


「そんなだからお腹周りがヤバくなるんだって気づきなさいよ、あんた……」

「ぐひぃ!?」


 ウチの四女はよー鳴くなー……。


「あ、いい匂い。ここよくね?」


 俺は、一軒の店の前で足を止める。

 そこには大きなノボリが立っていて『おそば』と書かれている。


「へぇ、お蕎麦屋さん。いいわね、ここにしましょう」

「ビールは、おビール様はありですか? 真夏の昼からキンッキンに冷えたヤツ!」


「なしで」

「ぎゃひぃ!?」


 別に意地悪で禁止してるワケじゃなくてな。

 とにかく、俺達は店に入ると、運よく四人席が空いていた。

 そしてそこに座って、俺は注文を済ませる前に、シイナに向かって頼み込む。


「シイナ、ちょいと一つ占ってほしいんだが」


 実は、これが本日の本題。

 遊びに来たのも本当ではあるが、優先度としてはこれが一番上だったりする。


「はぁ、占い、ですか?」

「そ。実はわたしとジジイで、夏休みの自由研究を一緒にやろうって話になってね」

「ああ、この宙色市の歴史を調べてみることにしたんだが――」


「はぁ……」

「どっから調べりゃいいのか、全ッ然わかんない! 助けて! 占って!」

「そんな理由!?」


 そんな理由です、はい。

 まぁ、実は他にもあるんだけどね、占ってほしいこと。


 でもそれを言うと、シイナがへそを曲げる可能性があるので、今回は内緒で。

 そう、宙色市の歴史調査はあくまで表向きの理由。

 俺とミフユが行なおうとしている調査の真の目的は――、『出戻り』。


 ――この街でどうして『出戻り』が発生するのか。


 その原因を、俺とミフユは、これから探っていくこととなる。

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