第65話 誰も知らない最終勝利者
スダレが本当に頼りになる。
「あ、ふぅ~ん、なぁるほどぉ~、そしたらこれでこうしてぇ~」
佐村龍哉さんチにて、スダレが鷹弥の部屋のパソコンをカタカタしている。
もちろん『梅雨の佐村狩り祭り』に関することだ。
「あ~い、これで終わりだよ~。ラクショ~!」
「確認確認、っと」
ミフユが、スマホでSNSアプリのBASEを立ち上げる。
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◆告知! 『大狩猟』終了と守谷亭解散のお知らせ!
どうも皆さん、守谷亭です。
現在開催中の第13回大狩猟『守谷亭・梅雨の佐村狩り祭り』ですが、
守谷亭のメンバーがサツにしょっ引かれたため、急遽終了とさせていただきます。
また、これを機に『自営面子の守谷亭』も解散する運びとなりました。
これまで我々の企画にご参加いただきありがとうございました!
なお、守谷亭のアカウントにDMを送っても反応できかねます。
あしからず。
守谷亭は滝の底に消えます。それでは、また。
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と、そんな感じの書き込みがされていた。
鷹弥のアカウントから、スダレが書き込んだモノだった。
「サツにしょっ引かれた、ねぇ~。ま、理由としては妥当なところかしら」
「半グレ共には確実にキくだろうな」
俺とミフユは、そこに書かれた文面を見て小さく笑う。
街でくすぶってるようなガキ共が対象のイベントだ。すぐに忘れ去られるだろう。
「これで大体終わったけどぉ~、その鷹弥君は、どうなったのぉ~?」
「ん、ああ。え~っとな……」
スダレに問われ、俺はあの日のことを軽く思い返す。
龍哉が死に、ハルノも死に、俺達は鷹弥もそのまま衰弱して死ぬと思っていた。
鷹弥は、ハルノと魂を共有している状態だった。
主はハルノで、従は鷹弥。
だから龍哉に対しても無償の愛情を示していたワケだ。
そう考えると、今回の一件の最大の被害者は鷹弥と言えなくもないのかもな。
ただ、別に助ける義理もなし、死ぬなら死ぬでそれまでのことだ。
少なくとも、そのときの俺達の認識はそんなモンだった。
だが、鷹弥は息を吹き返した。
激しく衰弱しながらも、小さな声で言ったのだ。
「……助けて、お母さん」
そう、言ったのだ。
そして俺達はそれを聞いてしまった。
俺達に、この子を助ける義理なんてものはない。
だが同時に、死を見届ける義理もまた、存在しない。
結局、俺達は鷹弥を天月市内の病院に送り届けることにした。
そこから生き残れるかどうかは知らない。それこそ鷹弥の生命力次第だろう。
「ふぅ~ん、そっか~、なるほどね~」
説明をし終えた俺に、スダレが幾度も相槌を打ち、うなずいた。
「何だよ、何か引っかかるのか?」
「そうじゃないんだけどぉ~、魂の共有かぁ~、変なことも起きるな~って」
それは、言われてみればその通りではある。
同時に死んだ親子。そのうち母親が『出戻り』し、その魂の何割かが子に移る。
改めて考えてみると、なかなかとんでもないことが起きてたんだな。
「ケント君の例もあるけどぉ~、『出戻り』って何なんだろうねぇ~」
そうだった。ケントは、一度死にかけたときに『出戻り』を起こしかけていた。
そのときに幾つか魔法を使えるようになって、死体を透明化させたりもした。
「わたし達、『出戻り』ではあるけど、その『出戻り』について何も知らないのね」
考え込みながらそんなことを言うミフユの表情が、印象的だった。
なお、そんな話に加わるはずもないバカは――、
「ねぇ、ケントしゃんいるの? ケントしゃんも『出戻り』してるの? いるの? どこにいるの? ねぇ、教えてよおとしゃん! ねぇ、ねぇってばぁ~!」
初恋の人の居所を、一生懸命俺に尋ねてきています。
そうなんだよ、タマキの初恋の相手なんだよ、ケントのヤツ……。
結局、タマキが大きくなる前にケントは死んじゃったけど。
あぁ~、思い出すわ。ケントの死を知ったときのタマキの大泣きっぷり。
それを考えるとケントについて教えてやるべきなのかもしれないけどなぁ……。
でもケント、今、菅谷真理恵狙いで色々画策してるからなぁ。
……どうしたもんかなぁ。悩む。
「おとしゃん、おとしゃ~ん!」
「うん、まぁ……、追々な」
さんざん悩んだ挙句、俺は玉虫色の返事をするに留めるのであった。
一体、俺にどうしろというのだ……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――その後の顛末について語ろう。
まず、佐村鷹弥は助かったとのことだ。
これについては、鷹弥の祖父母、つまり龍哉の両親が孫を引き取る流れらしい。
次に揉めに揉めたミフユの後見人だが……、
「本当に私でいいのかしら。迷惑しかかけなかったように思うのだけど」
「ええ、そうですね。でも夢莉叔母様以外に誰もいないんで、もう」
佐村夢莉に決まった。
と、いってもあくまで佐村勲の遺産の管理者としての意味合いが強い。
別にミフユが夢莉と一緒に住む、なんてことはない。
あ、それと、ホテルでの襲撃含めた諸々の記憶は消してある。
覚えててもめんどくさいだけだからなー。
これは護衛のケンゴ・ガイアルドと、記憶を失う前の本人の了承も取ってある。
「美芙柚ちゃんは、ホテルは引き払うのよね。これからどうするつもりなの?」
「そこは御心配に及びませんよ、叔母様。ちゃんと住むところも見つけてあります」
「まさか、一人暮らしじゃないわよね?」
「ええ。同居人もいますよ。だから大丈夫です」
「そう、わかったわ」
という会話があったらしいが、夢莉よ、何故そこで詳しくツッコまなかった。
ミフユが保護者ではなく、同居人と言った件について……。
――数日後。
「おや、アパートに引っ越してきてる人がいるね」
買い物帰りの俺とお袋が、アパート前に止まったトラックを見た。
全国展開してる引っ越し屋のマークが描かれたそれから、家具が運び出される。
「あ~、こないだ隣の部屋が引っ越してったっけ。もう次の入居者来たのか」
「早いねぇ。あとであいさつに行った方がいいかもしれないね」
後々めんどくさいことにならないよう、その辺はきっちりやってるお袋である。
だが、別にそんな必要はなかった。
「あ、おかえりなさい、アキラ。お義母様!」
「あれ、ミフユじゃねぇか。それと……、タマキ?」
何だぁ? 今日ウチに来るとは聞いてないぞ?
しかもミフユは手に紙で包装された何かを持っている。どこぞへの土産か?
「こちら、引っ越しの挨拶の品です。つまらないものですけど」
「…………オイ。オイ」
隣に引っ越してきたの、おまえかァァァァァァァァァァァァい!!?
「え、何でタマキも一緒なの……?」
「おかしゃんとルームシェアすることにしたんだぜー。よろ!」
そこで迫真のVサイン。
ウキウキな様子のタマキを見て、俺は瞬時に察した。
「ミフユゥ、おまえ、ケントをエサにしてに釣ったな……」
「わたし、別に悪くないわよ。この子が、ケントさんに会いたいって言うんだモン」
「おまえはよぉ……」
いけしゃあしゃあと言い放ち肩をすくめるミフユに、俺は長々と息をはいた。
「いいでしょ。やっぱりあんたの近くが一番安全なのよ」
「ま、いいけどよ~。つか、タマキの高校はどうなんだ。大丈夫なのか?」
「確認済みよ。高校ね、宙色市内にあるんですって。ここに引っ越してきて、むしろ通学時間が短くなるみたいよ。――残念だったわねぇ、ジジイ」
え~い、うるせぇうるせぇ!
つまり引っ越してきて別に何の問題もないってことですね、チクショウが!
まぁ、そんな感じで佐村家だらけの死亡遊戯は幕を閉じる。
俺の隣にカミさんが住み始めた。
それが、この一件における最終結果だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――最近、副業にかける時間がめっきり減ってしまった。
出資者さんからのメールも来なくなった。
こっちから『教授』に連絡を試みても、完全に音信不通。
仕事の発注もなくなって、副業に使っていた時間をもてあますようになった。
それがきっかけなのも妙な話だが、家族との時間が増えていった。
今では、もっと時間のかからない別の副業も始めた。
儲けこそ減ったが、本業の方が順調なので大きな問題ではない。
今日は休日。
一日の大半を家族で過ごし、余った少しの時間を副業に使う。
我ながら、充実した人生だと思えてならない。
ああ、こんな日が長く続けばいいのに。
そう思わずにはいられなかった。――令和×年 6月×日、日記にて。
佐村家だらけの死亡遊戯。
そこに関わった中で最も得をした勝利者の名を知る者は、本人含め、誰もいない。




