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第64話 佐村龍哉達の脱落

 ハルノ・メリュジヌが倒れて、幾つかの変化があった。

 一つは、佐村鷹弥もまた、その場に倒れた。


 目は開いたまま、しかし何も映さない、硝子玉のような目になって。

 口はかすかに開いて、呼吸はしているがとても生きた人間には見えなくなった。


『佐村鷹弥は、ハルノと魂を共有する半身みたいなものだった。いえ、もっと極端にいえばハルノの操り人形みたいな感じだったんじゃないかしら』


 事態が理解できていない俺とタマキに、ミフユがそう説明してくれる。


『ハルノが『出戻り』をしたときに、同時に死んだ鷹弥君にも影響が出たんでしょうね。……多分だけど。ケントのときみたいな例もあるから、あり得るとは思うわ』

「え、ケントしゃん!?」


 ケントの名前が出てタマキが反応を示すが、応じるとめんどくさいので今は放置。

 そして、二つ目の変化は、龍哉だった。


 それまで、完全に状況に置いてけぼりを食らっていた、佐村龍哉。

 しかし妻が刺されたと知るや、ヨロヨロとそちらへ歩いていった。何かする気か。


『警戒しないでも大丈夫よ。わたしがいるでしょ』

「……そりゃそうか」


 俺は握りかけた拳を緩める。

 この場において、ミフユは神みたいなモンだ。逆らえるヤツなんていやしない。


『ねぇ、アキラ』

「何だよ」


『龍哉おじさまは、あんたの仕返しの対象よね』

「当たり前だろ。『大狩猟』はあいつの企画持ち込みから始まったんだぜ」


 例え、ミフユの殺害が龍哉の意図していないものであろうと、関係はない。

 元凶であり、諸悪の根源であり、全ての発端。

 佐村龍哉はそれだ。だから俺は龍哉に仕返しをする。当たり前の話だ。


『その仕返し――』

「わかった。おまえに譲る」


 機先を制し、俺はそれをミフユに伝える。

 やたら透明度の高い俺のカミさん、ちょっと驚き顔。


『え、そ、そう? じゃあ、契約を……』

「いらねぇよ。今回の一件は、おまえが一番怒る権利があるだろうが」


 龍哉にしても、ハルノにしても、ミフユの怒りこそ優先されるべき相手だ。

 俺の役割は、それに文句をつけるヤツを速やかにブチ殺すことだろう。


『……ありがと、パパ』

「おまッ、ここでその呼び方はなしだろ……!?」

『フフ~ン♪』


 くっ、さすがに不意打ちすぎて、不覚にもドキっとしてしまった。

 あかん、ニヤける。ひとまず意識を龍哉達の方にそらして、落ち着こうとする。


「あ、ぁ、春乃、春乃! ぁ、あ、血、血が、血がこんなに……!」

「龍哉、さん……」


 刺された胸から諾々と溢れ続ける血を目の当たりにして、龍哉が身を震わす。

 スマホから電話しようとするが、繋がるはずがない。ここは『異階』だ。


「クソッ、どうしてだよ、何で繋がらないんだよッ!?」


 だが『異階』のことなど知る由もない龍哉は、繋がらない電話にいきり立った。


「……龍哉さん、ごめんなさい。愛、してるわ、……私、あなたを。あなたは、私達に興味なんて、ないでしょうけど、わ、私、私はあなたを――」


 ハルノは、口から血を流しながら、うわごとのように愛の言葉を繰り返す。

 治癒魔法を使わないのは、ミフユがそれを禁じる『設定』を付与したからだろう。


 この異能態(カリュブディス)、本当にえげつねぇわ……。

 普通、異面体同士の戦闘は相手の異面体を破壊するのがセオリーなんだが。

 そんなモンはお構いなしだからな。


「うあ、ぁぁぁあぁ、あ、はッ、春乃ォ~!」


 龍哉が、涙をいっぱいに流して、熱っぽい様子で妻の手を握り締める。


「僕もだよ、僕も、君を愛している! 春乃!」

「龍哉、さん……」


 龍哉とハルノが互いに見つめ合って愛を語り始める。


「知らなかったんだ、君がそこまで僕のことを愛してくれてたなんて、僕は……!」

「龍哉さん、愛してるの、私、あなたを……、愛して……」

「うん、うん! 春乃、僕も君を愛してる、だから、死なないでくれ!」


 虚ろな瞳のまま涙を零すハルノと、彼女と見つめあって熱く泣く龍哉。

 その場面だけを切り取れば、あるいは美しいと言えなくもないのかもしれない。


 が、しかし、なるほどねぇ。

 佐村龍哉。こいつは筋金入りのド阿呆だ。まだ気づいてないのか。


『笑えないわねぇ……』


 さすがに見かねたか、ミフユが腕を組んで二人の方に歩いて、近づいていく。


「……美芙柚ちゃん」


 ミフユの接近に気づいた龍哉が、身を翻して向き合った。

 両腕をサッと広げて、背にしたハルノを体を張って守ろうとしている。


「まだ、春乃に何かをする気なのか? 彼女は、すでに瀕死なんだぞ!」

『関係ないわね。生きてるんでしょ。ならトドメを刺すわ』


「バカを言うな! 何でそこまで……!?」

『佐村美芙柚の殺害を計画したんだから、当然の報いじゃないかしら?』


 うんうん、当然当然。

 俺は腕を組んでうなずいた。タマキも腕を組んでうなずいた。


「た、確かに報いは受けて然るべきかもしれない。でも、何も殺すことは……」

『わたしを殺そうとした相手を殺そうとしたら、殺すことはないだろって言われるの、おかしくないかしら? もう一度言うけど、わたしは殺されそうになったのよ』

「ぐ、そ、それは……」


 冷静に諭してくるミフユに、龍哉も返す言葉がないようだった。

 しかし、しばらく迷ったあとで、いきなり龍哉はミフユに土下座を敢行する。


「す、すまなかった、美芙柚ちゃん! この通りだ、どうかお願いだ! 春乃を、助けてやってくれ! 僕の全財産を渡す、できることなら何でもする、だから!」

『その土下座にどんな意味と価値があるのかしら? そもそもおじさまにとって、ハルノは無価値な存在なんじゃなかったの? ハルノがそんなこと言ってたわよね?』


 土下座する龍哉の頭をグリグリ踏みしめながら、ミフユがまぁ、抉る抉る。

 しかし、それに憤激することもなく、龍哉はさらに大声で頼み込こんでくる。


「僕が、バカだった! 僕はただ、愛に飢えていただけだったんだ。自分を見てくれる人間が欲しかっただけだって、やっと気づいた! すぐ近くに、僕のことだけを見て、愛してくれる人がいることに気づけていなかった。でもやっと気づいたんだ!」

『あ、そう。で?』


 二人の温度差がひどい。見てるこっちが風邪ひきそう。


「お願いだ、美芙柚ちゃん! 君の後見人についても辞退する。僕にできることなら、何でもする。だから、僕の春乃を見逃してやってくれ! お願いだッ!」


 額を床に擦りつけながら、龍哉がミフユに泣いて乞い続ける。

 ミフユは、いかにもイヤそうな顔をして、腕組みをして長く息をついた。


『はぁ、わかったわよ。そこまで頼まれたら、仕方がないわね……』


 ため息を連発しつつも、ミフユが根負けしたように言う。

 龍哉が感謝の笑みを浮かべて、顔を見上げさせた。だが直後、表情は凍てつく。


『――なんて言うとでも思った? このクソボケ野郎』


 微塵も許していないミフユの顔が、そこにあったからだ。


「……ぐがッ!」


 そして、龍哉が胸に手を当てていきなり呻きだす。


『心臓、痛いでしょ? 息、できないでしょ? あんたは一分後に死ぬわよ、阿呆でクソボケで何もわかっちゃいない龍哉おじさま。わたしが、そう『設定』したから』

「ぁ、ぅがッ、……み、ふゅ。ぁ、が……、ぎ、ぃ……!」


 床に横たわって、龍哉が口からダラダラとよだれを垂らして苦しみ出す。

 それを無感情な顔で見下ろしたミフユの視線が、今度はハルノへと移っていく。


『そもそもあんた達、何で二人だけの世界作ってんのよ。鷹弥君はどうしたのよ。愛してるだ何だ抜かすなら、夫婦の愛の結晶の鷹弥君も茶番に混ぜてやりなさいよ』


 言われた鷹弥は、やはり動かない。

 糸が切れた人形のようになったままで、実際、糸が切れてしまってるのだろう。

 本当にこの子は、ハルノが操る人形だったワケだ。


『龍哉おじさま。あんたが見つけた真実の愛がまがい物でしかないことを、残り一分の人生で思い知るといいわ。これからわたしが、しかと教えて差し上げるから』


 そう言い放ち、ミフユはハルノの前に立つ。


『ハルノ』

「……ミフユ姐さん」


『あんたはもうすぐ死ぬけど、その前にあと一つだけ、教えてやろうと思ってね』

「何故です、どうして私と龍哉さんを引き裂くの……。私は、彼を愛していて――」

『それ、愛じゃないわよ』


 まさに刀を真っすぐ突き刺すが如き、ミフユの一言。


『あんたは別に、龍哉おじさまを愛してなんかいないのよ、ハルノ。あんたはね、単に龍哉おじさまで遊んでただけ。無能で鈍感で自分のことしか見えてない見栄を張りたいだけの男を選んで、わざわざ隠れた献身までして、バカでニブい男がそれに気づくまでの過程を楽しむ。そういう遊戯(ゲーム)に興じてただけよ』

「違う、違います。私は彼を愛しています。本当です……」


 語るミフユに、ハルノは弱々しい声ながらもはっきり否定する。なおも愛を語る。

 しかし、それに対するミフユの顔は、どこまでも白けていくばかり。


『ふぅん、そう。それなら――』


 そこで一旦言葉を止めて、ミフユが見た先には苦しみ続ける龍哉の姿。


「ぁ、が、ぐぅ……ッ! あ、ぐぅ、っぁ、あ、あ……ッ!」

『龍哉おじさま、さっきから死にそうよ。何で助けに行かないの?』

「……え、龍哉さん?」


 ミフユに言われて、初めてハルノが龍哉の方を向いた。

 そこに彼女は見たはずだ。顔色を死人のそれに変えて苦痛に喘ぐ自分の夫の姿を。


「は、るの……ッ、ぐ、ぁ、苦し、ィ。はるの。た、助け……ッ、て……!」


 龍哉が、必死の思いでハルノに助けを求め、手を伸ばそうとする。


「あら、本気で苦しそうなのね。龍哉さん」


 だが、散々愛を語った口から放たれたのは、あまりにも他人事な物言い。

 その一言に、涙に濡れた龍哉の瞳が、限界まで見開かれる。


『やっぱり龍哉おじさまのことなんてどうでもいいんじゃない、あんた』

「いえ、私は龍哉さんを愛していますよ、本当です、本当なんです」


 呆れて肩をすくめるミフユに、ハルノは変わらず愛を口に出し続ける。

 だがその目は龍哉を見ていないし、彼が苦しむ声にもまるで反応を示さない。


 戯れ言。

 とんだ戯れ言。


 ハルノの語る愛は、ただの『アイ』という音でしかなかった。

 どれだけ彼女がそれを口に出そうと、そこに意味は伴わず、また、価値もない。


「ぁ、ぁ、そ、そんな、そんな……、はる、の、はる……、ぅ、そ、だ……」


 そして佐村龍哉は死んだ。

 最後に見つけたはずの真実の愛の『真実』を知って、絶望のうちに絶息した。

 転がる夫の亡骸を前に、もうすぐ後に続くであろう妻はため息を一つ。


「死んだのね、龍哉さん……。そう、残念だわ」


 夫の死に直面した妻の感想は、ただ、それだけだった。


『ハルノ、結局、あんたがわたしを超えられなかった理由はそれよ。あんたは男を人間として認めてなんかいなかったのよ。男なんて全部、遊びの駒。遊戯(ゲーム)のキャラクター。心の底でそんな風に思ってたから、二位止まりだったのよ』

「そう、そうかもしれませんね。そして私は、私のまま死んでいくんですね……」


 ハルノ・メリュジヌは、もう観念して自分の死を受け入れているようだった。

 だが甘い。その認識は実に甘いなぁ。甘すぎる。砂糖に蜂蜜ぶっかけ云々レベル。


『バカね。まだ、わたしの仕返しは終わってないわよ』


 そーだよねー。ウチのカミさんが、そんな優しいワケないんだよねー!


『ハルノ。わたしを殺そうとしたあんたには、この期に及んでわたしから最高のプレゼントをくれてやるわ。そう、あんたがこれまで何回も口にしてきた『愛』をね!』

「ひぇっ、おかしゃん、エグイ!?」


 俺と同時に気づいたタマキが、顔を真っ青にして身を縮こまらせる。

 理解できていないらしいハルノが、一瞬キョトンとなるが、しかしすぐに――、


「ぇ、あ、ァァ、あ。ぃ。い、いやァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」


 絶叫だった。

 悲鳴だった。

 悲嘆であり、悔恨であり、そして喪失の痛みに耐えかねる泣き声だった。


『どう、痛いでしょう? 眼前で愛する人が死んだ事実は。悲しいでしょう? 自分を愛してくれた人の死に顔を見るのは。これが、あんたが今まで知らずにいた本当の『愛』よ。あんたに『佐村龍哉を愛している』という『設定』を付与したわ!』

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 龍哉さん、龍哉さんッ! 龍哉さァん! いやよ、そんなの、こんな痛いの、辛いの、いやよ、いや! ぃやあああああああああああああああああ――――ッ!?」


 涙と、叫びと、迸る激しい感情と。

 なるほど、これはまさにハルノ・メリュジヌに対するこの上ない応報だよ。


『あんたが死ぬまでの残りわずかな時間、精々龍哉おじさまを愛し続けるといいわ』

「ぃやぁ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあァァァァ――――ッ!」


 尽きつつある命を振り絞り、ハルノは泣く。叫ぶ。慟哭を響かせる。

 程なく彼女は死ぬ。後悔と絶望と、龍哉への愛に最期の一瞬まで苛まれながら。

 それを眺めつつ、俺はミフユに一つ尋ねてみた。


「なぁ」

『何よ?』


「今、本当の愛っつったじゃん、おまえ」

『言ったわね』


「本当の愛って何よ? どんなよ?」

『そんなの、決まってるでしょ』


 何と、ミフユは本当の愛が何なのか知っているらしい。是非とも教えてほしい。

 ミフユが答えた。


『わたしがあんたに向けるモノで、あんたがわたしに向けてくれるモノよ』

「…………なるほど!」


 とても、わかりやすい答えだった。

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