第56話 佐村夢莉の正論パンチ
結局、タマキもウチに泊まっていった。
襲撃者共は適当に河原に捨ててきた。誰かが見つけて通報するだろう。
「おぁよ~……」
眠たげに目を擦りつつ歩いているタマキ。だがその先にあるのか壁だ。ゴンッ。
「ぁいたァッ!?」
おまえそんな、ベタすぎるだろそれは……。
「ベタすぎ……」
ほらぁ、朝からミフユも呆れてる~。
「おはよう、みんな。朝ごはん、もうすぐできるからね」
「はい、お義母様! 楽しみにさせていただきますね~!」
おうおう、ウッキウキだねぇ、ウチのカミさんは。
で、そこで気づいたんですけどね、俺。
「そういえばよぉ、ミフユ」
「なぁ~に?」
「今日平日だよな?」
「そ~だけど?
「学校あるよな?」
「当たり前じゃない。何言ってるのよ」
俺はタマキを見る。
ミフユもつられてタマキを見る。
「「……タマキ、学校は?」」
「え、オレ? 学校? 停学中だけど?」
ちょっ。
そんなおまえ、とんでもねェコトをサラリと言うんじゃないよ!?
「そう、停学中なのね?」
「うん、停学中! 喧嘩で男子ボコったのがバレちゃった!」
声を一段低くするミフユに、溌溂と明かすバカ長女。あ~ぁ、俺しーらね。
「ちょっとあんた、そこ座りなさい。正座」
「え~、何でだよォ~!」
「何でだよじゃないわよ! 学校ちゃんと行かないようなバカはお説教よ!」
「ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~!」
ミフユはね、子供の自主性を尊重できる母親だったんだよ。
でもね、それは教育を疎かにしてたって意味じゃないんだよ。いい母親なんだ。
だからこのお説教は、まぁ、残念でもなく当然。
「おとしゃん、助けて~!」
「無理。学校はちゃんと行かなきゃダメ。それを思い知ろう、タマキ君!」
「お、おとしゃんのおかしゃん、助けてェ~!」
「ごめんねぇ、まだ朝ご飯作ってる最中で手が離せなくてねぇ~」
残念だったな、タマキ。
ウチのお袋は『我、関せず』についてはまごうことなき世界レベルだぜ!
「そ、そんなぁ~! あ、でもすごいイイ匂いする~!」
「あんた、このままわたしから逃げようってんなら朝ごはん抜きだからね」
「……ひぃっ」
朝メシの匂いとミフユの言葉に観念して、タマキが渋々ながら正座する。
そこから、朝メシができるまでの十分ほど、ミフユの大声でのお説教が続いた。
ま、仮に泣いても立ち直りも早いんだけどね、ウチの長女は。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
朝ごはん、大変美味しゅうございました。
タマキが白米四杯おかわりしたのには驚いたけど。
さて、メシも終わって俺とミフユは登校準備中である。
タマキについては「好きにしやがれ」と通達済みなので、好きにするだろう。
例の『大狩猟』についても調べなきゃいかんが、それはそれとして僕達小学生。
で、そろそろ出るかな、ってタイミングで、ミフユのスマホが鳴った。
「げ」
画面を見るなり、ミフユが露骨に顔をしかめる。誰だよ。
「夢莉叔母様からだわ……」
ああ、あの真面目堅物って言ってた人か。
「できれば無視したいけど、出ないと出ないでまたうるさいんだろうなぁ……」
「大変だねぇ、おまえも」
「そう思うなら代わってくれてもいいのよ?」
「そんな! 天下の佐村家に関わるだなんて、僕みたいな一介の小学生が!」
「あんたね、その天下の佐村家の娘を娶るクセに何言ってんのよ」
「おまえは嫁入りだから金鐘崎になるだろ。あ、俺が婿入りする方がいいとか?」
と、軽口を叩き合っている間にも、鳴り続ける電話。
タマキがどうすればいいのかわからない様子で困ってこっちに視線を送っている。
「……人はどれだけ足掻いても、現実からは逃げられないのね」
「いいからさっさと出ろよ。そろそろうるせぇ」
「わかったわよ」
諦めたミフユが、スマホに出る。
「はい、もしもし……」
うわぁ、すっごいテンション低い。目が死んでる。声が沈んでる。
「……はぁ?」
で、そんな声が出て、わずか十秒ほどで電話が終わった。随分と早ェな、オイ。
ただ、ミフユが浮かべていたイヤそうな顔が、ますます味わいを増している。
「何だったん?」
「お誘い」
「何、それ」
「学校終わったら、迎えよこすから、だって……」
「うわぁ、めんどくせぇ!」
問答無用でお呼び出しかよ! こっちの都合考える気皆無じゃねぇか!
「あの、アキラ……」
「いいよ、ついてくよ。一人はイヤなんだろ」
「うん。ありがと」
そこで少し安堵したらしく、ミフユが強張っていた顔を綻ばせた。
そして、おもむろに手を挙げるウチの長女。
「あ、オレもオレも~! オレも一緒に行きたい~!」
「そりゃ構わんけど、俺らの学校が終わるまで何してるつもりだよ……」
「え、学校の周りマラソンでもしてるよ」
「学校終わるまで何時間かかると……、そうね、あんたはタマキだったわね」
「おかしゃん、その納得のしかたはひどい!?」
これも残念でもなく当然。タマキは体力バカ一代だからね、仕方がないよね。
かくして、そんな感じで午後は夢莉のところへ行くことになった、俺達だ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
午後二時。
授業が終わって校門を出ると、本当にマラソンしてるタマキと遭遇した。
「六月なのに汗一つかいてねぇ……」
「え~? 体はあったまってるよ。それなりに」
朝から今までぶっ通しで走り続けて、それなりに。なのか。こいつは本当に。
と、軽く呆れていると、ミフユが俺の袖を引っ張った。
「来たわよ、アキラ」
「お?」
見ると、一台の車が俺達の前まで来て停まる。
大きいが、高級感などはさほどない、黒い乗用車だった。ドアが自動で開く。
「どうぞ」
中から聞こえたのは、前にも一度だけ聞いた覚えのある低い男の声。
夢莉は車に乗っておらず、運転席に黒スーツの大男が一人。高市とかいうヤツだ。
佐村夢莉の専属ボディガードにして、推定『出戻り』の巨漢だ。
「じゃ、行くわよ」
ミフユの言葉にうなずいて、俺達は車に乗る。
俺が最初に乗って、次にミフユ、最後にタマキ。俺とタマキがミフユを守る形だ。
運転席の高市が、ミラー越しにこちらをチラリと見る。
ミフユを見たのかと思ったが、サングラス越しの視線の先にいるのは、タマキ?
「出ます」
短い一言ののち、車は発進する。
目的地に着くまでの間、車中では特に会話らしい会話はなかった。
こいつが『出戻り』か確認することもできたかもしれないが、それはしなかった。
どうせ、この先でそれも判明するだろうと思っていたからだ。急ぐ理由もない。
そして辿り着いたのは、ミフユが滞在しているところとは違う高級ホテル。
高市に連れられて、俺達はその上階にある部屋へと案内される。
「わ~、高ェ~!」
外を見れるエレベーターに乗っているとき、タマキがはしゃいでいた。
そんなバカ娘を、高市がやっぱり時々チラ見している。
「こちらです」
相変わらずの短い声と共に、高市がドアを開けた。
通された部屋はそれなりに広く、その一角に硝子のテーブルとソファがあった。
佐村夢莉は、そのソファに座って俺達を、いや、ミフユを待っていた。
「来たのね、美芙柚ちゃん」
「ええ、来ましたよ。朝っぱらから有無を言わさぬ電話が来たので」
「必要なお話しだから。さぁ、どうぞ座って」
夢莉はミフユにテーブルを挟んで向かい側のソファを勧める。
そして、一緒に来た俺を見るなり、
「あなたも一緒に来たの。都合がいいわ」
「……都合がいい?」
何の話だ、と思いつつ、俺とタマキも部屋の中に入る
高市は夢莉の脇へと移動し、俺達は椅子もないのでミフユの左右に立つ。
「言っておきますけど、夢莉叔母様、後見人の件についてはわたしの弁護士を通していただきますようお願いしたはずです。わたし自身は、その話には応じませんよ」
「わかっているわよ、今日はそれとは別のお話があって呼んだの。大事なお話よ」
大事なお話、ねぇ……。
この夢莉とかいう女、さっきから俺を意識してるっぽいんだが。
あ~、これめんどくさいぞ。絶対めんどくさい話だ。
嫌な予感がガンガンにしているところに、夢莉が単刀直入にブッこんでくる。
「そこの金鐘崎君とは別れなさい、美芙柚ちゃん」
「…………は?」
「…………え?」
俺とミフユ、揃ってぽか~ん。
え、何言ってるのこの人。いきなり、何言い出してるの。え? ん?
「昨日は突然のことで驚いて認めるような発言をしたけれど、普通に考えればあなた達の言っていることは明らかにおかしいわ。小学二年生が、し、処女だの、ど、ど、童貞だの言うなんて、さすがに異常よ。結婚を誓いあった仲みたいに言っていたけれど、小学生のうちからそんなことを決めてしまっていいはずがないでしょう?」
うわぁ、ド正論。
真っすぐ進んでブン殴る系の、あまりにも正攻法の正論パンチが来た。
しかし、ただ「処女」とか「童貞』とか口にするだけでこの人、顔が真っ赤よ。
どんだけ免疫ないんだよ。箱入り娘だったりするのかね、案外。
「愛とか恋とか、そういうキラキラしているものに憧れる時期なのかもしれないけれど、小学生のあなた達にはまだ早いわ。もっと、普通にお友達を作って遊んだりするべきじゃないかしら? 小学二年生ってそういう時期なんじゃないの? ねぇ?」
う~ん、これまた正論。小学生は小学生らしくしろや、とのお話ですね。
まぁ、それはそうなんだけどね。そうは言っても、俺ら『出戻り』なんだけどね。
ミフユは、無言で夢莉の話を聞いていた。
こいつの無言は爆発の前兆であることを知るタマキが、すでにあわあわしてる。
「それにね、美芙柚ちゃん。あなたはもう少し、周りに置く人間を考えるべきよ。申し訳ないけど、金鐘崎君のことを少し調べさせてもらったわ。ごめんなさいね」
夢莉は、本当に申し訳なさそうに言いながらも、さらに続ける。
「金鐘崎君は片親よね? それに、家もあんまり裕福じゃないんでしょう? そんな子が佐村家の跡取り娘の近くにいるなんて、邪推するのも仕方がないと思わない?」
言ってくれるねェ。おまえ貧乏だからミフユの金狙ってるんだろ。だとさ。
この人は心底からミフユを心配しているんだろうが、ダメだこれ、俺も合わない。
自分は正しいって認識がとにかく強いんだろうけどな。
でもそれは他人を貶していい理由にはならんし、何よりミフユを無視しすぎてる。
多分、夢莉には自覚はないんだろうけどな。さて、と――、
「ミフユ、いいぞ。おまえの好きにしろ」
「ちょっと、金鐘崎君。まだ私の話が終わっていないで……」
バンッ、と、音がした。
ミフユが、右手を硝子のテーブルに叩きつけた音だ。
そして、そこには金属符が貼られていた。――『異階化』。
「え、な、何……?」
違和感を覚え、佐村夢莉が辺りを見回す。
そして次の瞬間、眼鏡をかけたその瞳は大きく見開かれた。
向かい合うミフユの傍らに、巨大なくらげが表れたのを目の当たりにしたからだ。
「もういい。あんた、殺すわ」
ミフユ・バビロニャは、無表情のままブチギレながらそう宣告した。