第551話 シイナさん、勝利の美酒に酔う
カッチ~~~~ン、と、合わせたグラスが音を鳴らしました。
その音が、私には『勝っち~~~~ん♪』に聞こえました。はい、確実に。
というワケで、お久しぶりです。
あなたの街のお姉さん的占い師ミスティック・しいなことシイナさんですよ!
にゃは~、今宵もおちゃけがおいちいでしゅ!
居酒屋で複数人で飲む安酒、いいですね~! 最高ですよね~!
何がいいって、割りカン!
どれだけ飲んでも、支払う金額はその一杯分の何分の一かで済むんですから!
経済的に冒険できない身の上としましては、大変ありがたい!
本日は割りカンである旨を事前に確認しておきました。つまりは私の勝利です。
私は今、とある街のとある場末の居酒屋で飲んでいます。
一人ではなく四人です。タクマさんはいなくて、同席しているのは全員女性です。
だから私は、お店に来る前に確認したのです。
本日の飲みは割りカンかどうかを。
仮に自分が飲んだ分は自分で払う形式だった場合、私は自粛しました。
来たるべき日に向けて緊縮財政策を採用している以上、仕方がないことです。
しかし、現実はそんなことはなく、割りカンでした。
やりました。私の勝利です。我が軍は疲弊することなく戦略目標を達成しました。
戦略目標――、すなわち、お金をかけることなくお酒を楽しむことです。
本日は久方ぶりに短大時代の友人の結婚式がありまして、その帰り道の今です。
当然、私だけでなく他三人もなかなかどうして、綺麗に着飾っていまして。
そんな短大時代の友人四人で居酒屋に繰り出せば何が起きるかなど、もはや明白。
愚痴です。
圧倒的陰口大戦の勃発です。宣戦布告なき闇の戦い。しかし、されども既定路線。
女性は夢と現実を同時に見ることができる生き物です。
けれど、十代の頃はまだ現実が自分の味方であると錯覚できる余裕があります。
でも二十代半ばを過ぎると、どうしようもなく気づかされてしまうのです。
現実とは、時間とは、自分にとって味方でなければ、決して優しくもないのだと。
そこに生じる焦りと苦しみからいっときでも逃れるために、私達は愚痴を吐く。
同類相憐れむ、敗北者同士の傷のなめ合い。ええ、確かにその通りです。
今、ここに集まった四人は、未だ結婚できずにいる独身アラサー女性の集い。
本日、その底なし沼から脱していった同輩を見送った、満身創痍の敗残兵。
これから始まるのは、女性が抱える闇の具現。
先に結婚していった卑怯者をひたすらディスりまくる、暗黒のサバトなのです。
しかし、しかし、しかぁぁぁぁぁぁぁ~~~~し!
私はすでに勝利が約束されていますから、大変気楽です。
何せ私、婚約者がいますから。生涯にただ一人の、究極的最強彼氏がいますから。
今はこうして敗北者の立場に甘んじていますが、今回限りです。
あと少しで資金が貯まります。そうなったら私は軽やかに結婚へはばたくのです。
まぁ、この場にいる同輩の皆さんには、まだその話はしていませんが。
だって、話したら絶対面倒くさいことになりますから……。
「はぁ~あ、ユカのヤツとはもう絶対会いたくないわ……」
私の向かいに座る高野美也子さんが、ハイボールのジョッキをドンと置きました。
髪は明るい金髪、着ている服はなかなか暖色、アクセサリーはキンキラキン。
いかにも派手に遊んでそうな彼女ですが、クォーターで髪は地毛らしいです。
しかも、就職先は実家の佃煮屋さんという、意味不明和洋折衷な人です。
「帰り際のあいつのツラ見た? ニヤつき放題だったじゃないのよ!」
「そうですね~、実に見事な無言勝ち組マウントでしたね~」
さっき来た芋焼酎をチビチビやりつつ、私はそう返しました。
本日、結婚披露宴を行なったのは、私達の同級生である根本由香さんでした。
由香さんは一見お嬢様な楚々として女性ですが、その実、私と同じ一般庶民です。
中流オブ中流。庶民オブ庶民。
性格も嗜好も、大体が『普通』の枠に収まる。そんな人でした。
しかし、このたび由香さんが捕まえたのは、十歳年上の会社経営者だったのです!
よく動画サイトやSNSで炎上してる『経営者(笑い)』などではありません。
地元で三代続く地域密着型優良企業の社長さんです。
本日の披露宴で初めてお会いしましたが、所作からして違う。完全上級国民です。
何というか、外見に派手さはなくていっそ地味。
しかし、その動きの一つ一つに育ちの良さがにじみ出ている、マジモンの御曹司。
二人は恋愛結婚で、旦那さんは由香さんを大事に思っているようでした。
そして由香さんも旦那さんをちゃんと愛しているようで、仲睦まじかったです。
それはそれとして由香さんは私達に無言マウントを炸裂させたのです。あのアマ。
旦那さんへの愛情と、私達への優越感は両立するようですね。クソが!
「あ~、マジムカつく! あの無個性女が社長夫人とか、悪い冗談だろが!」
ビールを煽って悪口を爆ぜさせるのは、私の隣に座る岬律子さんんです。
優雅にまとめ上げた黒髪に、この期に及んで乱れていない着物姿。
少し垂れ気味の瞳に、右目の下の泣きぼくろ。
見た目だけで語るなら、四人の中でも一番目立つ和服美人の律子さんですが――、
「アタシさぁ、ユカとか全然イイと思えねんだわ! あんな女の何がいいんだ? あいつ、米を洗剤で洗うタイプの女だぞ!? っか~、信じらんね!」
四人の中で、一番口が悪いです。
毒舌とかそういう回りくどいタイプではなく、切れるナイフ舌の持ち主です。
「家事手伝いって聞いて『え、燃やすのを手伝うの?』とか言っちゃう系のヤツだぜ? しかもそれを計算ずくでやるようなエセ天然が社長夫人? 笑えねぇ~!」
「そうそう、何も笑えやしないっての! ね~!」
律子さんと美也子さんが、由香さんへの愚痴を肴にして盛り上がっています。
それを見る美也子さんの向かい側に座る最後の一人が、苦笑いを浮かべています。
「リッちゃんもミヤちゃんも、飲みすぎだよぉ~……」
最後の一人は、おっとりさんの長谷川沙織さんです。
眉をハの字にした彼女は、私に並ぶくらいに何の変哲もない一般女性な外見です。
それは着飾った今も変わりません。
周りの視線は主に美也子さんと律子さんに注がれ、私と沙織さんは注目の外です。
「……うっさいのよ、サオリィ~」
「アンタだけにゃ言われたくないの、わかんねぇかな?」
しかし、美也子さんと律子さんは揃って沙織さんに険しい視線を投げるのです。
「アンタはどうなのよ、結婚とかは?」
「え~、結婚~……」
問われ、沙織さんは唇に指をあてて上目遣いになって少し考えます。
「私はまだあともう少しいいかな~って」
「そうかいそうかい、やっぱ彼氏持ちは違うなァ~。いつでも結婚できますってか」
ほんのり微笑む沙織さんを、律子さんが突き刺しました。
そうです。この四人の中で唯一、沙織さんだけは彼氏持ちなのです(表向き)。
「あ、彼氏とは別れちゃったんだ~」
え。
「はぁ!?」
「わ、別れたって、いつ!」
とんだ初出し情報に、私は固まり、美也子さんと律子さんは驚愕のリアクション。
場が騒然となる中、沙織さんはゆったりマイペースで、
「この前~、ちょっとお互いの価値観に合わない部分があって~」
「「「…………」」」
こともなげに語る沙織さんを前に、私達三人は絶句します。
「あんた、変わらないわね……」
「ホントによ、コレで何度目だよ、おまえ……」
「十回から先は数えてないし覚えてないよ~。ま、オトコなんて星の数だし~」
ニヘラと笑う沙織さんに、美也子さんと律子さんは呆れ果てています。
沙織さんはいつもこんな感じで、四人の中で一番男遊びが激しい人なんですよね。
私達は常々三十までに結婚すると言ってはいるのですが、違うんですよね。
美也子さん達は『三十までに結婚したい』なのに対し、沙織さんだけは『三十までは結婚しない』なんですよね。余裕の表れっていうか、遊び人の目線っていうか。
そんな沙織さんがこの中に加わっている理由は『楽しそう』だからだそうです。
大概、酔狂な人だな~って思いますね。正直ムカつきますけど。
でも~、でも~、沙織さんのフォロー力ってハンパなくてぇ~……。
短大から今に至るまで、色々お世話になってて~、今更突き放せなくて~……。
多分、毎回こんな感じで男の人の懐の中に入っていくんでしょうね、この人。
憎たらしいとは思いつつも、嫌いとは思えない辺り、やり方を心得ておられる。
「あ~、オトコほし~!」
美也子さんが負け犬の遠吠えを響かせつつ、今度は強めのカクテルを頼みます。
「マジでどっかにイイトコいね~かな~!」
「そ~ですよ、そ~ですよ!」
「三人とも可愛いんだから、大丈夫だよぉ~。いつかいい人見つかるって~」
律子さんと私がそれに同調しつつ、沙織さんがほどほどにフォローします。
「飲むわよ、あんた達!」
「「お~!」」
「羽目外し過ぎちゃだめだよぉ~?」
今宵、一世一代のお披露目をした由香さんを肴にして、私達は盛り上がりました。
そして愚痴り、のんだくれ、くだをまくこと二時間弱――、
「だからぁ~、おかしいんだって~、私らだってレベル高いっての~」
「そ~そ~、オトコ共は見る目がねぇンだよ、イイオンナはここにいるぞぉ~!」
「エヘヘ、おちゃけおいちい~」
私達はすっかり出来上がっていました。
四人中、私含めて三人が顔真っ赤。沙織さんだけ平然としています。お酒強ォい。
「三人とも大丈夫~? そろそろ終電気にしないといけない時間だよ~?」
沙織さんに言われ、テーブルに突っ伏していた美也子さんが顔を上げます。
「マジ? もうそんな時間?」
「明日は土曜だけど、そろそろお開きにすっか~?」
律子さんもスマホで時間を確認し、酔い覚ましのお冷を注文します。
「ちょっと、ヤマモト。お会計するわよ」
「はぁ~~い!」
お酒を飲んですっかり気分がよくなっていた私は、元気よく返事をしました。
その後、お代を四等分し、私は自分の分を支払いました。割りカンは最高の文化!
「あ~、時間、ヤバいわね……」
お店を出た後で、美也子さんが眉間にしわを寄せています。
「ダメですよ、美也子さぁ~ん、そんな険しい顔したら美人が台無しですよぉ~」
酔い心地でいい気分な私は、彼女の眉間を親指でマッサージしてあげます。
「何すんのよ、ヤマモト! あんた、電車は大丈夫なの?」
「大丈夫ですよぉ~、帰りは電車じゃなくてお迎えを呼んでありますので~!」
「お迎え? おまえ、一人暮らしじゃなかったのか?」
いぶかしむ律子さんが面白くて、私はつい、言ってしまったのです。
「実はですね~! 何と同棲中の彼氏さんが、迎えに来てくれるんですよぉ~!」
言わなくてもいいことを、言ってしまったのです。
「「「…………彼氏?」」」
「…………あ」
固まる三人。気づく私。
そして、あれだけ心地よかった酔いは、一瞬で消し飛びました。




