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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
幕間 バーンズ家の色々諸々冬景色

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第547話 信徒マリク・バーンズの答え:後

 全くの想定外だった。


『…………は?』


 だから、そんな声を漏らしてしまう。

 今のディ・ティを表す形容は、きょとん、ポカン、お口あんぐりの三本立てだ。


「あ!」


 いきなり、マリクが大きく声を張り上げる。

 そして唖然となったままのディ・ティの前で、頬を赤くしてモジモジし始めた。


「ご、ごめん。いきなりすぎて、驚かせちゃったかな。……その、ぼく、こういうこと言うのって本当に生まれて初めてで、ビックリさせちゃったよね」


 ディ・ティの顔を直視せず、視線を右往左往させて語る様は典型的な照れのそれ。

 マリクは何度もため息をつき、決意を新たにするようにうなずいて、


「改めて言うよ、ディ・ティ! ぼくは君のことが――」

『待って』


 二度目の告白を切り出すマリクに、ディ・ティが鉄よりも硬い声で制止をかける。


「……どうかした?」

『どうかした、じゃないでしょうがァ!?』


 あらん限りの大声が、マリクに叩きつけられた。


『な、何!? 何の何が何!? 何で私はいきなり告白をされているの!?』


 混乱。混乱。そして混乱。あともう少しでそれは錯乱の域に到達する。


「それはもちろん、ぼくが告白をしたからさ!」


 そして腕を組み、胸を張る元気いっぱいな笑顔のマリク。

 だが直後、彼はみるみるうちに顔を赤く染め「うひゃ~」と両手で顔を覆った。


「あ、すごい恥ずかしい! 何これ!? あ、熱い、顔が熱い! 告白するってこんなに気恥ずかしいものなんだね! 知らなかったよ! し、新感覚すぎる……!」

『ちょっと待ってマリク、置いていかないで! このままだと私、話についていけなさすぎて彼方の星を見るような目であなたを見ないといけなくなる!』


「やだな~、ディ・ティ。ぼくが星のように輝いてるなんて、褒め過ぎだよ~」

『無敵か!?』


 嬉しさに照れて体をくねくねさせるマリクを、ディ・ティは信じがたい目で見る。


『何だっていうのよ、いきなり!』


 空気の変質に耐え切れず、ディ・ティが大声で吐き捨てる。


『あなた、今の状況を理解しているの? 私はあなたの妹を死に追いやろうとしているのよ? そして自らを滅ぼそうとしているのよ? あなたはあの子の兄でしょう? 私の司祭でしょう? なのに、何なの? 何であなたは――』

「知らないよ、そんなこと」


 ギロチンが一瞬で罪人の首をはねるが如く、マリクの一言がディ・ティを切った。


「ぼくは今まで、君に一度も愛情を伝えたことがなかった。夫婦のはずなのにそれはおかしいと思ったんだ。だから伝えることにした。それがぼくの言いたいことだ」

『どうして、今なの!?』

「決まってるだろ。今だからだよ」


 浮ついていた空気が、その一言によって一気に引き締まる。


「ぼくが君を追い詰めた」

『そんなこと、今になって……』


「今だからって、言っただろ」

『…………ッ』


 マリクのまなざしに、優位にあるはずのディ・ティは言葉を詰まらせる。

 見た目、少女にしか見えない弱々しい少年なのに、この眼力は何だというのか。


 今のディ・ティは、なりかけとはいえ鬼神と化している。

 展開されたこの『神域』で自分に逆らえる生命体は絶無だと思ったのに。


 どうして自分は、マリクのまなざしを振り払えないのか。

 何で、マリクの言葉に耳を傾けようとしている。聞く必要などないだろうに!


「寂しい世界だと思ったよ」


 混乱から脱し切れていないディ・ティへ、マリクが告げる。


「この『神域』だ。何もなくて、寒々しくて、どこにも生命の輝きが見られない。ディ・ティは自らを命の神なんて言ったけど、ここにあるのは『死』だけだ」

『だったら、どうだと言うの?』

「ぼくが君を追い詰めた」


 同じ言葉を、マリクは再び口にする。一度目よりもずっとずっと、悲しそうに。


「ぼくは君に『ぼくの神』であることを強いてしまった。夫婦なのに、好きなのに、ぼくは君の隣に並ぶべきではないと、愚かな思い違いをして、君に跪いていた」

『それがあなたの信仰なのでしょう、マリク』

「そうだよ。マリク・バーンズは、信仰の名のもとに神を苦しめ続けたバカな男さ」


 それは『大賢者にして大司祭』マリク・バーンズという男の人生の総括だった。

 自らの『憎悪』に呑まれることなく、大過なく終えた一度目の人生。


 だがその裏にあった真実を見逃していたことを、過ちと呼ばず何と呼ぶ。

 もはや、自嘲の笑みすら浮かんでこない。


 マリク・バーンズは失敗していた。

 その事実を、マリクは今になって骨身の芯から認めようとしていた。


『それで?』


 だが、見上げる先に立つ神にとって、そんなことは何の慰めにもならなかった。


『今さら自分から失敗を認めて、今さら自分から跪いた神にわざとらしく愛を囁いて、あなたは何をするというの? あなたに何ができるの? マリク・バーンズ!』

「ディ・ティ、ぼくが……」

『そうよ、おまえが私を追い詰めた! 私はおまえを救えなかった、だから死を願ったのよ! 私に死を願わせたおまえが、私に何をするつもりなのか、言ってみろ!』


 吼えるディ・ティの瞳に涙がにじみ、それはパッと散って儚く煌めく。

 マリクは爪が肉に食い込むほど強く拳を握り、そして宣言する。


「ぼくが君を救うよ」


 告げたそのとき、ディ・ティの動きの一切が止まった。

 どこまでも憎々しげだった顔からも表情が失せ、丸くなった目がマリクを見る。


「苦しむ妻を救うのは夫の務めだ。だからぼくは君を救う。大好きな君を救う」

『おまえ……』


 堂々とした様子で言葉を続けるマリクに、ディ・ティは震える声で漏らす。


「大好きだよ、ディ・ティ」

『おまえェェェェェェェェェェェェェェェェ――――ッ!』


 だが、彼の宣言はかえってディ・ティの心に憤怒の炎を燃えあがらせてしまった。

 ありていにいえば、マリクは彼女の最大の地雷を踏んだのだ。


『おまえ、よくも、よくも! 人間のクセに! 私にすがらなきゃまともに人間として生活もできない半端モノのクセに! 私を! 神を救うとホザいたか、マリク!』

「ああ、言ったさ! 神も人も関係あるかよ! ぼくが君を救ってやる!」

『マリクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――ッ!』


 燃えあがった日にさらにガソリンを注ぐマリクに、ディ・ティの怒りが破裂する。

 彼女は、瞳に激情の光を迸らせ、猛禽の両手をマリクめがけて突き出した。


「――ぐッ!?」


 ズクン、と、マリクの中で何かが大きく鳴動する。

 それを見たディ・ティが、顔にいびつな笑みを浮かべて、哄笑を響かせる。


『ハッ、ハハハハハハハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハ! もういらない、おまえみたいな生意気なヤツ、もういらないよ、マリク! だから私が死ぬ前におまえを先に消してやる! おまえの中にある『憎悪』を目覚めさせることでね!』

「なッ、やめろ、ディ・ティ!」


 ディ・ティの絶叫を聞いたアキラが、顔を青くして全力で叫んだ。

 しかし、叫びは届いているはずなのに、彼女はアキラの方を見ようともしない。


 今、ディ・ティに見えているのはマリクだけだった。

 壊れかけた笑顔で、瞳から煌めく涙を溢れさせ、怒りのまなざしがマリクを貫く。


『おまえと私は繋がっている。おまえは、私にどこまでも心を許している。だからこういう真似だってできるのさ! 私の手でおまえを異能態に導いてやるよ!』

「ぐがッ、あ……、ああああああァァァァァァァァァァア――――ッ!」


 全身を弓なりに反らしたマリクの体から、絶叫と共に黒い炎が噴き出した。

 それはマリクの中にある激しいもの。怒り、恨み、嘆き、悲しみ、そして憎しみ。


『ああ、何ておぞましさ! こんなものを抱える化け物が人間を名乗り、あまつさえ神を救うなどと、不遜にもほどがある! 化け物は、化け物らしくしてればいい!』

「ぅああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!」

「お、お兄ちゃん……」


 世に存在するいかなる獣より獣じみた咆哮を轟かすマリクに、ヒメノが呻いた。

 マリク足元に不可視の力が渦を巻き、全身が黒い炎にジワジワ蝕まれていく。


 やがて腕の一部がボロリと崩れ、露わになるのは、血よりも赤く闇より黒い骨。

 表面は薔薇の茎のようにビッシリと棘が生えて、殺傷の意図に溢れている。


 そう、まるで『邪業凶骨』のようにだ。

 マリクの全身が黒の炎で焼けただれ、どんどんと炭化した肉が落ちていく。


 腕が、足が、腹が、肩が、肉を失って赤黒い色をした人外の骨格を晒していく。

 それを直視しながら、ディ・ティの中にあるのは、疑問だった。


『……どうしてよ』


 マリクは、抗おうとしていなかった。

 外から強引に自分の心に手を加えられて『憎悪』の真念に覚醒しかけているのに。


 ディ・ティは、マリクから抵抗の意志を感じなかった。

 彼は、抗おうとする姿勢すらなく、ディ・ティに心を委ねている。


 ――好きだよ、ディ・ティ。


 ふいに、彼女の中によみがえる、その一言。

 胸に痛みが走る。これまで感じてきた孤独の痛苦より、ずっとずっと鋭い痛みが。


『ぐ、ぅぅ……!』


 痛みを堪えきれず、食いしばった歯の隙間から苦悶の呻きが漏れる。


『うああああああああああああああああ! もう遅い、もう遅い! 遅すぎる!』


 だがディ・ティは雄叫びと共に痛みを振り切る。

 ここまでやって、今さら救いなどあるものか。消える。消える。消えろ。消えろ!


『消えろ、マリク・バーンズ! 私もすぐに、おまえの後を追うから!』


 その悲嘆の声と共に、マリクを包む黒い炎が無音の爆発を起こす。

 立ち上がった煙の向こうから、マリクのものではない咆哮が周囲一帯に炸裂する。


『グゥゥゥゥゥゥオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォ!』


 そこに立っているのは、圧縮された『邪業凶骨』のような怪物だった。

 赤黒い棘だらけの枯れ木が複雑に入り組んで、それは禍々しい人型を保っている。


「ああ、マリク、そんな……」

「マ、マリク師……」


 ミフユが、ルイが、赤黒い枯れ木の怪物を前に嘆きを漏らす。

 ディ・ティの導きにより発現した枯れ木の怪物は、彼女を見上げて両腕を広げる。


『オオオオオオオオオオオオオオアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァ!』


 それは怒りか、それとも悲しみか。

 すでに『憎悪』そのものとなった怪物の声の意図など、一体誰に理解できようか。


 枯れ木の怪物の全身が、今度はさっきとは逆に真っ白い炎に包まれた。

 アキラが、完全に余裕をなくした顔で「ヤベェ!」と叫ぶ。


「あれは『亡却劫火(オーバーブレイズ)』! マリクが、消えるッ!」

「そんな、お兄ちゃあァ――――ん!」


 叫べども、ヒメノはその場から一歩も動けない。

 アキラもミフユも、ルイもユユも、マリクだった怪物の消滅を見届けるしかない。


『そうだ、消えろ! 早く消えろ! 私の前から消えてよ、マリクッッ!』


 もう自分が怒っているのか嘆いているのかもわからず、ディ・ティは叫喚する。

 そして、枯れ木の怪物は白い炎に焼かれ、燃え尽きて――、


『己の深淵を覗け――』


 声は、どこからともなく響いた。


『……な!?』


 ディ・ティは見た。

 枯れ木の怪物を燃やす純白の炎が作る影から伸びる、純黒の鎖を。


 突如として影の中から現れた何本もの鎖が、枯れ木の怪物を雁字搦めにする。

 そして、二度目の声が響き渡る。


『――己に光明を灯せ』


 白い炎が消えて、鎖に縛られた赤黒い枯れ木の怪物だけがそこに残る。

 そして、足元にある影は広がって、そこから黒い何者かが浮上しようとしてくる。


『人は誰しも、幾つもの顔を持つ。他者と接する自分。敵と対する自分。家族と和む自分。友と楽しむ自分。幾つもの顔があって、その全てが自分でもある』


 現れたのは背の高い男。

 年齢は二十代ほどと思しき、黒い髪を腰辺りまで伸ばした痩せた男だ。


『だが、その幾つもの顔の中にあるはずだ。これこそが本当の自分であると断言できる、誇るべき己が。誰もが無意識のうちにそれを持っている。もちろん、ぼくも』


 その身に纏うのは漆黒の法衣。欧州の神父を連想させる、威厳ある出で立ちだ。

 そして右手に、黒い縛鎖に絡めとられた枯れ木の人骨を携えて、


『ぼくはぼくを誇る。その思いを、人はきっと『矜持』と呼ぶ』

『う、あ……! あ、あぁあ、あ……!』


 彼は、狼狽するディ・ティを見上げる。

 その手に『憎悪』の怪物を掌握した『矜持』の魔王が、嘆きの鬼神と相対する。


『さぁ、夫婦喧嘩をしよう、ぼくの妻ディディム・ティティル!』

『マ、マリク・バーンズ!?』


 帰還したマリク・バーンズが、今の己を真正面から誇り、名乗る。


異能態(カリュブディス)――、『波旬天魔王骨ハジュン・テンマオウコツ』』

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