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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
幕間 バーンズ家の色々諸々冬景色

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第544話 マリク君はお見通し

 御帰宅。


「ただいまー」

「ただいま帰りました」


 アキラとマリクが玄関を開けると、パタパタと軽快な足音が聞こえてきた。

 出迎えに来たのは、口にお箸をくわえているミフユだった。


「おはへり~」

「あれ、お食事中だった?」


「ほひゃほ~よ、ひはんひははいよ」

「時間見なさいよって、ああ、十二時過ぎてんのか。見事に飯時ですねぇ」

「……どうして今ので会話が成立するんですか?」


 言語崩壊を起こしたミフユと話すアキラを見て、マリクは味わい深い顔になる。

 そんな彼を、父と母は揃って「?」といった表情で眺めた。


「それにしても佐村財閥の次期総帥のミフユさん、口に箸突っ込んだまま玄関に出るのは、ちょっとお行儀悪くないですか? どういう教育受けてるんですか?」

「ん、そりゃ決まってるでしょ。家族に無防備晒せるような愛情あふれる教育よ」

「なるほど、そいつは最高だ」


 箸を口から離したミフユとアキラが軽口を叩き合う。

 それは、バーンズ家の人間からすれば見慣れた景色であり、安心する光景だった。

 だがその安心に浸ってもいられない。


「お母さん、ルイは帰ってきましたか?」

「あの女? 昨日のうちに帰ってきて、ずっと寝っぱなしよ。何かあったの?」

「ええ、まぁ。ちょっと色々と」


 ルイの眠りは、異能態発動による心身の消耗が理由だろう。

 説明に悩む言葉を濁すマリクに、ミフユは「ふ~ん」と興味なさげな声を返す。


「どっかの部屋で寝てるから、起こすのは任せるわ。わたし、まだご飯中なのよ」


 それだけ言って、ミフユは箸を掴んだまま家の中に消えていった。

 マリクの傍らに立つアキラが、ポツリと呟く。


「何で他人の家であそこまででけぇツラできんの、あいつ……?」

「お母さんだからじゃないですか?」

「ヤッベ、納得しかねぇわ。それ。笑うわ」


 そう言って、本当に笑うアキラだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 一時間後、リビング。

 すでに異階化されたそこに、全員が集まっていた。


 全員、つまりマリクと、アキラと、ミフユと、ヒメノと、ユユと、ルイの六人だ。

 そしてその六人が囲うようにして座る中心に、古びたランタンが置かれている。


 ランタンのすぐ隣には積み上げられた虹色を内包した透明な石の山。

 ユユの代まで『治し屋』が集め続けた命の神の残骸『神骸石(ラグナレキア)』だ。


 それは、昨日と同じ環境。

 違うのはマリクが巡礼を終えて、精神的な落ち着きを取り戻していること。

 関わる人間に変化はないが、この家を出たときとは状況は異なっている。


「……おいでください、神よ」


 ランタンの前に座るマリクが、小さな声で呼びかける。

 昨日の時点では、彼が心の深いところでディ・ティを拒絶し、その姿を見失った。


 では、今はどうか。

 マリクの呼びかけに応じるように、ランタンの内部に淡い光が灯る。


 光は大きさを増して輝きとなり、輝きは流動して形を造り、実体化する。

 現れたのは、トンボの羽を持った童話に登場する妖精そのものの姿をした少女。


『――マリク』


 光と闇の神ディディム・ティティルは、ランタンから出てマリクの前を浮遊する。


『我が信徒、マリクよ。我が姿が見えますか。我が声が届きますか』


 ディ・ティが、厳かにマリクへと尋ねる。

 手のひらに乗る程度の大きさしかない身ながら、その姿は神の威厳に溢れていた。


 そして、呼びかけられたマリクはまっすぐにディ・ティを見つめている。

 二人の間に沈黙が訪れ、長い長い三秒が過ぎて、マリクの表情がふっと和らいだ。


「はい、我が神よ、見えます。聞こえます。感じます。あなたを」

『マリク、よかった……』


 張り詰めていた空気が、その瞬間、一気に緩んだ。

 マリクとディ・ティの間に感情が爆ぜることもなく穏やかな雰囲気が流れている。


『本当によかった、マリク……』


 ディ・ティは今にも泣きそうな顔で、嬉しそうにマリクの頬に顔を寄せる。


「ご心配をおかけしました、我が神ディディム・ティティル」

『いいのです、我が信徒。それよりも、あなたは巡礼の中で何を得たのですか』


「それは、神にお聞かせするようなことでは……」

『そのようなことはありません。我が信徒が外で何を知り、何を得たのか、それを聞き届けるのも神の務め。我が信徒マリクよ、話してください。あなたの物語を』

「わかりました」


 ディ・ティに促され、マリクは昨日から今日にかけての出来事を話し始める。

 キリオとの対話。蛾翁の襲撃。集との対話。クラマとの対話と、ルイとの激突も。


「…………」


 ルイの話になった瞬間、本人がビクンと身じろぎする。

 それを見て取ったマリクが、ニヤリと意地悪く笑って彼女へ顔を向ける。


「ルイにとっても、得るものがあった巡礼でした。なぁ、そうだよな、ルイ?」

「お願いします、やめてください、師よ。自己嫌悪で死んでしまいます」


「それに耐えることも修行だよ」

「……はい」


 うなずくルイの声は、赤子の呼吸音のように小さかった。


「そう、結局のところ、ぼくも修行が足りなかったということです、神よ」

『一度人生を全うするほどの時間を積み上げて、なお足りないと?』


「あの頃のぼくと今のぼくは、ほぼ別人です。今のぼくは、小学四年生の高橋磨陸の中にマリク・バーンズの記憶があるワケですから、厳密にはマリク本人ではない」

『今のあなたは『幼さ』を取り戻している』

「はい。我が神の言われる通り、それでぼくは弱くなったのでしょう」


 ディ・ティに受けた指摘だ。

 それは確かに正しい。しかし同時に、こうも考えられる。


「ぼくは幼くなったことで、かつて捨て去った『弱さ』を再び得ることができた」

『……それは、あなたにとってはどのような意味を持つの?』

「決まっています。異世界を生きたマリク・バーンズとは違う結論を導き出せるかもしれない。その機会を得たのです。それはぼくにとって、とても大きなことです」


 マリクは、力強く断言する。

 そこに、昨日まであった深い迷いと強い惑いは微塵も見られなかった。


「今のぼくは、まだその境地には至れていません。今は落ち着いていますが、ぼくの中に『憎悪』は未だ根付いている。それを、ぼくは無理やり抑えているだけです」

「し、しかし師よ! あなたはあのとき、確かに『邪業凶骨』を……!」


 うつむいていたルイが、バッと勢いよく顔を上げた。

 ミフユが「じゃごーきょーこつ?」と、知らない名前に小首をかしげている。


「違うんだよ、ルイ。ぼくはかつて我が神から授けられた方法であの場を乗り切っただけだ。憎しみに駆られる前に、別の感情に置換して発散しただけだ」

『そうでしたね。それが、私が教えた『憎悪』への対処法です』


 つまりは、マリクのブチギレである。

 瞬間的に感情を爆発させて『憎悪』の高まりを抑える、完全な一時しのぎだ。


「結局、巡礼の果てにぼくが得たのは、我が神より授けられた方法論そのものでした。そして、それが今のマリク・バーンズの限界であると知ったのです」

『マリク……』


 ディ・ティが眉を下げてマリクを案じるような顔を見せる。

 マリクは真剣な顔つきを変えず、瞳に映るディ・ティをまっすぐ直視する。


「我が神よ、ぼくは――」

「もう、よいのではありませんか?」


 言いかけたマリクを遮ったのは、ヒメノだった。


「……ヒメノ」

「今のままでは何も変わらない。マリクお兄ちゃんが自分の真念に脅かされることも、それを根本的な部分で解決する手段はなく、場当たり的な対症療法で誤魔化していかなければならないことも、すでにわかりきったことではありませんか」


 声を荒げることはせず、しかし、芯が通った強い物言いで、ヒメノは告げる。


「結局、そこに落ち着くのでしたら、昨日と同じではないですか」

「同じではありません、ヒメノ様! マリク師は……!」


 とっさに、ルイが反論しようとする。

 しかしそれも、ヒメノにとっては大して響くことはないようで、


「ええ、今のお兄ちゃんは昨日より明らかに余裕があります。でも、それは今だけなのではないですか、いつかまた不測の事態は起きないとも限らない。違いますか?」

「それは……」


 逆に自分が抱えていた不安を突かれたルイは、途端に勢いをなくした。


「昨日、ルイさんんはマリクお兄ちゃんは自分の力で『憎悪』を克服できると声高らかに謳っておいででしたね。ですが、その本人が限界を口にしましたよ?」

「…………」


 上から言葉を重ねるヒメノに、ルイはもはや一声漏らすこともできなかった。

 ヒメノとて、やり込める意図はない。だが、言わずにはいられなかった。


「そこまでだ、ヒメノ」

「そうですわね。言葉が過ぎました。申し訳ありません、ルイさん」


 マリクにたしなめられると、ヒメノもすぐに頭を下げる。

 しかし、彼女は今度は兄を見る。そのまなざしに宿る力はさらに強まっている。


「ですが、わたくしの主張は正しいものだと自負しております。わたくしはヒーラーとして、お兄ちゃんの根治をなすための治療法の実行を改めて進言いたしますわ」

「ディ・ティの人化だな」


 アキラが言うと、ヒメノはその目にマリクとディ・ティを捉えたままうなずいた。


「神と人の差を埋めること。それが、お兄ちゃんの心の傷を癒す最善の一手です」


 強い信念と確信をもって語るヒメノに、ミフユが軽く手を挙げる。


「ヒメノ、あんたはそう言うけど、それをするとあんたはどうなるの?」

「昨日お話した通りです。ディ・ティ様の人化には、器となる肉体が必要です。それがわたくしです。わたくしの魂は、人化のために捧げることとなります」


 つまりは、完全に死ぬ。ということだ。

 ミフユはいかにも文句を言いたげな顔をするが、それで止まるヒメノではない。


「昨日も申し上げた通り、お兄ちゃんに取り返しのつかない傷を刻み、その人生のあり方を決定づけたのはわたくしです。わたくしには、お兄ちゃんに不自由のない日常をお贈りする義務があるのです。それがわたくしの生きる意味なのです」


 言い切るヒメノの全身から、金剛石より硬い決意が溢れてくる。

 ミフユはしかめっ面をアキラへと向ける。


「アキラ……」

「言うな、ミフユ。今から何を言ったってヒメノが聞くかよ」

「その通りですわ、お母様」


 ヒメノの決意は揺らがない。何を言われても。絶対に揺らがない。

 何より、自分が肉体を明け渡すべき相手の願望にも、しっかりと寄り添っている。


「ディ・ティ様は人になることを望んでおられます。そうですよね?」


 この場で自らの言い分を通すために、ヒメノはディ・ティに同意を求める。

 昨日、マリクが巡礼に出る前、ディ・ティは『神骸石』を前にして葛藤していた。


『そう、私は人になりたいわ。なれるのであれば』


 そして今に至り、ついに神はそれを認めた。


「ディ・ティ、わかって言ってるのか?」

『ええ、当然よ、アキラ・バーンズ。私が願いを叶えることは、ヒメノを殺すことを意味する。それでもこの身を人に変えることができるのならば、私は……!』

「構いません。それでよいのです、わたくしもそれを願っています、ディ・ティ様」


 小さな拳を握り締めるディ・ティを、ヒメノは優しく肯定する。

 ヒメノとディ・ティの利害は、完全に一致している。誰が見てもそれは明らかだ。


「わたくしには、お兄ちゃんの心の傷を癒すことはできません。ですが、ディ・ティ様であればそれは可能でしょう。そのために、わたくしの命をお使いください」

『ヒメノ、謝ることはしないわ。あなたの気高き決断に、私は心から感謝するわ』


「恐れ多いことです、ディ・ティ様。どうか、人となってお兄ちゃんの隣に立ってあげてください。あなただけが、お兄ちゃんに寄り添えるお方なのですから」

『ええ、わかっている。約束するわ、ヒメノ。私はマリクを支え、助けてみせる』


 ディ・ティが、その小さな右手をヒメノの前にゆっくりと差し出す。

 ヒメノは目に涙を浮かべ、左手の人差し指でディ・ティの手のひらに触れた。


「人になってください、ディ・ティ様」

『ええ、私は人になるわ、ヒメノ』


 涙をこぼしながらも笑顔のヒメノと、決意に満ちた顔つきのディ・ティ。

 水を差す者は一人もおらず、ディ・ティの人化は今まさに決定しようとして、



「で、いつまで続きますか、この茶番」



 マリクが、それを鼻で笑った。


「……え?」

『……マリク?』


 ヒメノとディ・ティが、まさかの彼からの一言に、揃って凍りつく。


「いや、さっきから口を出すタイミングを図ってたんだけど、二人とも変な世界に突入しちゃいそうだったからさ、仕方がないから無理やり割り込ませてもらったよ」

「……ち、茶番って、言いましたか? お兄ちゃん?」


 マリクがケラケラ笑っていると、その目を大きく見開いたヒメノが確かめてくる。


「ああ、言った」


 それを、真正面から認めるマリク。


「茶番さ。茶番だよ。おまえの必死の想いも、ディ・ティ様の決意と覚悟も、はたから見てるぼくからすれば、盛大な茶番さ。見るに堪えない、っていうレベルのね」

「な、何でそんなことを言うんですか……!?」


 ヒメノの瞳に、さっきとは違う涙が浮かぶ。

 信じられなかった。

 いつでも優しかった兄から、まさか、そんな言葉を浴びせられるなんて。


「わたくしは、お兄ちゃんを治してあげたくて、そのために、これまで……!」

「ヒメノ。おまえがどれだけの想いをもって人化の法に臨もうとしているのか、僕には想像もつかない。だけど、失敗が確定してるのにやらせるワケにいくかよ」


 それもまた、ヒメノにとっては衝撃的な言葉だった。

 人化の法は失敗しない。それは、ヒメノが生涯をかけて見出した手段だからだ。


 失敗の可能性など真っ先に考えたに決まっている。

 あらゆる条件を検討し、失敗の可能性を考え尽くし、辿り着いたのが人化の法だ。


 自分が組み立て、対象となる神もこの方法に賛同を示した。

 失敗の可能性は万に一つもない。それがヒーラーとしてのヒメノの結論だ。


「人化の法は失敗しません。ディ・ティ様は人になれます。必ずや」

「ああ、おまえが言うなら成功はするんだろう。けど、ぼくが言ってるのはそこじゃない。そのあとだよ、ぼくの心の傷を癒すとかいう、一番大事な部分さ」


 マリクの言葉に、ヒメノはギクリとした。

 それは、ついさっきシュロとの話した、賭けの対象そのものだったからだ。


「ヒメノ。凄腕ヒーラーのおまえらしからぬ失敗だね。それだけ人化の法に入れ込んでいたということなのかもしれないけれど、さすがに看過できないミスだよ」

「わたくしが、ミス……? 一体、お兄ちゃんは何のお話を……!?」

「動機だよ」


 ワケがわからず取り乱すヒメノに、マリクは突き刺すようにそう言った。


「おまえが見ていなかったもの。見なければならなかったもの。それは、ディ・ティの動機だ。どうして人になりたいと思ったのか。おまえはそれを知らないまま、ことを進めようとした。自分の願いに前のめりになりすぎたんだ」

「動機って、そんなの……」


 マリクの説明を理解しながら、だが受け入れることはできず、ヒメノは後ずさる。

 その顔から血の気を失せさせて、彼女は唇を震わせた。


「そんなの、お兄ちゃんを救いたいからに、決まってるじゃありませんか!」

「そうやって決めつけたことが、おまえの失敗だって言ってるんだよ。ぼくは」


 マリクの言い方は、癇癪を起こす子供を諭すかのようだった。


「違うんだ、ヒメノ。ディ・ティが人になりたい理由は、ぼくを助けたいからじゃない。人にならないとできないことがあるから、彼女は人になることを願ったんだ」

「それは、い、一体……?」


 過呼吸を起こしかけているヒメノを前に、マリクはディ・ティを一度流し見る。

 そして告げる。


「ディ・ティは死にたいんだよ」

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