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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
幕間 バーンズ家の色々諸々冬景色

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第542.5話 ある夫婦の会話

 時間は少し遡る。

 マリクがルイに長時間お説教をブチかましている、その同時刻。


「落ち着くべきところに落ち着いた、というところでしょうかな」


 カツンと靴音を硬く鳴らして、黄色いサングラスのインテリヤクザが口を開く。

 彼は山野上修郎。またの名をシュロ・ウェント。


 自らを博徒と自認する、非常に胡散臭い見た目をした男である。

 白スーツをバチっとキメている恰好ながら、日本では小学校教師をしている。


 異世界では死ぬまでヒーラーだった男でもある。

 何より彼は、バーンズ家次女であるヒメノ・バーンズの夫だった。


「はい、さすがはお兄ちゃんですね」


 シュロの言葉に応じたのは、まさにそのヒメノ本人。

 二人は礼拝堂のような場所で、ずっとマリクの戦いを見守り続けていた。


 そこはギオの『眷属』となったシュロの異階。

 病院と学校を含む巨大総合施設の形をした異階の一室で、二人は観戦していた。


 空間を四角く切り取ったような大きなスクリーンに、マリクが映っている。

 彼は今もルイ・ヴァレンツァに説教をしている最中で、目が一切笑っていない。


「……ヒメノ君のお説教を彷彿とさせる顔ですね」

「え、そうですか。お兄ちゃんと似てるなんて、嬉しいです!」


 半分顔を青くしているシュロの言葉に、ヒメノは本気で嬉しそうに笑った。


「ヒメノ君、そこは多分、喜ぶべきところではありませんよ」

「あれ、そうでしたか……?」


 指摘されてキョトンとなるヒメノ。

 その表情一つにしても、計算し尽くされたかのような美に溢れている。


 令和の日本でヒメノが『姫君』などとあだ名されるのも、その美貌あってのこと。

 しかし、シュロにとってはすでに見慣れた妻の表情でしかなく、


「ヒメノ君は相変わらずズレているのですね」

「シュロさんに言われたくありません。聞けば、仁堂小学校の入学式もその格好で参加したとのことではないですか。さすがにそれはわたくしもどうかと思いますよ?」


「何と!? この小生のフェイバリットコーデの何がおかしいというのです!」

「えっと、何もかも?」


「言葉を選んだつもりでしょうが、割とどストレートに全否定ですよヒメノ君!?」

「あれ、そうでしたか。でも、絶対おかしいです。絶対」

「さらなる追い打ちッ!?」


 ヒメノとシュロは、大体、いつもこんな会話を繰り広げる夫婦だった。


「おや、お説教が終わりましたか」


 スクリーンの向こうの変化に、シュロが気づく。

 灰色の平原の中でマリクとクラマが話している様子が映っている。


 ルイはその場に崩れ落ちて、まだ泣き続けている。

 その姿を、ヒメノは胸の前で両手を重ねて、案じるように見つめていた。


「ルイ様、はぐれ『高天一党』の方の能力で正気を失われていたのですよね。後遺症は残っていませんでしょうか。一度、診てあげた方がよいのかも……」

「おやおや、ヒメノ君は何とも優しいですね。高橋家であれだけバチバチにやり合ったお相手でしょうに、ルイ・ヴァレンツァ女史は」


 シュロが肩をすくめると、ヒメノは真剣な顔つきで彼を見とがめる。


「シュロさん、そのような言い方は感心しかねます。どなたであろうとも、心身の健康を願い、そのために手を尽くす。それが『治し屋』さんの信念でしょう?」

「然様ですね。これは失礼。小生が間違っておりました」


 二人が話している間に、マリク達はクラマの『外区』を出て行った。

 外に出られると、ここからではマリクの姿を追うことは不可能になってしまう。

 スクリーンが消えて、広い部屋の中に二人だけが残る。


「もうすぐ戻ってくるでしょうね、マリク君は」

「わかっています。お兄ちゃんはちゃんと答えを出すに決まっています」


 ヒメノの声からは、マリクに対する絶対的な信頼が感じ取れた。

 シュロは今さらながらの話題を、ここで切り出す。


「マリク君の傷を癒すために自分の命を使う。それを容認することが、小生がヒメノ君と結婚するための条件でしたね。ああ、何とも懐かしいお話です」

「はい。そしてそのときは、もうすぐそこまで迫っています」


 そう語るヒメノの顔に表れるのは、絶対に揺らぐことのない不変の決意。

 彼女は自らを肉体を、神が宿る器にすることを画策していた。


「光と闇の神ディディム・ティティルに己の肉体を明け渡し、神を人化する。そのためにディディム・ティティルの前身であった生命の神のかけらを子孫に集めさせることまでした。何とも遠大で、そして呆れた計画ですね、ヒメノ君」

「わかっています。でも、これがお兄ちゃんの傷を癒すための最適解です」


 異世界では、ディ・ティはマリクと婚姻を交わしながら、彼の傷を癒せなかった。

 マリクの中にある『憎悪』を、克服させることができなかった。


「全ては、ディ・ティ様が神であることが原因です」

「それがヒーラーたるヒメノ・バーンズの所見、ということですな」


「そうです。お兄ちゃんはディ・ティ様を愛しています。同時に崇拝もしています。その崇拝の念が、お兄ちゃんとディ・ティ様の間に横たわる絶対的な溝なんです」

「神と信徒は上下の関係。夫と妻は左右の関係。なるほど、交わりませんね」


 シュロの例えにコクリとうなずき、ヒメノは静かに目を閉じる。


「ディ・ティ様こそ、お兄ちゃんの傷の特効薬なんです」

「だが神であることが、その特効薬の効能をほぼ無効化してしまうのですね」

「そうです。だからディ・ティ様には、人になっていただきます」


 いとも簡単に、ヒメノはそれを口にする。

 神を人にするなど、異世界の価値観でも到底許されないほどの、大それた手段だ。


「ふむ、つまり――」


 しかし、シュロの観点は少し違った。


「小生はマリク君にヒメノ君をNTRれるということですな。これは業が深い!」

「……えぬてー、何ですか?」

「フ、何でもありませんよ。ヒメノ君が気にするほどのことではありません」


 小首をかしげるヒメノを前に、シュロはサングラスのブリッジを上げて薄く笑う。

 ただし、内心は『ヤバかったですね。今のはヤバかった』と汗ダラダラである。


 忘れかけていたが、日本におけるヒメノはまだ女子中学生。

 しかも一応は名家の出でもあるため、ヨゴレたサブカルとは縁遠い存在だった。


「あの、シュロさん……?」

「しかし、しかしですよ、ヒメノ君!」


 ヒメノが蒸し返す前にシュロは速攻で話題を変えようとする。


「ディディム・ティティル神の人化計画、果たして、上手くいくのでしょうか?」

「上手くいきますよ。わたくしが、必ずや成し遂げます」


 断言するヒメノからは、相変わらず決意と意気込みを感じる。

 しかし、だからこそシュロは思った。


 ――明らかに入れ込んでいる。


 気負っていると言っても過言ではないくらいに、今のヒメノは冷静ではない。

 それを指摘すれば、ヒメノは認めるかもしれない。だが改まることはないだろう。


 ヒメノにとっては生涯を賭した宿願が成就する寸前なのだ、当然の話ではある。

 しかし、シュロは素直に『ヒメノらしくない』と思った。


「ヒメノ君、大勝負を前にしたときこそ、冷静であるべきですよ」

「わかっています。わたくしはいつも通りですわ」


 ほら、忠告してもこの通りだ。

 今の彼女は明らかに、いつものヒメノではない。


「……シオン君がいれば、違ったのかもしれませんがね」


 シオン・バーンズはシュロとヒメノの息子で『治し屋』二代目座長になった男だ。

 ヒメノは息子を可愛がっており、いつでもその話に耳を傾けた。


「シュロさん、ディ・ティ様は人になりたいという願望を確かに抱いておられます。わたくしの示した方法は、ディ・ティ様のご希望にもきちんと沿うものです。そしてディ・ティ様が人になったのならば、お兄ちゃんもきっと変わってくれるはずです」

「どのように?」


「崇拝と愛情の天秤が、愛情の方に大きく傾くことでしょう」

「それは、そうなるでしょうね」


 ヒメノの推測は、シュロも認めるところではあった。

 ディ・ティが人になれば、マリクと彼女の間にある種族という壁が取り払われる。


 それは、マリクとディ・ティの距離があらゆる意味で近づくことを意味する。

 否応なしに、マリクはディ・ティへの意識を変えざるを得なくなる。


「……ですが」


 シュロは確信した。

 ヒメノはディ・ティの人化を強く望み過ぎているがゆえに、見落としをしている。


 それは、ヒーラーとしては致命的な見落としだ。

 ヒメノはその見落としに気づかないまま、前提条件を組み上げてしまっている。


「ヒメノ君。あのときの賭けを覚えていますか」


 だが、シュロはそれをヒメノに教える代わりにかつての大勝負を持ちだした。


「わたくしと結婚するときの、あの賭けのことですね」

「そう、君の願いが成就するかどうか。ディディム・ティティル神を人にできるかどうか。その可否を対象とした、小生と君の大一番です」

「それでしたら、当然、覚えていますわ」


 ディ・ティが人になれればヒメノの勝ち。なれなければシュロの勝ち。

 勝った側は負けた側を従わせることができる。

 実に単純で、そして二人にとっては非常に大きな意味を持ったギャンブルだった。


 まさに人生を賭けた一世一代の勝負。

 しかし、その結果が目前まで迫った今になって、シュロは言った。


「今のタイミングでする話ではないのかもしれませんが、小生からの提案です。賭けの内容を、一部変更させていただくことは可能でしょうか?」

「……変更、ですか?」


 突然のことに、ヒメノも少なからず驚きを感じたようで、その目が見開かれる。

 だが、彼女は刹那に落ち着きを取り戻し、


「まずはお話しください。どういう意図あってのことでしょうか?」

「簡単な話です。小生とヒメノ君の人生を賭けた最大の勝負なのだから、もっと根本的な部分を対象とするべきなのではないか。そう考えたのです」


「根本的な部分とは?」

「マリク君の傷を癒せるかどうか、ですよ」


 ディ・ティの人化は、極論すればマリクの治療行為の一環に過ぎない。

 神を人にするという事象は不遜極まりないが、それ自体は目的ではないのだ。


「……意味が理解できかねます」


 一秒ほどの間を置いて、ヒメノは怪訝そうな表情を見せる。


「人化の方が成功すれば間違いなく、お兄ちゃんの傷は癒されますわ」

「ディディム・ティティル神が人となり、マリク君に寄り添えばそうなるでしょう」


「その通りです。人化の法の成就はお兄ちゃんの寛解と同義です」

「…………」


 シュロは、肯定も否定もしなかった。

 そんな彼を、ヒメノはまっすぐ見つめて観察する。ジロジロと、容赦なく。


「――ふぅ」


 やがて、根負けしたヒメノは息をついた。


「相変わらず読ませてくれませんね、シュロさん。大したポーカーフェイスです」

「小生、博徒ですので」


「子供好きのヒーラーさんでしょうに」

「お仕事と生き様は、別ッ!」

「ええ、わかっていますわ。本当に、難しい人です。あなたは」


 ほんのかすかな苦笑を見せて、ヒメノは首肯してみせる。


「わかりました。シュロさんの提案を受け入れましょう。わたくしとあなたの勝負の内容は、お兄ちゃんの傷が癒せるか。その一点としましょう」

「グッドですよ、ヒメノ君」


「シュロさんが何に気づいたのかはわかりかねますが、この勝負はわたくしが取らせていただきます。道具も、手段も、心情も、全てが揃っているのですから」

「いけませんね、ヒメノ君。勝負が決する前の勝利宣言はただの負けフラグですよ」


「えっ! そうなんですの!?」

「あ、いや、そういう通説があるというだけで、ですね……」


 再び炸裂した女子中学生の無知に、逆に狼狽するシュロだった。

 同時刻、星海港でマリクが高橋摩碕を蘇生していた。

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