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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
幕間 バーンズ家の色々諸々冬景色

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第534話 赤の只中、座し黙し

 曲がりくねった暗い通路の終わりが、やっと見えてきた。

 随分長く歩いた気がするし、あんまり歩かなかったなという気もする。


 その辺の感覚は、全くアテにならないだろう。

 何せここはウチの七男の肚の中。

 物理法則何それ美味しいの? がまかり通る超常現象スポット(国)である。


「キシシシシシシシシ! そろそろ出口でございますよ~!」

「いやぁ、何の役にも立たなかったな、おまえの案内!」

「キシシシシシシシシシシ! 過分な評価恐れいりましてでございますよ~!」


 褒めてないよ。

 一切、褒めてないし称えてない、評価も全くしてないよ。


 だってこのヒョロ長い七男の分身、ずっと先頭歩いてただけじゃん。

 道、ずっと一本道だったし、案内もへったくれもあってたまるか状態だったぞ。


 だが、それでもこいつがいなければ、俺達はそもそもここに来れなかった。

 その一点で、アオが俺達に同道してる意味は、ないでもなかった。


「あ、出口ですよ!」


 ユユが少し先にある光が射している場所を指さす。

 周りが暗いため、非常にわかりやすい出口だ。


「……さて、どこの『区域』に出るかな?」

「クラマ師が『眷属』だとしたら、まずは『外区』になるのでは?」


「ギオだからなぁ、クラマのこと気に入りそうじゃね、あいつ」

「ああ、そうかもしれませんね……」


 俺とマリクが話ながら歩いていると、ふと、近くから視線を感じた。

 アオのヤツは俺達よりも前を歩いているため、必然、視線の主は一人に絞られる。


「どうした、ユユ?」

「え、あ、ぁ、あの……」


 どうやら、今まさに俺に話しかけようとしていたようで、ユユは挙動不審になる。

 そんな露骨な視線向けてきたら、声なしでも気づくっての。


「あの」

「何スか?」

「『区域』って、何のお話でしょうか……?」


 控えめな物言いでおずおずと切り出されたユユの疑問に、俺は「ああ」と一声。

 そうか、ユユはギオの『高天禍肚(タカマガマガハラ)』について何も知らんのか。


「今、俺達がいる場所はウチの七男のギオの異面体の中だ」

「それは、はい。知ってます。まだ信じられないですけど……」


 ま、すぐには噛み砕けないだろうな、この規模の異面体は。

 ヒメノの『竜胆拠(リンドウキョ)』すら遠く及ばない隔絶した規模の異面体。


 それが、ギオの異面体であるタカマガマガハラだ。

 俺が知る中でも、ここまでのバカげたサイズの異面体を有するのがギオだけだ。


 それはきっと、ウチも誰もが同じはずだ。

 異面体を日常的に使っていた俺達ですらそうなのだ。


 三百年後の異世界を生きた『未来の出戻り』であるユユには信じがたいだろう。

 話を聞くに、三百年後の異世界で異面体使ってるヤツはあまりいないみたいだし。


「ギオのタカマガマガハラ――、名前が長ェからとりあえずマガハラって呼ぶがな、このマガハラは、言ってみりゃ泡の寄せ集めなんだよ」

「泡、ですか……?」

「そう、その泡の一つ一つが異空間なんだよ、ユユさん」


 マリクが、俺の説明に捕捉を加える。


「ギオ本人が陣取ってるのが中心にある『首都』。その周りにあるのが『高天一党』やらお気に入りの眷属やらがいる『内区』。そして『内区』の外側にあるのが、通常の眷属やらがいる『外区』って感じに分かれてんだよ」

「『内区』が百くらいで『外区』が千を超えてましたっけ、総数」

「俺が異世界でくたばったときはそんなモンだったか。今はどうかは知らんけど」


 俺とマリクがつらつらと説明を続けると、ユユは小さい口をあんぐりさせた。


「異面体、なんですよね……?」

「そーだよ。一個人の異面体だよ。笑うわ~って規模だけど」

「信じられません……」


 ユユが半ば絶句したままつぶやくが、こっちとしては慣れたモンである。

 異世界時代、何回か家族旅行の旅行先に選ばれたからな、マガハラ。


「その『内区』と『外区』は、どう違うんですか?」

「デカさ」


 両方に行ったことのある俺は、明快な答えをユユに示してやる。

 ユユは知らないが、ここで一つの例を挙げることができる。枡間井未来だ。


 ギオの眷属となったあいつは『眷属符』によって己の異階を形成した。

 それは、仁堂小学校の校舎そのものだった。


「『内区』も『外区』も異階と同じ性質を持つ異空間だ。そして『外区』は広めの施設一つ分程度の空間なのに対して『内区』は小さい街一つ分くらいの広さがある」

「そんな広い空間が、百個も……?」


 再び、ユユが言葉を失う。

 この新鮮な反応、家族内じゃ得られなかった未知の栄養分を感じるゥ!


「さてさて」


 出口を眼前に置いて、俺は小さく笑う。

 通路の先にあるのは白い光だけ。その先にある景色を見ることはできない。


「クラマのヤツ、どんな場所にいるんだか。賭けねぇか、マリク」

「…………」


 隣に立つマリクにケラケラ笑って言葉を投げるも、返されるのは重い沈黙のみ。

 横顔を覗くと、そこにはまっすぐ先を見つめるマリクの厳しいまなざしがあった。


「行くか」

「はい」


 俺が促し、マリクがうなずく。アオはとっくに外に出て、後ろにはユユが続く。

 三人のうち、最初に踏み出したのはマリクだった。


 その背中が白い光の中に霞んで消えていくのを確認し、ユユが歩き出す。

 最後に俺が通路を出て、視界が白い光で満たされる。


 ――俺達は『高天禍肚』に到着した。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 まずは、想像してみてほしい。

 澄み渡る空と、申し訳程度の雲と、中天に一際輝く大きな太陽。


 降り注ぐ陽射しはただただ明るくて、流れる風と満ちる空気はさわやかで。

 景色は、見渡す限りどこまでも続く大平原。


 生い茂る草が風に揺れてさわさわと音を鳴らしている。

 耳に届くその音の、何と心地よいことだろう。


 立っているだけで心が洗われる、そんな素晴らしい風景を想像してほしい。

 どうだ、想像したか? したな?


 それでは、告げよう。

 その風景に、色はなかった。全て、何もかもが、灰色に染まっていた。


 白い光を超えた先、俺達を出迎えたクラマの異階は、灰色の世界だったのだ。

 色がない。彩りがない。

 一切合切まるっきり、灰色グラデで構成された白黒テレビの世界観だ。


「絶対目に悪ィだろ、これ……」


 単色の風景ってのは漫画でも見るっちゃ見るが、絵と現実じゃこうも違うかね。

 絵の方は絵とわかってる分、受け入れるのは簡単だが、この風景は現実だ。


 だからこそ現実感がない。

 VRでモノクロ映画の世界に潜り込んだかのようだ。


「これが、クラマ師の異階……?」


 マリクが、周りに視線を走らせている。

 ユユはその場に突っ立ったまま、灰色の世界に圧倒されている。


「キシシシシシシシシシシ! キシシシシシシシシシシシシシシシシシシ!」


 アオはただ笑っていた。

 こいつの笑い声、犬猫の鳴き声みたいなモンだな、多分。


 ちなみに、俺達には色がついている。

 マリクもユユもアオも俺も、みんな仲良く天然色のフルカラーだ。


 だからこそ、灰色の世界から浮き立っているようで、現実感が迷子なワケだが。

 しかし、それにしてもこいつは――、


「広い、ですね……」


 我に返ったユユが、マリクに遅れてキョロキョロと辺りを見回し始める。


「大きな施設が何個も入りそう……。ここは『内区』、でしょうか?」

「いや、違うな。ここは『外区』だ」


 鼻先をすんと動かし、俺はそれを断言する。

 ユユは「え?」と意外そうな顔をしてこっちを見る。そうか、わからないか。


「マリク」

「気づいてます」


 呼びかけて、戻ってくるのは『委細承知』を含む声。

 そうか、さっき周りを見回してたのも『コレ』を確認するためだったか。


「こっちですね」


 目印になりそうなものが何もない中、マリクが無造作に歩き始める。

 俺はすぐにそれを追って、ユユも「え? え?」と戸惑いつつ、さらに続く。


「キシシシシシシシシシシシシシシシ!」


 最後尾からアオの鳴き声が聞こえてきた。位置把握しやすいわぁ、こいつ。

 そこからしばらくの間、俺達は無言のまま歩き続けた。


 どこまでも続く、変わることのない灰色の平原。

 しかし、目に見えないところで、変化は徐々に表れ始めていた。


「な、何か、空気が重くなってるような……」


 ユユが、弱い調子でそう漏らす。

 ここまでくれば、彼女でも感じ取れるくらいにはなっているだろう。

 俺は、ユユが感じているであろう違和の正体を教える。


「血臭だ」

「え、け……?」

「血の匂い。そして、死の匂いだ」


 それは異世界にいた頃、戦場で日常的に嗅いでいた、慣れ親しんだ匂いだった。

 ユユが気づけなかったのは、未来の異世界が割かし平和だからだろう。


 俺やマリクは、速攻で気づけた。

 離れていてもわかる程度の広さしかないのなら、ここは『外区』だ。


「いたな」

「はい」


 立ち止まり、俺は景色の先にいる男を指さす。マリクがコクリとうなずいた。

 その男は積み上げたものに腰かけ、沈黙を保っていた。


「……これは」


 ユユが、のどの奥からうめきを漏らす。

 驚愕するか、もしくは気絶でもするかと思ったが、堪えたか。案外、肝が太い。


 そういえばユユはヒメノの子孫で『治し屋さん』の座長だったっけか。

 それだったら、未来の異世界でも普通に接しててもおかしくない。


 ――死体なんざ、な。


 灰色の平原の上に、おびただしい数の死体が転がっている。

 ザッと見ただけでも二桁、それも二十や三十じゃきかない数の死体があった。


「よぉ、クラマ」


 俺は近づき、声をかける。

 灰色の平原に投げ捨てられた死体の周りに大きな血だまりができていた。


 俺達が感じた匂いの原因はこれだ。

 今も、やや時間を経た血の匂いがむせかえるほどの濃さで辺りに充満している。


 クラマ・アヴォルトは、その真ん中に座っていた。

 積み上げた死体を、椅子の代わりにして。


「クラマ師」


 何も言わないクラマに、今度はマリクが声をかける。


「……彼らは?」


 マリクは、そこにある死体を眺める。

 子供はいない。全て大人。男女区別なく、若年から老人まで年齢層は幅広い。


「こいつらぁ」


 と、クラマがやっと口を開く。

 その全身を返り血に染めた、マリクの師にして俺の部下は、告げてきた。


「全員、『賢明教団』の信徒さん方だねぇ~」

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