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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
幕間 バーンズ家の色々諸々冬景色

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第531話 対話篇:宙船坂集/後

 マリクの中にある『答え』はたった一つ。

 ぼくは、この世界から消える。


 それだけだ。

 それだけしかないはずだ。


 だが、目の前にいる彼は言う。

 しっかりと、こちらを見据えて、まるで確信を抱いているかのような物言いで。


「君の中には実は『全く別の答え』もあったりしないかい?」

「…………は?」


 何を言われたのか、わからなかった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 集は語る。


「元からおかしいんだよ、この巡礼、そのものが」


 マリクはその言葉を、理解できない。


「おかしい、ですか……?」

「そうさ。だって君の中では、すでに最終結論(『答え』)が出てるんだから」


 それは集の言う通りではあった。

 ヒメノが示した道も、ルイが主張した道も、マリクからすれば穴だらけだからだ。


 妹の献身は嬉しく思う。

 だが、本当に神を人に変えることなど可能なのか。


 仮にそれが可能であり、実現したとして。

 では、ディ・ティが人になりさえすればマリクの問題は全て解決するのか。


 もちろん、そんなはずはない。

 可能性としてそれはありうるだろうが、可能性としてありうるだけだ。


 確かな成果があるかもわからない方法に、ヒメノは命を捧げようとしている。

 はたから見れば無謀とも思えるその決断は、彼女の願望にかかわるものだからか。


 自分の命をマリクとディ・ティのために使いたい。

 マリクへの贖罪の念から始まったその願いに、ヒメノは支配されてやいないか。

 そこに、マリクは深い危惧を抱いている。


 また一方で、ルイ・ヴァレンツァだ。

 異世界におけるマリクの唯一の弟子で、賢明教団の実質的なトップだった女。


 ヒメノもディ・ティも排して、マリクは今度こそ己のみで自らと向き合うべき。

 それがルイの主張で、そのためなら彼女は自分自身もマリクから遠ざけるだろう。


 ルイから寄せられる信頼が本物であることは、マリクだってわかっている。

 だが、そこにかすかに混じる偶像崇拝的な視点にも、彼は気づいていた。


 他の賢明教団の教徒達は、マリクとマリクと認めなかった。

 その裏にあるのは、過ぎた信仰によって己の中に築き上げた実体のない偶像。


 マリク・バーンズではなく、マリク・バーンズという名の神を彼らは信じていた。

 それはもはやただの妄信であり、盲信でしかない。


 その点で、ルイと彼らとは決定的に違っている。

 しかし、ではルイはちゃんとマリク自身を見れているかといえば、NOだ。


 彼女の中にも、他の賢明教団の教徒と共通する傾向はある。

 すなわち、己の中に美化された偶像としてのマリクを宿しているという点だ。


 ルイは自分を信頼してくれている。

 しかし、それは言い換えればマリク自身に全てを丸投げする無責任さでもある。


 マリクだからできる。

 という、無責任な期待と安易な判断を、マリクはよいものとは思わない。

 ルイはマリクのことを色眼鏡で見すぎている。


 それに、ヒメノも、ルイも……。

 マリクは、今度はしっかりとした決意を宿した瞳で、集を見据える。


「ぼくは消えるべきなんです」

「そうすることが、一番、周りに対して悪影響を残さずに済む選択だからだね」

「そうです」


 集に深くうなずいて、マリクは自身の『答え』について説明をする。


「ぼくが『真念』に目覚めることで、自分への『憎悪』を根とする自己亡却の異能態が発動するはずです。それで、ぼくは消えてなくなる。世界にほぼ完全に何の影響を残すこともなく、ヒメノやディ・ティ様を不幸にすることもなく、です」

「ほぼ完全に、なんだね」


 マリクの説明を聞いて、集はそこに気づく。さすがに耳ざとい。


「そうですね。亡却という現象は、同じ亡却系の能力を使える人には効果が及ばない場合があるらしいので、例えば、お父さんとか」

「おまえなぁ……」


 マリクの視線を受けたアキラが肩を落としてため息をつく。


「それ、実質『これから死にます宣言』じゃねぇか。バカがよぉ!」

「ごめんなさい、お父さん」


 謝罪はすれども、自らの出した『答え』をこの場で撤回することはなく。

 集は、アキラに向かって尋ねる。


「アキラはマリク君が出した『答え』を認めるのか?」

「認めるワケねぇだろうがよぉ」


 答えるアキラの声には、やたらとドスが利いていた。


「マリクは俺の息子だぜ? 敵は壊す。家族は愛す。それが俺なんだよ、親父」

「だったら、何で今、この場でマリク君を止めないんだい?」

「それが、マリクが選んだ道だからだ」


 アキラは何かを堪えるように自ら腕を組んで、自分の腕に爪を立てる。


「『おまえの心はおまえのもの』。その教えを子供達に伝えた俺が破るのはダメだろ。例え、それが自滅という結末を招くものだとしても、俺はマリクを尊重しなくちゃいけねぇんだ。それがバーンズ家の在り方だと、俺自身が示さなきゃいけねぇ」

「身内同士でモメた場合は?」


「モメることを決めた当人同士で白黒つけりゃあいい。俺は別に関わらねぇよ」

「……なるほど。うん、そうか」


 集は何かを考え込むようにしながら、うなずく。

 バーンズ家同士で本格的にモメた記憶は、マリクの中では一度しかなかった。


 それが、末っ子の名づけ権をかけたバーンズ家名づけ戦役だ。

 あのときにはアキラ軍とミフユ軍に分かれて、血で血を洗う大戦争が行なわれた。


 だがそれだって、各々が自己判断で参加したに過ぎない。

 アキラもミフユも、参加の可否については何も言うことはなかった。


「つまりアキラは、マリク君を止めるつもりはないんだね」

「まぁな。……マリク自身が翻意することは、心から願っちゃいるけどな」


「大したお父さんっぷりだね、アキラ」

「ね~! アキラちゃん、すごいよね~! 立派だよね~!」

「黙るがいいんですよ、日本の実父に異世界実母! ライミはマスクしてろやッ!」


 照れて叫び出すアキラに、マリクは感謝の念しか抱けない。

 自分が考えていることは親不孝の極みだろうに、それを邪魔しないでいてくれる。


「うん、だから余計にわからないね。この巡礼の目的は何なんだい、マリク君」


 そして話題は一周して、集は話の筋をそこに戻した。


「巡礼の目的、ですか? それはぼくの出した『答え』が正しいかどうかを確かめるために、ぼくと共通する何かを持った方々のお話を――」

「聞いたところで、君は考えを翻すつもりはないんだろう?」


 だが、言い終える前に集がマリクを否定する。

 そしてその内容を、またしてもマリクはすぐには理解できなかった。


「え……」

「君が出した『答え』は、君が異世界で生涯をかけて自問して、その末に到達した結論なんだろう? それはとても重いものだ。おいそれと他人が否定できるものじゃない。そして、他人が否定してひっくり返せるものでもなさそうだ。違うかな?」

「それは、まぁ……」


 集の言っていることは正しい。

 そうだ、これはマリク自身の生涯を賭した命題に対する最終的な答えでもある。

 誰に何を言われようと、今さら揺らぐようなものでは――、


「え、ぁ、あれ……?」

「そうか、気づけたのは、今か……」


 マリクの『答え』は揺らがない。

 なのに、その『答え』が正しいかどうかを考えるための巡礼とは、何なのか。


「だから僕は、君の中に『自分を消す』以外の『答え』があるんじゃないかと思ったんだよ。こんな子供でもわかるような簡単な矛盾をしてしまっているから」

「矛盾……」


 そうだ、これは矛盾だ。集の言葉通り、あまりにも簡単な矛盾だ。

 すでに出ている答えが正しいかどうかの確認など、どうしてする必要があるのだ。


 言われて自覚できた、その稚拙に過ぎた大きな矛盾。

 まさか『憎悪』が、自分の中にある『憎悪』が、認識を阻害したとでも……?


「マリク君」


 思考に沈みかけていたマリクは、集の呼び声でハッと我に返る。

 顔を上げると、そこにはさっきと変わらずまっすぐにこっちを見据える彼がいる。


「二つほど、僕から君に言いたいことがある」

「それは……?」


「一つは、もう遠回りするのはやめた方がいい」

「……遠回り、ですか?」


「そうとも。今、気づいた通りに、君の中には何か、君自身がまだ自覚できていないものがある。多分だけど、君はそれを知らなければならない。と、僕は思う」

「はい、確かに」


 急に形を帯びて浮上してきた、自分の中にあった大きな矛盾。

 それが自分にどんな影響を与えるのか、今の段階では完全に未知で、それが怖い。


「だから君は、あの人の言葉を聞かなければいけないんだと思うよ」

「……あの人?」

「佐藤鞍間先生。――クラマ・アヴォルトさんだよ」


 聞かされた名前に、マリクは大きくその目を見開いた。

 クラマ・アヴォルト。集の恩師であり、異世界でアキラの部下でもあった男だ。


 そしてディ・ティのランタンの先代の所有者であり、聖職者としてのマリクの師。

 ここまで、名前が出ていないことが不思議なくらいの立場にある男だった。


「もしかしたら君の巡礼は、あの人の言葉を聞くためのものなんじゃないのかな?」

「そう、かもしれません……」


 言われて、マリクは異世界で師と仰いだ彼のことを思い浮かべる。

 飄々として掴みどころのない、風に舞う布のような男だった。


 だが、戦乱ばかりの異世界にあって、強い芯と美学を持った聖職者でもあった。

 マリクにとっては、特に大きな影響を受けた人間の一人に数えられる。


「あの人には僕から連絡しておくよ。住所は、前に教えてもらったから」

「ありがとうございます、集さん」


「それともう一つ、言っておこうと思うよ」

「はい」


 集の瞳に宿る光が、鋭さを増す。

 これこそが、彼が本当に言いたいことだと、その眼光から伝わってくる。


「――マリク君。君は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その問いかけを最後に、集とマリクの対話は終わりを迎えた。

 結局、マリクは集からの最後の質問に、答えを返すことはできなかった。

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