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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
幕間 バーンズ家の色々諸々冬景色

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第530話 対話篇:宙船坂集/前

 宙船坂家の居間で、マリクと集が向かい合って座っている。

 煌星学園の屋上でキリオとそうしたように。


「もう、大丈夫なのかい?」

「大丈夫です。ご心配おかけしました」


 まずは、マリクが深々と頭を下げる。

 集は笑顔で「ならよかった」と返して、だがその笑みもすぐに消える。


「えっと、えっと……?」


 二人の間に流れる張り詰めた空気を感じ取ったか、ライミが視線を右往左往する。

 近くに座っているアキラが、呆れたように鼻を鳴らす。


「何やってんすか、異世界実母様よ?」

「え、あの、えっと……」


 ライミは何やら焦りを浮かべて、尋ねた。


「何が始まるの? 第三次世界大戦?」

「おまえ、最近変な映画見ただろ」

「え、わかるの!?」


 仰天するライミだが、アキラには一目瞭然だった。

 何故なら、この前、お昼のロードショーでやっていたのをタマキと見たからだ。


「別に、戦争なんぞ始まりゃしねぇよ。黙って見てろ」

「本当に? 大丈夫? 二人ともケンカしない?」


「するかよ。マリクも親父も、何かあったら自分の責任にして落ち込むだけだろ」

「あ、そっか。そうだね! なぁ~んだ、心配して損しちゃった!」


 アキラの言葉にうなずいて、パッと笑顔になるライミ。

 だが彼女は、自分を見る集のいたたまれなさそうな表情に気づいていなかった。


「ライミちゃん、ちょっと、静かにしてくれるかな?」

「あ、何かごめんなさい」


 ここで謝れるライミは、悪い子ではなかった。

 そして彼女は、チラリとマリクの方を見る。

 集に静かにするよう言われたが、それでも思わず、口を突いて出てしまう。


「マリクちゃん、顔色はよくなったけど、羅漢金剛仁王像みたい」

「表情が怖いって言いたいのか……?」


 文脈を読み取ったアキラが補足を入れると、ライミがコクコクうなずいた。


「すごいよね、羅漢金剛仁王像! 筋肉モリモリマッチョマンすぎるよね!」

「おまえ、如実に映画の影響受けてるな……」


「ライミちゃん、ちょっと、静かにしてくれるかな?」

「あ、ホントごめんなさい!」


 集に二度目の注意を受けたことで、ライミは今度こそ黙った。

 私は喋りません、ということを示すためか、口に二重にマスクを装着していた。


「すまないね、マリク君」

「いえ、あれでこそライミおばあちゃん、という気がします」


 マリクはそこで笑おうとするが、唇の端がヒクリと動いただけだった。

 それに気づいた集は、再び表情を引き締めて、告げる。


「ところでマリク君」

「はい?」

「『自分で消えるのが正解』という考えは見当違いだから、やめておくといいよ」


 その忠告に、マリクは目を見開いた。

 集とマリクの対話篇は、この単刀直入な指摘から始まった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 マリクの表情から、集の言葉が図星であることは明らかだった。


「親父、マリクが、何だって……?」

「言った通りさ、アキラ。マリク君は『自分が消える』のが正解だと思っているよ」


 何のことはないように、集はマリクの内心を言い当てる。

 そして、問うた側のアキラも小さくため息をこぼして、


「やっぱり、そうなのか……?」


 と、これもまた集の言い分に同調するように漏らし、マリクを見ようとする。

 事態についていけていないのが、ユユとライミだ。


「あの、太父様、一体どういう……?」

「おじさん、ねぇ、おじさん! マリクちゃん、消えちゃうの!?」

「……消えるつもりなんて、ありませんよ。ぼくは」


 騒ぐ二人であったが、マリクが落ち着いた声音で言ってかぶりを振る。

 それだけで、ライミは途端に安堵して胸を撫で下ろす。


「な~んだ、びっくりさせないでよ、もぉ~」

「嘘をついちゃいけないね、マリク君。それは僕には通じないよ」

「ええッ、嘘なのォ!?」


 今度は集の言葉にライミが愕然となる。

 その激しいリアクションに、ユユは『え、うわぁ……』という顔になっている。


「おまえ、ちょっと本気で黙っててくんね? 足りてないよ、マスク」

「むぐむぐむぐ……」


 アキラに呆れられて、ライミはマスクを三重にした。ちょっと息苦しそうだ。


「マリク君」


 そんな周囲を置き去りにして、マリクと集は互いに向かい合っている。


「今、君が聞いた通りだよ。アキラも君の願いには気づいていた。きっとヒメノさんやディ・ティ様にも気づかれているよ。隠すだけ、無駄なんじゃないかな」

「……どうして、わかったのですか?」


 押し殺した声のマリクに問われ、集はちょっとだけ苦さを含む笑みを浮かべる。


「君が、僕によく似ているからさ」

「集さんが、ぼくに……?」


 マリクが首をかしげる。

 その一方で、アキラが「あー!」と納得したように手を打った。


「似てる似てる、ちょー似てるわ! いつもは弱っちい穏やかな人間装ってるクセに我慢の限界が来るとブチギレて無茶やらかすところとか、でも限界が来るまでは何があっても我慢しようとして、抱え込んじゃって結局リミット迎えるところとか!」

「アキラ……」


 集が何故か寂しげな顔になるが、アキラの隣でライミも深くうなずいていた。


「ま、まぁ、そういうワケだよ……」


 彼はアキラの言葉を否定しなかった。

 できなかったのだろう、と、マリクは思った。何故なら自分もだからだ。


「以前にもこの家で、君と僕は意気投合したことがあったろ? 僕達はきっと、気質の部分で似通っている部分が多いんだ。それに立場の上でも、ね」

「立場……」

「君はディ・ティ様の司祭で、僕も一応、カディ様の司祭だからね」


 また苦笑しながら「一応だよ、一応」と集は付け加える。


「前に、僕は君に言ったね。割り切ることは難しい、と」

「そうですね。そう言っておられましたね」


 カディルグナとディ・ティの交流のため、マリクがここを訪れたときのことだ。


「そう、割り切ることは難しい。僕達は『いつか、自分がやったことの責任を取らなければならない』と思い続けながら生きてきた。少なくとも、僕はそうだったよ」

「ぼくもです、集さん」


「だろうね。だから、わかるんだよ。君は、消えようとしている」

「…………」


 マリクは答えず、ただうつむいた。

 膝の上に置かれた手がギュッと強く握られる。集にはそれで十分だった。


「衝動的に決めたこと、ではないのだろうね」


 これもまた断定するような物言いで、集は話を進めていく。


「何回か会って、今こうして話していて、僕は確信を深めているよ、マリク君」

「何にでしょうか……?」

「君が、自らを律するすべに異常なまでに長けている、ということにさ」


 そう言われただけで、マリクは集の考えていることに気づく。

 そして感嘆する。この短い会話で、彼はそこまで自分のことを見抜いてくるのか。


「マリク君は、自分の中にある激しい衝動とずっと戦い続けてきたというからね。その君が、衝動に流されて大事なことを決めるなんて、それこそありえない。だって君はこれ以上なく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……抗い慣れている、ですか」


 なかなか聞かない言葉ではあるが、マリクの中でその表現はしっくりと来た。

 集の言う通り、自分はずっと己が宿す『憎悪』と戦ってきた。


 常人であれば瞬間的な激情に我を忘れることもあるだろう。

 しかしマリクはそうではない。常時の彼であれば、激情などに心を乱されない。


 そういう部分は決して『怒り』に狂わないアキラとよく似ていた。

 また、努めて冷静であろうとし続ける集とも通じている部分ではあった。


「つまりだよ、マリク君」


 マリクを見る集の瞳が、一段、鋭さを増す。


「君はずっと『消えること』を考えてきた。死ぬのではなく、消えることを。それは異世界では死が取り返しがつくものだったからだ。君は、前世の時点で、今考えている答えに偏っていたということになる。君は、この世界から消えようとしている」

「はい、そうです」


 ここまで言い切られた以上、否定はするだけ無駄だった。

 うなずいたのち、マリクはアキラを見る。尊敬する父は無表情で腕組みしている。


「異世界での幼少時、ディ・ティ様と出会えたことでぼくは『死にたがり』から今のぼくになることができました。でも、それでぼくの中にある『消えたい』という思いが消えたわけではないんです。ぼくの中に、その願望はずっと燻り続けていた」

「君のことだ、きっとその願いが正しいかどうか、ずっと吟味していたんだろうね」

「はい」


 消えたいから消えたいのではない。

 自分が存在することと消えることと、どちらが周りの人々のためになるのか。


 マリクは、ずっとそれを考え続けてきた。

 異世界にいた頃、何度も頭の中でシミュレーションを重ねたものだ。


 自分がいる場合の世界と、いない場合の世界を。

 何度も、何度も、ときには魔法を用いて仮想世界を構築して実験したりもした。


 自分が生まれることなくバーンズ家の子供が十四人だった可能性を試した。

 生後、蘇生アイテムが製造されずに自分が早逝した可能性を試した。


 元々バーンズ家が存在しなかった可能性を試した。

 ミフユが自分を身ごもりながらも死産だった可能性を試した。


 アキラが、他の女性と結ばれる可能性を試した。

 これは、結局他の女性と結ばれるパターンが一切存在しなかった。


 ミフユが、他の男性と結ばれる可能性を試した。

 これも同上だった。本当にあの二人は、本当に……。


 自分が生まれてもヒメノが生まれなかった可能性を試してみた。

 自分とヒメノが生まれても、ディ・ティと出会わなかった可能性を試した。


 そもそも異世界の歴史そのものが大きく変わる可能性も試した。

 試した。試した。幾つも試した。何度も何度も、時間が許す限り試し続けた。


 そうして得られたデータの量は下手なビッグデータなどはるかに凌ぐ規模。

 ある意味、マリクは自分の人生を何千回も繰り返したに等しい。


「――ぼくは『ぼくは消えるべきだ』という結論に達しました」


 キリオが血相を変えて自分を止めようとしたのは、彼がそれを察したからだろう。

 蛾翁の出現によって、キリオとの対話は途中で終わってしまったが……。


 だが、マリクの中でこの『答え』は半ば揺るぎないものだった。

 自分は存在していいのか。

 その命題を、異世界での生涯を通じて問い続けてきた末の結論なのだから。


「それは、ディ・ティ様には話さなかったのかい?」

「話せるはずがありませんよ」


 問う集に、マリクはゆるくかぶりを振る。

 そこで集はアキラをチラリと見た。だが、父からの視線に息子は何も言わない。


「ヒメノさんが提示した人化の法か、それともルイという人が主張した道か、マリク君はそのどちらかを選ぶために高橋家を出たんじゃなかったのかい?」

「人化の法は、ヒメノが犠牲になる道です。選べるはずがありません。ルイの主張は、結局、突き詰めれば根性論です。その信頼は嬉しいけど、根拠に乏しすぎます」


「だから、消えるのかい?」

「ぼくがいなかったことになれば、みんな、ぼくを知らなかったことになりますから。亡却という現象は、そうやって人が消えることの辻褄を合わせるんです」


 結局、この巡礼におけるマリクの目的はそこにあった。

 自分の出した結論に万が一でも瑕疵があるかどうか。その確認をしたかったのだ。


「どうなんだ、アキラ?」


 亡却について、集に確認を求められたアキラは、ただ一言「ああ」とだけ返す。


「なるほどね……」

「どうでしょうか、集さん。ぼくの考えは、おかしいでしょうか?」


 キリオとの対話を経て、マリクは集にも確かめる。

 自分と気質や性格が似通った彼が、果たしてどのような意見を持つのか。


「うん、おかしいね」


 だが集は、こちらに向かってあっさりとNOを突きつけてきた。

 しかも、彼の表情を見ればわかる。その答えは感情から来るものではなさそうだ。


「マリク君」


 集が、これまで以上にはっきりとした声で、マリクを呼ぶ。


「もしかして、君の中には『全く別の答え』もあったりしないかい?」

「…………は?」


 何を言われたのか、わからなかった。

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