第523話 ヒーラーvs宗教家
さぁ~~~~て、いよいよ混沌としてまいりました!
ここで可愛らしさに定評のあるアキラ少年による『これまでのあらすじ』だッ!
だって長いからね、ここまで。
いいかげん、ちょっとまとめておかないと俺もミフユもワケわからんくなる。
では、これまでのあらすじ!
マリクがキレて母親ブッ殺したら凶器がカミさんだった。これはガ~ンだな。
ショックでカミさんが見えなくなっちゃったマリク、闇墜ち不可避!
ミフユが何とか眠らせたが、でもそれって根本的な解決にはなりませんよね?
しかし何とここで双子の妹ヒメノが『カミさん人間にしようぜ計画』を発動!
ヒメノはずっと前から計画してたらしいぜ? な、何だってェェェェ~~~~!?
しかも、実際にできそうらしいんですよね、ソレ。
マジかー、マジかー、マジでできちゃうのかー、マジかー……。
何なら、ディ・ティもちょっとその気になってるしー。
そっかー、神様って人間になりたかったんですね~。人間になりた~い! 古ッ!
けれども話はここで終わらない。
今度はずっと影が薄いままだったマリクの弟子ルイ・ヴァレンツァが電撃参戦!
何がマリク師の弟子として、だ!
おまえ、マリクの親父の愛人だったんだろ~がよ! 何それ、どういう経歴!?
ここまでヒメノのターンだったが、ここからはルイの反撃だ! 待ってたぜ!
いけいけ、ルイ・ヴァレンンツァ!
おまえのターンは終わらない。半モブと書いて準主役と読む勢いでやってやれ!
おまえはできる子だ!
俺は信じてるぞ、おまえのことなど知らんけど!
いや~、ハッハッハッハッハ、それにしてもいつ終わんだろ~な~、この茶番。
マジでやってらんねぇよ。
なぁ、マリクよ……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ルイがヒメノに向ける視線には、何とも挑戦的な光が宿っていた。
「ヒメノ様……」
ヒメノの名を呼んだのち、次いでルイはディ・ティの方を向く。
「並びに、ディディム・ティティル神」
ルイは拳を握り締めていた。
そしてその拳は、にわかに震えだしている。
「あなた方は、どれほどマリク師を侮られておいでなのですか」
「……侮っている? わたくしが、お兄ちゃんをですか?」
「そうです」
戸惑うヒメノに、ルイはしっかりとうなずいた。
そして、まだ理解が及んでいないヒメノをただすように、厳しい口調で告げる。
「先ほどから聞いていれば、ヒメノ様のおっしゃりようはマリク師を侮辱するものではありませんか。双子の妹という立場にありながら、あなたは何故そのような――」
「ま、待ってください、ルイさん!」
ルイの話を聞いて、ヒメノは逆に疑問が重なったようで慌てて遮ろうとする。
「わたくしの何が、お兄ちゃんを侮辱していると……」
「全てです」
確認しようとするヒメノだが、ルイに一言のもとに断たれてしまった。
「マリク師のためにディディム・ティティル神を人にする? そうするのに必要だから自らの魂と肉体を捧げる? 何なのですか、それは。正直に申し上げて、ヒメノ様はマリク師を愚弄していらっしゃいます。私にはそのようにしか思えません」
「わたくしがお兄ちゃんを愚弄などするはずが……!」
「だったら、何故もっとマリク師を信じて差し上げられないのですかッ!」
それは、怒号だった。
尽きぬ怒りをそのまま声に乗せた、部屋全体を揺るがさんばかりの大声だった。
『お待ちなさい、ルイ。あなたは何を問題視しているのかしら?』
「畏れながら、ディディム・ティティル神。私はあなた様がヒメノ様が示された人化の法に何も問題を感じていないことをこそ、問題視しております」
『それは、何故?』
「決まっています。マリク師の祭神であるあなた様が、自らの司祭であるマリク師を全く信じておられないからです。これは、非常に由々しき問題と言えましょう」
『私が、マリクを信じていない?』
「そうではありませんか。何故なら、あなた様もヒメノ様も、マリク師が『鬼形の真念』に呑まれることを前提に話を進めておられるではありませんか!」
神との対話でも、ルイは変わらず激しいまでの憤りをあらわにしている。
マリクが『憎悪』に呑まれることを前提にしてる、って点はその通りだけど。
「異世界にて、マリク師は己の内に宿る悪しきものと闘いながら、ついには自らの生涯を全うされました。その師を、お二人はなぜ信じて差し上げられないのですか?」
「ルイさん、あなたは……」
ようやく、ヒメノがルイの言わんとしていることに気づいたらしい。
その顔色が、少しずつ青く変じていく。
「まさか、お兄ちゃんをこのままにしろと言うつもりなのですか? お兄ちゃんは『鬼形の真念』に負けることなく、逆に打ち勝てるから、このままにしろ、と?」
「そうです。ご理解いただけて何よりです」
「何を、バカな……!」
一転してルイが笑みを浮かべるが、今度は逆にヒメノが声を荒げた。
ま、そりゃあそういう反応にもなる。
何せルイは重篤患者相手に、この患者は気合で治るからほっとけ、と言ったのだ。
マリクであることを抜きにしても、ヒーラーのヒメノには看過できねーわな。
「お兄ちゃんがどれほど危うい状況か、あなただって見たでしょう! もはや、一刻の猶予もないのです! お兄ちゃんには『対等の位置で寄り添える存在』が必要で、それが叶うのは人になったディ・ティ様だけだと、わたくしは言ったはずですわ!」
「『己の深淵を覗け、己に光明を灯せ』!」
激しい調子で言い立てようとするヒメノだが、ルイが標語らしきもので言い返す。
「これは賢明教団の骨子となる教義です。私がマリク師から最初に教えられた言葉であり、そして異世界にて内なる悪との戦いを貫き通した師の生き様そのものです」
「それが、一体何だと……」
「師は、打ち勝ちます」
まっすぐに、ひたすらまっすぐに、ルイはヒメノを凝視する。
己の主張に一片の疑問も持っていない、それは清々しいまでの信心の表れだった。
「いかに師が窮地に立たされようとも、師は必ずやこの試練に打ち勝ちます。それを、最も近い立場にいるあなたが信じずにどうするというのですか、ヒメノ様」
聞き分けのない子供を諭すような物言いで、ルイはヒメノに断言する。
だがその主張に、根拠は何もないのだろう。
強いてあげるのなら、ルイの、マリクに対する絶対的な信頼。だろうな。
あとは精神論、根性論、努力と気合と、その他諸々。
そんなもので自分を邪魔するルイに、さすがにヒメノも目つきを尖らせる。
「バカげています。お兄ちゃんはすでに限界を超えています。精神論でどうにかできるものではありません。ルイさんこそ、お兄ちゃんの何を見てきたというのです」
「心身は離れがたく、ゆえに心強くあればおのずと降りかかる厄災を振り払えましょう。ましてやマリク師です。己の中の悪になど、負けようはずがございません」
「いいえ、今のお兄ちゃんにはディ・ティ様の人化が必要なのです、ルイさん」
「そのようなことはありません。むしろ、今の師にはあなたとディディム・ティティル神は不要なのではないでしょうか。あなた方の存在は、師の心に隙を作ります」
「話になりませんね」
「それはこちらのセリフです、ヒメノ様」
眠るマリクを間に置いて、ヒメノとルイが視線をぶつけ合って火花を散らす。
一見、ルイの言い分は無茶苦茶な根性論でしかないようにも思える。
しかし、ヒメノとディ・ティがマリクに強い影響を与えているってのは正しい。
案外、二人をマリクから遠ざければ状況は好転するかもしれない。
それは無視しきれない可能性で、だからこそルイの言い分にも一応、理はある。
加えて、よくよく観察すればルイの肩が小さく震えていた。
ルイもヒメノと同じく、マリクが『憎悪』に呑まれることを恐れているのだ。
それでもヒメノの提案に否を叩きつけたのは、マリクを信じているからだ。
これがただの盲信であるなら、その身が震えることもないはずで。
だから盲信ではなく、狂信でもなく、また妄信でもなく。
マリクに対してルイが抱くのは、本当の意味での信仰、なんだとわかる。
元々、ルイが設立した賢明教団はマリクの教えを広めるためのものだったという。
だから祭神はディ・ティだが、信仰されているのはマリクの方なのだ。
ま、でも結局それってヒーラーvs宗教家だからさ、仲良くできるワケねぇんだ!
信じる者は救われるで世界が回るんだったら、お医者様はいらないからな!
「はぁ……」
俺はため息をつく。
「アキラ?」
「うん、まぁ、ここまでだな」
きょとんとなるミフユに笑いかけて、俺は自分の隣にマガツラを発現させる。
「お父様?」
「アキラ、様……?」
「いやいや、うんうん。そーだよねー」
ヒメノとルイが揃ってこちらを向いてきたので、俺は朗らか笑顔を返してやった。
「ヒメノもさ、マリクのために自分の命を差し出そうなんてさ、すごい覚悟だと思うぜ。心底感心したよ、俺ァ。その一方で、ルイもすげぇよな。自分の師匠が消えるかもしれないってわかってるのに、それでもマリクを信じ抜こうとしてるんだからよ、大したものだぜ。信仰ってやつの力を、見せつけられた気がしたよ」
言葉を重ねると共に、マガツラにノイズが走り、俺の足元で力が渦を巻く。
「た、太父様……!?」
ユユの驚きの声が聞こえるが、反応はしない。
今の俺は、それどころではないからだ。
ああ、そうだぜ。そうとも。へそで茶が沸き、はらわたが煮えくり返る。
極限まで膨張した俺の『怒り』が、肉体を変質させ、黒鋼の装甲を形成していく。
「全く、おまえらと来たら」
呆れ声に混じる、チリチリという空気の焼ける音。
異能態を発現させて黒鋼の鬼となった俺が、赤い瞳でヒメノとルイを睨み据える。
「くだらねぇ茶番を延々垂れ流してんじゃねぇよ。お茶の間の迷惑だろうが」
そして俺は、マリクを踏めつけて叫んだ。
「おまえも、いつまで寝てやがる! マリク!」
――『亡却業火』!
あらゆる存在を亡却させる白い炎が、マリクの体を包み込む。
それを見て、ヒメノが声なき声で悲鳴をあげ、ルイが驚愕に全身をこわばらせる。
『マリクッ!?』
ディ・ティが『亡却業火』を無視してマリクへ近寄ろうとする。
炎は、小さな神がマリクに触れる前にフッと掻き消える。
「ま、こんなモンか」
『何が、こんなモンか、よ! アキラ・バーンズ、あなたは何を……!?』
「そうわめくなよ、ディ・ティ。マリクが目を覚ますぜ」
『え……』
異能態を消した俺が言うと、直後にマリクが「ぅ……」と小さく声を漏らす。
どうやら俺の狙いは上手くいったようだな、これで――、
「おバカ」
「ふんぎゃあ!?」
せ、背中を肘でグリっとされたァ! 案外鋭い痛みがァッッ!?
「何するんすか、ミフユさァん!?」
「あんたこそ何やってんのよ。いや、何をしたのかはわかるけど、ちゃんと説明してからやりなさいよ! みんなびっくりしてるじゃないの!」
さすがはミフユ。
俺が何をしたのか、語るまでもなく理解したようだ。が、
「説明なんてする必要あるか? 当の本人ほっぽって『マリクの扱いはこうするのが正しい』とか寝ぼけたことホザいてらっしゃる連中だぞ? 笑うわ!」
「笑うと言いつつ、異能態使えるくらいにキレてたじゃないの」
「当然だろ。マリクの話を、マリク抜きで進めようとしてたんだからよ。なぁ?」
俺がジロリとねめつけると、ヒメノとルイは気まずげに目線を下げる。
その様子を見て、ミフユは「笑えないわねぇ」と、俺みたいにため息をついた。
「で、アキラ。どれくらい亡却したの?」
「丸一日。加減できるギリギリ一杯っすよ、ミフユさん!」
「そう。それがタイムリミットってことなのね」
そうだ。丸一日、二十四時間。
それが俺がマリクのために用意できる、最大限の猶予だった。
「今の『亡却業火』で、俺はマリクが過ごした直近二十四時間を焼き尽くした。これで一時的にではあるが『鬼形の真念』の発現を先送りにできたはずだ」
ま、それも俺がヒメノとルイの茶番にキレることができたから、だけどね。
異能態は自由に発動できないから、この手が使えるのも一回限りなのが惜しいぜ。
「――ッてワケだ。全部聞こえてたんだろ、マリク」
「はい、お父さん」
答えは返ってきた。
そして、ずっと眠り続けていたマリクがムクリとその身を起こした。
「お兄ちゃん……」
「マリク師……!」
ヒメノとルイがマリクに駆け寄ろうとする。
しかし、起き上がったマリクは右手を突き出して、二人に制止をかけた。
「二人とも、来ないでくれ」
そしてその口から紡がれたのは、はっきりとした拒絶の言葉だった。




