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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
幕間 バーンズ家の色々諸々冬景色

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第518話 愚かな罪には厳しき罰を

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


 今日も生きててごめんなさい。

 死にます。ぼく、頑張って死にますから。本当に、死にますから。


 ちゃんと死にます。

 頑張って、ちゃんと死にます。


 だからお願いします。

 ぼくのことはもう放っておいてください。


 だってそんなの時間の無駄なんです。

 ぼくは生きてたらいけない人間なのに、どうして死なせてくれないんですか。


 わかってます。

 わかってるんです。


 それって罰なんですよね。

 ちゃんと死ななきゃいけないのに死ねないぼくへの罰、なんですよね。


 ああ、ごめんなさい。

 本当に、ごめんなさい。


 ごめんなさい、お父さん。

 ごめんなさい、お母さん。


 本当はぼくなんていない方がいいんですよね。そうなんですよね。

 だけど、ぼくは子供だからぼくを死なせてくれないんですよね。知ってます。


 ぼく、頑張って死にます。

 みんなに迷惑をかけないように、今度こそ、今度こそ、今度こそ死んでみせます。


 誰も知らない遠いところで、誰にも見つからずに、死んでみせます。

 そうしたら、お父さんもお母さんも、ぼくを諦めてくれますよね。

 そうしたら、お姉ちゃんもお兄ちゃんも、ぼくを諦めてくれますよね。


 ああ、あいつは悪い子だったんだ。

 死ぬべきヤツだったから、死んでよかったんだ。そう思ってくれますよね。


 え、ヒメノ? ……ヒメノ。ヒメノ。ヒメノ?

 ヒメノ? ヒメノ? ヒメノ? ヒメノ? ヒ、ヒ、ヒ、ヒ、ヒメ、ノ……?


 ああ。

 ああああ。


 ああああああああ。

 ああああああああああああああああああああああああああああああああ。


 ごめんなさい。

 ごめんなさい。ごめんなさい。


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい!


 死にます。ちゃんと死にます。

 ぼく、ちゃんと死にます。ちゃんと今日これから今すぐに死にます。


 だから、だから、だから、だからヒメノを……!

 ああ、ヒメノ、ヒメノ、ヒメノ、ヒメノ、ヒメノ、ヒメノ……! ヒメノッッ!


「どうしておまえは、ぼくの前からいなくなってくれないんだッ!」

『そんな悲しいことを言わないで、坊や』


 …………誰?



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 夢の途中で、彼は目覚めた。


「ぅ……」


 目を開ければ、そこにあるのは自分の部屋ではないどこかの天井。

 ぼんやりとした意識の中で、それでも彼は――、マリクは眠る直前の記憶を探る。


 ああ、そうだ。

 ルイが来たのだ。こちらでの父と母に異面体を使った上で。


 それで、罪悪感を肥大化させた母・弥代が、自分にいきなり懺悔をし始めた。

 その内容は、マリクの中にあった弥代への一かけらの好意を完全に打ち砕くもの。

 自分はそれでブチギレて、それから――、


「……そうか、ぼくは」


 自分が引き起こした事態を思い出して、マリクの中に再び黒いものが湧き起こる。

 自己嫌悪、自己否定、自己憎悪。


 そんな生易しいものではない。

 一刻も早く、己を滅ぼねばならないという、自己絶滅の意思。


 それは、かつて幼い頃に抱いた、マリクにとってな懐かしくもなじみ深い衝動だ。

 しかしそれを、彼は腹にグッと力を込めて無理やり飲み下した。


 それだけで強烈な吐き気が全身をビクビクと震わせるが、それでいい。

 今の自分は苦しむべきであっても、滅ぶべきではない。


 罪とは己では裁けぬもの。

 罰とは人に裁かれて初めて生じるものだ。


 考え違いをしてはいけない。

 自罰は罰ではない。

 自分を許せないと思っても、それで自分を傷つけるのはさらなる罪の上塗りだ。


 罰を待つこと。

 それが、今のマリクに許された唯一の行動だ。


「――――」

「――――」


 と、完全に目を覚ました彼の耳に、離れた場所からの話し声が届く。


「マリクのクラスメイトだァ?」

「そうです。太父様。私はこの学校に来て、マリク君に助けてもらったんです」


 聞こえたのは父アキラの声と、それにこれは、まさか、遊結?


「それで――」


 と、次に聞こえたのは、母ミフユの声だった。


「そのあんたが実は三百年後の未来を生きたヒメノの子孫だ、っていうのね?」

「はい、太母様。私が『出戻り』をしたのは、先月のことでした」


 そうして聞こえた内容は、さすがマリクも聞き逃せるものではなかった。


「な、遊結さんが……?」


 つい、漏らしてしまった一言。

 すると、彼がいる部屋と外とを繋ぐドアがいきなり開かれた。


「マリク!」

「大丈夫、マリク?」


 アキラとミフユが、部屋に駆け込んできてくれた。

 そして二人はマリクのそばに寄って、彼の状態を確認しようとする。


「気分はどうだ?」

「あんた、いきなり気を失ったのよ。覚えてる?」

「ぇ、あ……」


 何かを言う前に父と母に真正面から心配されて、マリクは一瞬気おくれする。

 しかし、彼は一瞬で切り替えて、まずはアキラとミフユに対して深く頭を下げた。


「お父さん、お母さん、心配かけてしまって、ごめんなさい……」

「いいんだよ、そんなの! 家族だろうが!」

「そうよ、パパの言う通りだから、気に病んだら怒るわよ」


 普段は明確に一線を引いているのに、こういうときは素直に心配してくれる。

 そんなアキラとミフユに、マリクはただただ申し訳なくなる。


 今感じている温かいものが『家族』というものだと、彼は改めて理解させられる。

 そして、開けたドアの向こうに、自分を見るまなざしが三つ。


「……遊結さん」

「高橋君。……いいえ、マリク様」


 そこにいるのは、かつて彼がいじめっ子から救った少女、鮎川遊結がいた。


「君も、バーンズ家だったのか」

「そうです。三百年後を生きた『未来の出戻り』、ユユ・バーンズです」


 それもまあまあ驚きではあるが、何より驚かされたのは――、


「ヒメノの子孫だって……?」

「そうです。私は初代様の直系の子孫で、異世界では『治し屋』の二十三代目座長を務めておりました。こうしてマリク様とお会いできて、嬉しいです」


 ヒメノとシュロが設けた流浪のヒーラー集団『治し屋』。

 それが三百年後まで続いていたことも、マリクにとっては驚きだ。そして、


「……おまえもいたのか、ルイ」

「当然です、マリク師。私は師の弟子ではありませんか」

「いや、それはそうなんだけどさ……」


 マリクがチラリと見たのは、ルイの傍らに立つ背の高い大人の男。

 高橋摩碕であった。


「何でその人もここにいるの」

「まぁ、一応は関係者ではありますので……。今は人形同然の状態ですが」


 ルイの異面体によって判断力を奪われている摩碕は、何も言わず突っ立っている。

 今の摩碕は、自分では何も思考できない、ルイの言いなりだった。


「……ヒメノは?」

「あいつはシュロと一緒に『竜胆拠』だ」


 アキラがそう教えてくれる。

 シュロが一緒ということからあまり心配はないだろうが、気になることはあった。


「何で、あそこにヒメノもいたんですか?」

「それはね……」


 と、ミフユが事情を説明しようとする。

 だが、母の顔色を見て、マリクの明晰な頭脳はすぐさま答えを導き出した。


「……ヒメノが黒幕、だったんですね」

「相変わらず、こういうときのあんたは可愛げがないわね、マリク」


 ミフユは明言を避けたが、それは答えているも同然だった。

 のちに聞いた話では、何とギオまで絡んでいたのだとか。あのバーンズ家キチめ。


「ヒメノが仕組んだことだとして、それを知ったおまえはどうする。マリク?」

「別に、どうもしません」


 アキラに問われ、マリクはただ静かにかぶりを振る。


「仕組んだ、といっても、ヒメノは別に何も具体的な行動はしていないんですよね? 大方、高橋弥代に関する情報を掴んだ状態で、弥代が何かやらかすまで待ってたとか、それくらいじゃないですか? ……違いますか?」

「ドンピシャすぎて怖いんですけど。何おまえ、全知全能?」


 適当に言ったら、アキラに持ち上げられすぎた。

 さすがに、双子の妹の考えていることをトレースすることくらいはできる。


「黒幕と呼ぶのもおこがましい感じですからね、さすがに、ヒメノを責める気にはなれませんよ。あの子の真意は、確かめたいところですけど……」

「それは『竜胆拠』でやればいいな」

「……ですね」


 うなずいて、マリクは「はぁ」と息をつく。

 そして今さら、ここがアキラのアパートであることを知る。


「マリク」

「え?」

「これ。血は拭っておいたわ」


 ミフユがマリクの前に置いたのは、古びたランタン。

 彼が奉ずる神ディ・ティが宿る神器で、母・弥代を殴り殺した凶器でもある。


 いきなり目の前に置かれて、マリクは心臓が止まるかと思った。

 確かに弥代の血は拭われてはいるのだが、かすかに血の匂いが漂ってくるのだ。


「ミ、ミフユ様。マリク師が起きて早々、それは……」

「バカ言ってんじゃないわよ、ルイ。何より最優先で話すべき相手でしょ」


 ルイがマリクを案じるような言い方をするが、ミフユはそれを一刀両断した。


「……ディ・ティ様」


 立ち上がったマリクは、ランタンの前に膝を覆って、唇を震わせる。

 その顔は泣きそうに歪むが、目が火がついたように熱くなっただけで涙は出ない。


 気を失う前に、すでに泣きすぎていたせいだ。

 だがそれで、マリクはむしろ冷静さを保つことができていた。


 母親を殺すための凶器にした。

 それは、愚かだの罪深いだのといった言葉では言い表しきれない、最悪の大罪だ。


 弥代を殺したことよりも、神器を血で汚したこと。

 何よりもマリクが悔やんでいるのが、その事実だった。


 かくなる上は、神の裁きを待つことにしよう。

 すでに、マリクは覚悟を決めていた。


 神が死ねといえば死のう。

 神が消えろといえば消えよう。


 罪を犯した以上は、罰を受けねばならない。

 そして、マリクにそれを下すことができるのは、世界でディ・ティのみである。


「ディ・ティ様。お越しください、ディ・ティ様」


 マリクが、いつものようにディ・ティへ呼びかける。

 そうするとランタンの中に光が灯り、そして妖精の姿をした神が――、


「…………」


 だが、待っても、神は姿を見せなかった。

 マリクはそこに神の怒りを感じた。当然だ。大切な神器を血で穢したのだから。


「神よ、偉大なるディディム・ティティルよ、どうか姿をお見せください」


 そしてどうか、この愚劣なるぼくに罰をお与えください。

 あなたに『弱さ』を指摘されながら、それに呑まれて神器を穢したぼくに。


 平伏し、ジッと待ち続け、願い続ける。

 しかしランタンは反応を示さず、神はマリクの前に姿を現さない。


「……ディ・ティ様?」


 マリクは顔を上げる。

 これほど呼び続け、待ち続けながらもディ・ティは出てこない。


 こんなことは初めてで、マリクは戸惑いを覚える。

 アキラが控えめな声で後ろから呼びかけたのは、そのときだった。


「おい、マリク」

「お、お父さん……?」


 振り向くと、何やらアキラが不可解そうな顔をしてこっちを見ている。

 そして、彼は言ったのだ。


「何してんだ、おまえ。ディ・ティなら、さっきから目の前にいるだろ?」


 え?

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