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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
幕間 バーンズ家の色々諸々冬景色

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第512話 マリク・バーンズの昔と今

 このタイミングで、マリクが口を挟んでくる。


「ディ・ティ様、あの……」

『何かしら、マリク』


 俺とミフユをチラ見しながら、マリクはディ・ティに言う。


「母さんを調べるくらいなら、ぼくだけでも――」

『それはやめてほしいのよ、あてぃしとしては』

「え……」


 小さな神は、しかし、きっぱりとした口調でマリクの申し出を却下した。


「ディ・ティ様、何故……?」

『…………』


 問われ、ディ・ティはその表情に重苦しさを漂わせて、マリクから視線を外す。


『神として、信徒のあなたにではなく、妻として、夫であるあなたに言うわ、マリク』

「は、はい」


 何やら深刻な雰囲気を漂わせ、ディ・ティは俺達がいる前でそれを言った。


『マリク、あなたは弱くなっているわ』

「え……」


 弱く、なっている。

 その言葉は、俺達としてもすぐには意味が掴めないものだった。


「ディ・ティ様、それは一体、どういう意味ですか?」


 マリクも、俺達と同じようだ。

 この場でこいつに起きていることを把握してるのは、ディ・ティだけってことか。


「ディ・ティ様、マリクに何があったの? 何か異常でも起きたの?」

『そうではないのよ、ミフユ。目にっ見える異変があったというわけではないの』


 ディ・ティが首を横に振る。

 まぁ、そうだろうな。俺から見ても、マリクにおかしい点はない。


 いつも通りの何でも抱え込むストレスに弱いバーンズ家次男のマリクだ。

 あえて変わったことを挙げるなら、異世界から『出戻り』したことくらい――、


「……『出戻り』か?」


 俺が、それを小声でつぶやく。

 すると、ディ・ティの表情が変わる。そこには同意の気配があった。


『そう。それよ、アキラ・バーンズ。マリクは『出戻り』をした。それが、あてぃしがマリクが弱くなったと言った原因。どういうことかは、わかるかしら?』

「……わかりません。何ですか、それ?」


 マリクは、目を見開いたままかぶりを振った。

 いきなり弱くなったと言われて、軽く混乱しているようだった。

 ウチの息子を見るディ・ティのまなざしは、弱き者を見守る守護者のものだ。


『マリク、あなたは強い心を持つ人。けれど、その強さは生来ものではないのよ。あなたは長い時間をかけて、生来持ち合わせた悪性を跳ね除ける強さを鍛え上げたわ』

「ありがとうございます。我が神にそう言ってもらえることは本当に喜ばしいことです。でも、それでどうして今のぼくが弱くなっていると……、ぁ」


 マリクが、小さな声を出して呻く。


「――長い時間」


 どうやら何かに気づいたようだった。

 ディ・ティもマリクの反応から察したらしく、重い顔つきのまま、うなずいた。


『あなたは克服したはずの『幼さ』を取り戻してしまったのよ、マリク』


 ああ、そういうことか!

 今のディ・ティの説明で、俺もやっと納得がいった。


「『出戻り』することによって俺達は異世界での記憶と性格を持ったままこっちの世界に戻ってくる。だが、肉体年齢は一度死んだときのままだ。そして肉体と精神は相互に強く影響し合う。あっちで天寿を全うしたはずの俺もミフユも、こっちでは心が肉体に引きずられて、普通に子供としての側面を持っちまってる……!」


 楽しいモンなー、ゲームもアニメもTCGも! すっげー楽しいモンなー!


『そうよ、アキラ・バーンズ』


 やはり、ディ・ティが言っていた『幼さ』を取り戻した、そういった意味なのか。


『マリクの持つ心の強さは、時間をかけて自らの中の『幼さ』を少しずつ排することで培われていったもの。けれど『出戻り』によって体が子供に戻ったことで、排除したはずの『幼さ』があなたの中に蘇ってしまったのよ』

「それで、ぼくは弱くなった、と……?」


『心当たりがあるのではなくて、マリク?』

「ぅ……」


 ディ・ティに真っすぐに見つめられ、マリクは居心地が悪そうに眉を下げた。


「弥代に関することが、一番わかりやすい、か……」


 言ったのは、ミフユだった。


「ディ・ティ様に色々愚痴を言ってるんでしょ、マリク。でも、異世界にいたときのあんたなら、きっとそんなことはしなかった。我慢、できてたでしょうね」

「はい、その通りだと思います。お母さん……」


 マリク自身がそれを認めた。これについては俺もミフユと同意見だ。

 異世界にいた頃のマリクは抱え込む性格は変わらないが、それを耐えきれていた。


 まぁ、限界まで我慢するから爆発するんだが、それは今も変わらない。

 問題は、マリクがディ・ティに愚痴を零すという点。異世界ではなかったことだ。


「おまえが誰かに愚痴るなんて、異世界じゃ聞いたことがなかったな」

『そうでしょうね。何故なら必要がなかったから』


 俺達の視線が、マリクに集中する。

 眼鏡をかけた美少女然とした容姿を持つ俺の次男は、完全に絶句していた。


 責任感が強くて、抱え込みやすくて、それでいて時々爆ぜる。

 爆ぜ方も色々でキレて叫んだり、女性陣も嫉妬するレベルの女装をしたりと。


 だが、誰かに愚痴るようなことはしなかった。

 特にディ・ティに愚痴るなど、異世界のマリクからすれば言語道断なはず。


『マリク、今の『幼さ』を取り戻したあなたにとって、憎もうとしても憎み切ることができない高橋弥代は、最も身近にいる最も強烈な逃れられないストレス源なのよ』

「……はい」


『関われば関わるだけ、あなたの心は軋んでいくでしょう。目に見えるわ』

「…………はい」


 消沈しながらも、マリクはうなずく。自分でもわかっているようだ。


『だから、高橋弥代に関する調査はアキラ達に任せたいと思うの』

「ディ・ティ様、それは……」


 うつむいていたマリクが顔を上げる。

 そこに浮かぶ表情を見て、俺は軽くではあるが驚きを覚えた。


 マリクの顔に浮かんでいるのは、男の顔だった。

 なけなしのプライドを傷つけられ、腹の底にただならぬものを抱えた男の顔。


「……ッ、はい、わかりました。我が神の御言葉に従います」

『…………。嬉しいわ、マリク』


 マリクは言いたいことをグッと呑み込んでこうべを垂れる。

 ディ・ティは一瞬言葉を詰まらせながら、それを受け入れて鷹揚に微笑んだ。


 ……こいつは、何とも。


『アキラ・バーンズ、ミフユ・バビロニャ。そういうことだから、あなた達には高橋弥代の身辺調査をお願いしたいのよ。何もなければそれでよし。結果の如何に関わらず、報酬は支払わせてもらうつもり――』

「いらないわ」


 報酬について触れようとするディ・ティへ、ミフユがピシャッと言った。


「アキラだけなら別だけど、わたしにも依頼するんでしょ? だったらこれは傭兵としてじゃなく、マリクの親としてのわたし達への依頼ってことよ。ね、アキラ?」

「随分と勝手を言ってくれますねぇ……」


 俺は呆れながらも、だがミフユの言い分に同意する。


「ま、こいつは依頼ってーか、嫁さんから義両親へのお願いってこったろ? だったらいいさ。家族なんだから、それくらいやってやるよ」

『……ありがとう、アキラ。ミフユ』


 ディ・ティが穏やかに笑う。

 その笑顔は、非力とはいえど神の名に恥じない美しさに彩られていた。


「お父さん、お母さん。ぼくからもお願いします。我が神の願いを叶えてください」


 そして、マリクも俺達に頭を下げる。

 結局、最初から最後までマリクだけは『ディ・ティの信徒』であり続けた。

 妻として寄り添おうとするディ・ティとは裏腹に、最後まで。


「……ちょっとした問題かもしれねぇな、こりゃ」


 ミフユにだけ聞こえる程度の声で、俺はそれを呟いた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 夕方、高橋家を後にしまして。


「で、どうすんの?」


 帰り道、ミフユがこちらをチラリと流し見る。


「そうねぇ~。ミフユさんはどう思ったよ」

「質問に質問で返すのは失礼よ。……でも、そうね。ちょっと深刻かも」


 俺もミフユも、思い出しているのはライミとマリクの一件だった。

 ライミは、今のマリクの在り様はおかしいと言っていた。


 それは俺達も重々承知している。

 しかし、それはマリクとディ・ティの問題で、俺達は当事者ではない。


 二人の間で何も起きていないなら、わざわざ触れても仕方がない。

 それはむしろ、煙のないところに火を起こすに等しい所業だ。

 だけどもし、二人の間に、互いに気づけていない問題が潜んでいるとしたら……。


「あのままいくと、妙なことになるかもしれねぇな」

「そうしたら、どうするの?」

「決まってるだろ」


 マリクの心はマリクのものだ。

 だから、そこにある関係性がいびつでも、あいつが納得してるなら手は出さない。

 が、マリクもディ・ティも気づいていない歪みが、そこにあるなら、


「助けてやるさ。家族だからな」

「そうね」


 ミフユもうなずく。だが、すぐに腕を組んで「でも」と続けた。


「今のマリクの状態を知ったら、わたし達が出しゃばる前にあの子が動きそうよね」

「ああ、そーねー、ヒメノねー」


 話がマリクのこととなれば、あいつが動かないワケがないのである。


「ま、今のところは何か起きたワケでもない、俺達は俺達でやることをするか」

「このまま帰るんじゃないの?」

「まっさか~! 善は急げって言うだろ? つまり速攻こそ正義!」


 それでは、これより高橋家潜入作戦を実行に移す!

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