第499話 郷塚賢人とグレイス・環・ガルシアと:前
デートです。
駅前で待ち合わせです。
「ぁ、あの、ケント君、……ま、待ったかな?」
FOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!?
謎のマスコット『ソライッロー』銅像前。
そこに突っ立っていたケントは、やってきた相手を見てまず一回、心臓を止めた。
季節は春近し。
3月も下旬を過ぎて、学校も春休みに突入している。
そんな中で、今日はケントとタマキの週に一度のデートの日。
時刻は午後を過ぎて、お互いに昼食後に集まって街をブラブラしよう。
その程度の肩の力を抜いたデートだ。
が。――が!
前回はいつものパーカーにスカートだったのに、今回のタマキは、違ったのだ!
「ちょ、えぇ……ッ」
やってきたタマキを前にして、ケントはそんな呟きを漏らしてしまったのである。
そしてまたしても、心臓が止まった。
タマキは、オシャレをしていた。
前に一回だけ見せてもらった、バーンズ家女性陣総出のコーデともまた違う。
基本的な方向性はそのときと同じだ。
元気・活発・エネルギッシュでボーイッシュ。
そんなイメージが日常化している『いつものタマキ』の真逆を行くコーデ。
前回に比べて少し暖かくなってきたからか、今回はやや薄い服装だ。
白地のシャツの上から、袖なしの淡い暖色の小花柄のワンピースを着ている。
左肩に小さな肩がけのかばんを提げ、頭には少し大きめのアイボリーのベレー帽。
靴はスニーカーだが、今回は爽やかな水色のものをはいている。
全体的にパステルカラーで統一された、温かさを見える形にしたファッション。
ケントは気づく、これは『春』をテーマにしたチョイスなのだ。
そして顔には、もちろんメイク。
ただ、前よりもさらにナチュラルで、年齢に合わせて可愛めに仕上がっている。
前回が大人びたイメージを重視していたこともあり、また違った印象だ。
何より、表情である。
いつもはガ~ッといってドカバキドッゴ~ン、な感じのタマキ。
何事も物怖じしないバーンズ家の長女は、しかし今は恥ずかしそうに俯いている。
ケントに自分の姿を見てほしい。でも、やっぱり照れ臭くて仕方がない。
相反する心情に縮こまるタマキは、まるで別人のようにおとなしく見える。
そして、それを前にしてケントの口から出た評価がこれである。
「カワイイの異能態かよ……」
「ぴょっ!?」
目元に手を当て、参ったとばかりに呟かれたその評価に、タマキも変な声を出す。
「ズルいぜ、タマちゃん……。『カワイイ』の『真念』に目覚めるとか、ズルいぜ。先に行かれちまったじゃねぇかよ、俺。ああ。あぁ。あああああぁぁぁぁぁ……」
「ケンきゅん? オレ、そんなの目覚めてないよ! ケンきゅ~~~~ん!?」
最後辺り、言葉になっていないケントに、タマキが慌てて叫ぶ。
それを聞いて、ケントはちょっとハッとして、
「おっと、タマちゃん、呼び方呼び方」
「あ、そうだった。……う~、け、ケント君」
また少し俯き、気恥ずかしそうに上目遣いで、しかも小声でケントを呼ぶタマキ。
「ぐは」
みたび、ケントの心臓が止まった。
これやっぱ異能態だって。だって逆らえないモンよ。絶対勝てないモンよ!
心臓をズキュンズキュンと何度も撃ち抜かれ、ケントは歓喜と共にそれを認める。
当のタマキは、全身で喜びを表すケントの前で完全に恐縮している。
今回のデートは、オシャレに目覚めたタマキの『練習』だ。
服装、口調、呼び方、態度。そういった部分を今より少しずつ変えていきたい。
タマキ本人の要請があり、本日、こうしてデートをすることになった。
誰に言われたでもなくタマキ自身から言い出したのが、ケントとしては嬉しい。
「でも、無理はしちゃダメだぜ。人は急には変われないからさ」
「わかってる……、よ。わかってるぜって言いそうになっちゃったぜ~。……あ」
「ほらな。急には変われない」
軽く笑って、ケントはタマキに手を差し出す。
「行こうぜ、タマキちゃん」
「ッ。……うん、行こう、ケント君」
いつもと違う呼ばれ方をされ、顔を真っ赤にしたタマキがケントの手を握る。
行くアテは特にない。寒さも薄らいだ陽射し温かな午後を、二人は歩く。
「……心臓止まるかと思った」
ポツリとタマキが零した声に、ケントはうなずく。
今ので、彼の心臓はまた止まった。今日だけで通算四回目だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
本当に、ただブラブラと歩く。
話しながら、ただ、街の中を二人で歩くだけ。
映画に行くでもなく。
食事をするでもなく。
景色を見に行くでもなく。
だけど、楽しい。
いつも一緒にいるのに、いつも二人で話しているのに。
ちょっと、やり方を変えただけですごく新鮮で、全く飽きることがない。
嬉しいのは、相手もそうであるとわかること。
ケントとタマキは、お互いに楽しんでいることを知って、また楽しくなるのだ。
そうしているうちに時間は過ぎて、空が茜色になり始める頃。
二人は宙色市の真ん中を走る天野川に沿って伸びる道を歩いていた。
「へぇ、じゃあ今回はタマキちゃんから注文したコーデなんだ?」
「そうだ――、ぁ~、うん、そうなの。おかしゃ……、じゃなくて、お母さんにね」
元の口調で言いそうになるたび、タマキはハッと気づく→言い直す。を繰り返す。
それをずっと一番近くで見ているケントは、もう頬が緩みっぱなし。
オイオイ、タマちゃんがすげぇ頑張ってくれてんよ。俺のために一生懸命だよ。
そんなの嬉しくないワケがない。歓喜から、全身に震えが来てしまいそうだ。
そして、同時に思うこともある。
あ~、俺も頑張んなきゃいけねぇなぁ~。と。
「俺もちょっと、オシャレを気にしてみようかな~」
「え?」
「いやぁ~、タマキちゃんがさ、自分から言い出したってことは、オシャレを少しずつ意識し始めてるってことだろ? 俺はそういうの、全然ないからさ~……」
「ケンきゅ……、ぇと、ケント君は、今のままでも最高にカッコいいけど?」
タマキが、あっさりと、そして当然のような感じで言ってくれる。
そこが果てしなく嬉しいケントだが、しかし、それはそれとして違うのだ。
「多分さ、それを普通にしちゃいけねぇと思うんだよな、俺」
「それ、って……?」
ピンと来ていない様子のタマキに、ケントが説明をする。
「今のタマキちゃんと俺の違いだよ」
「…………?」
「タマキちゃんは、どうしてオシャレをしようと思ったんだ?」
「それは――」
言いかけて、タマキの頬がサッと赤みを増して、また勢いをなくして俯く。
その様子がいちいち可愛いということを自覚しろ。と、ケントは言いたくなる。
「……ケンきゅんが喜んでくれるかもって、思ったから」
聞こえるか聞こえないかというほどの小声で、しかも物言いも戻っている。
それだけ、今の一言はタマキにとって余裕をなくすものだったのだろう。
ま、聞かされたケントも心臓止まったんですけどね。
一体、今日何回目だ。蘇生アイテムなしに蘇生するハメに陥ったのは。
「ぅ、うん、まぁ、それだよ」
なるべく動揺を表に出さないよう努め、ケントは話の筋を戻す。
「タマキちゃんは俺のために特別に可愛い格好になってくれたけど、俺はこの通り、いつも通りだよ。デートだから気合は入れちゃいるけど、いかにも俺って感じだろ」
「……ああ、そっか」
説明されたタマキが、納得したようにうなずく。
相手が褒めてくれるからといって、どんなときでも変わらずにいるのは怠慢だ。
自分を愛してくれる相手だからこそ、もっともっと喜ばせたい。
そして、喜んでくれた相手から、直にその喜びを口にしてほしい。
タマキがオシャレしようと思った動機は、そのままケントにも当てはまる。
いつもの彼が好き。
でも、彼が自分のために特別な格好になってくれたら――、ああ、何て素敵。
「俺とタマキちゃんは、一緒に並んで歩いて、一緒に前に進んでいく」
「うん……」
「タマちゃんが俺のために可愛くしてくれたから、俺もカッコよくなんなくちゃ」
「そうしてくれたら、オレ、嬉しいよ。きっと、泣くくらい嬉しい……」
またしても、だが今度は素直に感じた気持ちから、タマキは素の物言いをする。
「泣くのは勘弁してくれ。俺がタマちゃんをいじめてるように見られちまうよ」
「ん~、頑張るけど、難しいかもな~! ケンきゅんはオレをいじめないけど!」
もはや、二人ともすっかり当初の目的を忘れて元の二人に戻っていた。
だが、それでいいのだろう。『練習』は、終わりがあるから『練習』なのである。
「――そういえば、さ」
と、夕日が地平線に近づきつつあるときに、ふと、タマキが口にする。
「オレ、ケンきゅんのことは色々聞いたけどさ」
「おう?」
「郷塚賢人の話って、あんまり聞いたことないよね」
「ああ、そういえばそう、かも?」
付き合って半年以上経つが、そんなことを言われたのは初めてだった。
そして、ケントも言われてみれば、と、過去を思い返して腕を組む。
「でも、話すようなことはあんまりないぜ? つか『出戻り』前の俺はなぁ……」
今となっては別に苦しい記憶ではない。
しかし、やっぱり話して楽しいたぐいの記憶でもない。
「聞きたい」
タマキの声に、どうしてか、ちょっと力が込められている。
「……なずぇ?」
そこにこだわる意味がわからず、ケントは呆気にとられつつ聞き返す。
「だって、マリエは『出戻り』前のケンきゅんのことも知ってんだろ? ズルい!」
ズルいて、あ~た……。
「それはタマちゃんとこっちで会う前の話だぞ~?」
ついでに言えば、マリエにはキリオという相手がいるのだ。
そりゃあ過去にはあの人を好きだったこともある。しかし、過去は過去だろ……。
「やだ、知りたい! マリエが知っててオレが知らないのはちょーへーせーだ!」
ちょーへーせー? 徴兵制? ……ああ、不公平ってことか。
付き合って半年以上、タマキの言い間違いを把握できるようになってる彼だった。
「……そんなに聞きたいの?」
「聞きたい。オレもケンきゅんの全部を受け止めたい!」
わぁ、卑怯な言い方しやがる。
そんな風に言われたら、絶対に断れないじゃん……。
「確かさ、もう少し進んだところに座れるトコがあるから、そこで話そうか」
「うん! 話そうぜ~!」
言って、タマキがケントの腕にしがみついてくる。
彼女の頭を逆の手で軽く撫でて、ケントは小さく苦笑する。
「その代わり、グレイス・環・ガルシアの話も聞かせてもらうからな?」
「もちろん、いいぜ~!」
いつも通りに元気よくお返事をするタマキ。
うなずくケントだが、平静を装いつつも腕に当たる彼女のお胸を堪能していた。
――男って、悲しい生き物だぜ。あ~、柔らけぇ。




