第492.5話 一方その頃、雇われ店長の宙船坂さんは
面接3秒。
「じゃ、今日から雇われ店長、よろしくねぇ~♪」
そう言って、オーナーはどっかに出かけていった。
今から3時間ほど前のことだ。
「……面、接?」
3時間経った今も、集はそれを噛み砕くことができずにいた。
だが、それも仕方がない。だって履歴書渡す前に終わったからね、面接。
ここは宙色市のちょっと外れた場所にある雑居ビルの4階。
そこにある、やる気があるかどうかもわかりゃしない雑貨屋『掘り出~』。
宙船坂集の新たな勤め先が、ここだった。
オーナーは村崎夏生。
彼女が息子の傭兵団の一員である事実を、この時点では集は知らない。
アキラとミフユが店を去った十分後、彼はここに面接に来た。
入れ違い、なんてモンではないニアミスである。
集にここを紹介した知り合いは、もちろんクラマであった。
就職活動をしようとしていた矢先、クラマが現れてこの店を教えてもらったのだ。
「それにしても、お客さんが来ない」
店を任されてから一人も客が来ていない。
とにかくゴチャついた雑多な店で、趣と呼べるものはあるにはある。
しかし、客に恵まれるタイプの店ではない。
こんなところで本当にやっていけるのだろうか。集としても不安になってしまう。
まぁ、接客については問題はないだろう。
ブランクはあるが、バイトで接客業はこなしたこともある。
ただ、それも客がいないのでは意味がない。
紹介してくれたクラマを信じていないワケではないが、不安は拭いきれない。
「お、やってんじゃ~ん」
そう思っていたら、当のクラマが店にやってきた。
「クラマ先生」
「もぉ~、先生はやめなってェ~。さん付けでいいよぉ~、集ちゃん」
相も変わらずの赤ら顔で、軽く手を振ってクラマはケラケラ笑っている。
「さん付けでもいいんですけど、何か違和感がですね……」
「そうかい? ま、好きにしてくれていいけどよぉ~。あ、これちょ~だいな~」
言って、クラマがカウンターに置いたのは古びたライターだった。
「あ、わかりました。これは確か、4000円ですね」
「おやぁ~、こんなモンがそんなにするのか~い」
クラマに言われてしまった。
しかし、彼がそう言うのも無理はない。本当に、見た目は古ぼけたライターだ。
「でも、4000円ですね。オーナーから渡された価格一覧にそう書かれているので、その値段でお願いします。値切り交渉は一任されてますけど、どうしますか?」
「クヘヘヘヘ、いいよぉ~、お支払いしちゃうよぉ~」
笑いながらクラマが財布を差し出す。
値切り交渉前提で話を進めるオーナーも考え物だと、集は感じていたのだが。
「しかし集ちゃん、このきったねぇ~店に置いてある品物のお値段、もう全部覚えちまったのか~い? このきったねぇ~店に置いてあるワケわかんね~品物のぉ~」
「何で二回言ったんですか? 何で二回目は強調までしたんですか?」
クラマの言う通り、店の中は本当に雑多で散らかっている印象が強い。
掃除をしようにもモノが置かれ過ぎていて、満足に掃除機もかけられない有様だ。
「商品ですけど、全部の値段は覚えきれてませんよ。今日は初日で、しかもまだここにきて3時間程度ですし、覚えられたのは今のところ大体七割程度です」
「エヘヘヘ、3時間でそんだけ覚えられてるのもおかしいと思うけどねぇ~」
「そうでしょうか? まぁ、覚え方にコツがあるんですよ」
サラリーマン時代に覚えた技術である。
その後、ライターの料金を受け取り、集とクラマは雑談モードに入る。
「このお店は、どういうお店なんですか……?」
「ナツキちゃんがやってる何個かあるお店のウチの一つだねぇ~」
「何個か……」
つまり、複数の店を経営している敏腕経営者ということか。
あの、赤い髪をした眠たげな感じの女性が。
「う~ん……」
集は一瞬だけ疑問に思う。
しかし、人は見た目に寄らない。その実例が、目の前に立っている。
「すごい人なんですね、つまり」
「そ~ね~。ちなみに今の俺ちゃんの雇い主でもあるんだぜ~、ナツキちゃん」
「そうなんですか?」
「俺ちゃんは喫茶店を任されててねぇ~」
「へぇ、喫茶店ですか……」
ちょっと興味が出る集である。
そこまでのこだわりはないものの、コーヒーや紅茶を飲むのは好きだ。
「場所教えるからさ~、今度来てよ~」
「ええ、それは是非」
社交辞令でも何でもなく、集は行く気満々だ。
「だけど、本当に大丈夫ですかね、このお店。人を雇う余裕あるようには……」
「ああ、そこは大丈夫っしょ~。ナツキちゃんには事情話してあるんで」
「事情とは……?」
「あの子も俺ちゃんと一緒。ダンチョの傭兵団のメンバーよ」
「え……」
つまりは『出戻り』。
しかも、息子のアキラの異世界での部下だったということだ。
「ナツキちゃんはねぇ~、大した趣味人さ。中でも『掘り出し物』に目がなくてねぇ~。集ちゃんのコト話したらさ、顔色が変わってたぜェ~」
「それは、僕が『掘り出し物』だってことですか……?」
「エヘヘヘヘヘヘ」
クラマは笑うばかりで明言は避けた。が、そういうことなのだろう。
「今はまだわからんだろうけどね~、この店は面白いぜェ~? 給料もたんまりはずんでもらえるはずさ。話に聞いてるライミちゃんのことも、面倒見れるだろうさ」
「はぁ……」
腑に落ちない点は幾つもあるが、クラマが太鼓判を押すなら信じてみよう。
集は思いつつ、紙袋に入れたライターを渡す。
「へい、あんがとよぉ~」
「先生はこれから、どちらに?」
「お店に出すコーヒーのお豆の買い付けにねぇ~」
なるほど、クラマは豆にこだわりを持っているのか。
やはり、人は見た目に寄らない。集は恩師を目の前に、その思いを新たにする。
「今回はちゃんと買わなきゃねぇ~、前は何~故か、お茶っ葉買っちゃったし」
「…………」
豆にこだわり、あるのだろうか……?
新たにした思いをさらに新たにする必要があるのかもしれない。
「じゃ、俺ちゃんはこれで~。まったねぇ~」
「ありがとうございました」
丁寧にお辞儀をしてクラマを送り出して、集は再び店に一人きりとなる。
カウンターの奥には休憩室があり、そこは自由に使っていいと言われている。
テレビはおろか、ゲーム機、ノーパソ、マンガが並ぶ本棚。
およそ娯楽になりうるもの一式がバッチリ揃っている。マッサージチェアまで。
「僕はここで人として社会性をたもったまま勤めていけるのだろうか」
至れり尽くせりの環境に、ふとこれまでとは別種の不安が押し寄せてきた。
だが、おそらく労働条件としてここ以上の好条件は他に望めない。
平日休業、土日祝日営業。
その珍妙なるシフトとて望めば自由に変えてもらえるとのこと。
条件がよすぎてむしろ怖い。
しかし、それがオーナーの意向なら、自分が口を出せることではないだろう。
永嶋家の一件で得た金銭はあるが、それは増えるワケでもない。
人が暮らしていけば、金は減っていく。金に不自由せず生きられるのは一握りだ。
「……しかし、傭兵団か」
ナツキが自分に目をつけた理由がそれなら、そこにはアキラの存在がある。
大きな枠で見るのなら、間接的にアキラに助けてもらったと見ることも可能だ。
それを自分の不甲斐なさと取るか、息子のすごさと思うか。
すぐには答えが出ない話だ。
ちょっと前までの自分であれば、間違いなく前者の認識で捉えていただろうが。
「はぁ……」
変にため息が漏れてしまう。
それも、店に誰も客がいないからだ。と、意味のない言い訳を思い浮かべる。
――直後のことだった。
キィ、と、扉が軋む音がする。
カウンターで立っている集の目が、そちらへと向く。客のようだ。
「いらっしゃいませ」
と、声をかけるとドアが開かれ、そこに見えたのは鮮やかな空色だった。
「にゃっほぉ~ん!」
変な挨拶と共に、空色の髪をしたメイド服の少女がひょっこりと顔を出す。
「お帰りなさいませ、ごしゅじんたま~!」
「いや、来たのは君だけど?」
誰、と思う前に、見え見えのボケについツッコミを入れてしまう集だった。




