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第50話 一年八か月経ってからひよってるヤツいる?

 シンラが過去に思いを馳せる。


「リリスおばあ様。実に、実にお懐かしゅうございます」

「おババだ~、リリスおババ~。ウチも懐かしくなっちゃう~!」


 キャッキャとはしゃぐスダレは、今年で二十四歳です!


「シンラは特に可愛がられたモンねぇ……」

「初の男孫だからってのもあるだろうなぁ。リリス義母さんからすれば」


 数百年間、娼館の女将として女ばっかり相手にしてきた人だからな。

 客じゃない男の身内ってのは、シンラが最初だった。そりゃあ可愛かったろうな。


「さて、こうして俺は見事に『的当て』を的中させて、ミフユとの一年を再度手にしたワケだ。が、それでも俺はミフユを抱かなかった。理由はわかるか?」

「それは、リリスおばあ様と母上のために時間を使われたからでは?」


 シンラが、あっさりと正解を言い当てた。


「ンだよ、速攻で当てられちまったじゃん。そんな簡単だった?」

「ここまでの経緯を鑑みますに、父上であればそうするであろうとは……」

「うわ~、見透かされてんじゃん、ジジイったら~」


 ミフユが俺を見てプークスクスし始める。ちくしょう、何か悔しいんですけど!


「くっはー! そうですかそうですか、だったらいいモンね! 二年目のミフユの様子をそれはもう克明に語ってやるもんね! リアリティ溢れる描写でよォ!」

「ちょ、ジジイ!?」


 ということで、回想スタートでーす!


「やめろー! あんた、やめなさいよ! ちょっとォー!」


 だが俺は、やめないッ!!!!



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 二度目の『運命の矢の的当て』を終えて、リリスはミフユを養女に迎えた。

 その日、俺とリリスはミフユをリリスの部屋に呼び出した。


「あの、女将さん、これは……? 旦那様まで……」


 ミフユは、当初戸惑っていた。

 そこでリリスが、はっきりと告げる。


「ミフユちゃん、私は今日から、あんたのお母さんになります」

「はい。女将さんはミフユや、他の姉妹のお母様ですよね。存じております」


 ミフユの言うそれは、リリスが俺に語った『娼婦全員にとっての母親』だ。

 だが、リリスはふんわりと笑うと、首を横に振る。


「いいえ、違います。今日から、ミフユちゃんだけが本当の私の娘になるんですよ。あなたはただのミフユから、ミフユ・バビロニャになるんです。わかりますか?」

「……それは、ええと」


 ミフユは理解できていないようで、リリスと俺とを交互に見比べた。


「女将さん、それはどういうことでしょうか。理解できないのは、ミフユの頭が悪いからなのでしょうか。もしそうなのでしたら、至らぬミフユをお笑いくださいませ」


 と、ミフユは小さく頭を下げる。

 その様子に、リリスが俺に小声で話しかけてきた。


「私から見ると、いつものミフユちゃんに見えるのですけれど、これは……」


 リリスからはそう映るのだろう。そりゃあそうさ。

 今このときも、ミフユは対人用に組み立てた作り物の心を表に出してるんだから。


 俺は、そっとリリスに耳打ちした。

 するとリリスは、疑問を顔に浮かべながらも、それに従ってくれる。


「ミフユちゃん」

「はい、女将さん。何でしょうか」


「私のことを、女将さんではなく『ママ』と呼んでみなさい」

「え……」


 それまで淀みなく会話していたミフユが、リリスの言葉に動きを止める。


「そんな、そんな失礼なこと……」

「失礼でも何でもありませんよ。今日から私は本当のママになるんですから」

「でも、ミフユは一介の娼婦ですので、さすがにそのような無礼は……」


 リリスが、チラリと俺を見てくる。

 この辺りで彼女もようやく気づいたようだ。ミフユが抱える尋常ならざる部分に。


「いいから、ママと呼んでごらんなさい。ミフユちゃん」


 リリスは言い方こそ柔らかだが、語気を強めてミフユに迫る。

 こうなるとさすがに言い逃れもできなくなったか、逡巡しつつもミフユはついに、


「……マ、ママ」


 震える声で、その呼び方を口にする。

 次の瞬間に起きた変化は、まさに劇的としか言えなかった。


「ぁ、あれ……」


 ポロポロと、ミフユの瞳から零れ落ちる大粒の涙。

 しかし、それに最も驚いているのは俺でもなく、リリスでもなく、ミフユ本人。


「ぇ、……え? な、何で、涙が? 旦那様の前で、こ、こんなッ、……ミフユは」

「ミフユちゃん……」


 リリスも口に手を当てて目を見開いていた。

 こんな反応は、少しも頭になかったのだろう。実のところ、俺も驚いてはいた。


 仮にミフユが娼婦であることを望んでいなかった場合。

 本音の部分で、彼女は相当ストレスを溜め込んでいるはずだと、俺は考えた。


 ガス抜きをしなければ、きっといつかもたなくなる。

 そういう考えもありリリスに談判したのだが、すでにミフユはギリギリだったか。

 間一髪のきわどいタイミングだったようだ。内心、胸を撫で下ろしたよ。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ママ……、ミフユは娼婦なのに、それなのに、お客様の前でッ、こんな涙なんて、これじゃあ捨てられちゃう、ま、またママに……」


 両手で顔を覆って、ミフユが身を震わせてすすり泣く。

 外向け用の作り物の心が崩れ出して、その奥にある本心が顔を見せ始めている。


「――ミフユちゃん!」


 たまらず、リリスがミフユを抱きしめた。


「いいのよ、いいんですよ。私は――、いえ、ママはあなたを見捨てたりしません。だから、泣いていいんです。思いっきり泣いていいんですよ。ママはここにいます」


 リリスもまた涙を浮かべながら、抱きしめるミフユの背中をやさしくさすった。


「う、ぁ、ああ……、ママ、ごめんなさい、ママ、ママ……!」


 すすり泣きは嗚咽に代わり、間もなく、号泣になった。

 血の繋がらない母娘は、こうして熱い抱擁の中で、本当の母娘になった。


 ミフユはきっと、男性不信だったんだ。

 だから、本当の自分を守るため、心の一部で『別の自分』を造り出すすべを得た。


 だが皮肉なことに、それがミフユを世界最高値の娼婦に押し上げてしまった。

 どんな性格にでもなれるスキル。

 どんなタイプの男にでも合わせられる、理想の女。


 ――全部、悪いのはあの二人だ。佐村勲、佐村美遥。


 父親が原因で男性への恐怖心を植え付けられ、母親が原因で本心を抑圧し続けた。

 転生前に佐村美芙柚であったことが、転生後もミフユを苛み続けたんだ。


 だけど、それももう終わった。過去になった。

 リリスはミフユにとって理想の母親になってくれた。優しくて、温かい母親に。


 自分を偽ることが普通だったミフユが、徐々に本心を出すようになっていったよ。

 それでも、八か月かかったけどな。ミフユが今みたいになるまで。


 そしてそれからの残り四か月で、俺はミフユとの仲を深めた。

 二年目が終わって、ミフユはそれを機に娼婦をやめて、俺達は結婚したんだ。

 以上、これが俺達の馴れ初めだ。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 俺が話を終えると、シンラとスダレが拍手してきた。

 ケントも「そうだったんですね~」と、今さらながら知った事情に感心している。


「実に素晴らしきお話にございました!」

「知らないことが知れちゃった~! うれしぃ~! おパパありがと~!」


 スダレは喜ぶポイントがズレてる気がするが、まぁ、いいか。

 うむうむ、子供達にも好評なようで何よりだぜ。いやぁ、本当に懐かしいなぁ~。


「――って、何勝手に締めようとしてんのよ、あんた。大事な部分端折って」


 んギックゥ!?


「母上、大事な部分、とは?」

「最後の四か月よ。何、丸々飛ばそうとしてんのよ、ジジイ」


 ミフユが腕組みをして、俺をキツイまなざしで睨みつけてくる。


「人のことは克明かつ赤裸々に語っておいて、自分のことは語らずに済ませようとはいい度胸じゃない。わたし、あのときのことはしっっっっかり覚えてるわよ?」


 GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!?


「え、何々~? おママ、最後の四か月ってぇ~、何があったの~? おパパとどんな感じで付き合い始めたのぉ~? ウチ、知りたい知りたい知りたいのぉ~!」

「やめろ、ミフユ! や、やめろォ~!」


 俺はミフユを止めようとするが、よりによってケントが立ちはだかってくる。


「ケント、おまえェェェェェェェェェェェ!?」

「いや、勘弁してください、団長。俺も知りたいんすよ~。最後の四か月」


 完全に私欲じゃねぇかァ! 俺達の友情は、どこに行ったァァァァァァ!?

 と、胸中で悲嘆に暮れている間に、ミフユが語り始めていた。

 ぐああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!


「こいつね、わたしが『素』を出せるようになった途端に、今度はこいつの方が何もできなくなってんのよ。わたしの前でカチコチの石像みたいになっちゃってさ~」


 ぬわァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


「一年目は部屋に来るなり、ご飯食べてお酒飲んで、ってしてたのに、二年目後半は帰ってくるとすぐに部屋の隅っこに寄って、こっちが呼びかけても『あ、大丈夫っす! いや、大丈夫です、はい、マジで!』って敬語になって近づこうともしてこないのよ。何なのよ、その『推しを前にして常時限界化してるファンムーブ』は……」


 ぐほおおおおおおおおォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオォッ!


「で、一緒に部屋にいて、こいつ喋らないしどうしようかなって思ってチラッと見るでしょ、目が合うでしょ、そうするとこいつ、顔が一気に耳まで赤くなってニヘラって笑って、すぐにハッとして慌てて目を逸らすのよ。ちょっと近づいたら『ギャアアアアア!』って絶叫して飛び退いて、そのクセ、あとでまたこっち見てニチャアって笑うし。どんだけクソ童貞ムーブキメんのよってなるでしょ。ホントキモかったわ」


 ンぐへえええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ――――ッ!


「父上……」

「おパパ……」


 や、やめろ、その憐憫に満ちたちょっと冷たいまなざしを、やめろォ~!


「いやぁ、団長、クソダサいっすね!」


 おまえもにこやかにサムズアップしてんじゃねぇよ、くたばれ!


「結局、最終的に、二年目が終わるときになってやっと――」

「え、キス? おパパとキス~?」


「やっと、手を繋ぎかけるところまでいけたわ」

「手を繋ぐところまでいけてないのがガチで情けないよ、おパパ~……」


 うおおおおおおおおお、いっそ殺せ、殺してくれェェェェェ――――ッ!


「フフフ、のたうち回ってやんの。ざまみろ、ばぁ~か♪」


 絨毯の上を転げる俺を見て、ミフユがクスクス笑っていた。

 その笑顔に、俺はあの日のことを思い出す。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 二年目を終えるその日、ミフユは娼婦をやめた。


「ミフユちゃん、あなたは私の娘よ。娼婦をやめても、ずっと私はあなたのママよ」

「はい――、じゃなかった。うん、ママ。わかってるわ。ありがとう」


 水晶の塔の入り口で、親子はそうして抱擁を交わして、別れた。

 そしてミフユは、俺と一緒に街へと向かう。前に、


「せめて、手を繋ぎたいわ」


 そんなことを言い出しやがったのである。


「いやいやいやいや、無理無理無理無理! そういうことはね、もうちょっとこうね、お互いを深く知り合ってからするべきことじゃないかってね!?」

「二年も一緒に過ごして、まだ何も知り合えてないと認識されてるのは、わたしとしてもなかなかクるものがあるんですけど、それについては?」

「ごめんなさい」


 俺は素直に謝った。

 そうね、この二年でそれなりにはお互いのことも理解してるよね……。


「はぁ、全くもう……」


 ミフユは小さく息をつくと、俺の右手の小指に自分の小指を絡めてきた。


「いッ!?」

「変な声出さないで、これくらいはいいでしょ」


「ぃ、いや、はい、あの……」

「アキラさん、約束してほしいの」


「……約束?」

「そう。娼婦をやめて、これからの人生は真っ白なの、わたし」

「そうだよな。ああ、そうだな」


 俺はうなずく。

 娼婦としての生き方しか知らなかった彼女が、それを捨てるワケだからな。


「だから、わたしに世界を教えて。無色透明なわたしに、あなたが色をつけて」

「俺が……?」


「そうよ。それがわたしとの約束。絶対、守ってね?」

「ん、わかったよ。任せろ。おまえを、昨日までの一兆倍は幸せにしてやる」


「まだ、手も繋げないのに?」

「善処します善処ます! でも今は無理です、推しが、推しが尊すぎるんやッ!」


「そうなんだ。ふ~ん。……ねぇ、アキラさん?」

「ひ、ひゃい!」


「わたしね、本当は夢があったの」

「え、夢? ど、どんな……?」


「それはね『好きな人のお嫁さんになること』よ」

「お嫁さんッ!」


「それとね、わたし、子供がいっぱいほしいわ。家族で楽しく暮らしたいの」

「子供ッ、大家族ッ!」


「わたしの夢、あなたが叶えてくれるんでしょ? ね、あなた?」

「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」


 とびっきりの笑顔に、俺の心臓は一回止まって動き出してまた止まった。


「ヤバひ、死ぬ、死んでしまう……!」

「何よそれ、変な人。急に死なないでよね。本当、笑えないわねぇ」


 そう言って、だけどミフユは一層眩しい笑顔になって。

 俺はこの笑顔を守るために生きていこう。生涯、彼女の笑顔を守り通そう。


 ――『魔王にして勇者』と呼ばれた男は、そう誓った。笑うわ。

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