第487話 『炎獄杯』一回戦第二試合:星見vs風雲児:前
グラウンドを満たす万来の拍手に見送られて、ミフユとお袋が舞台を去る。
お袋は、今回は残念だったが、とにかく相手が悪かった。
やはりプロに学んでいるだけあって、ミフユの攻めには一切容赦がなかった。
要素としては手札が揃いすぎていたが一番大きかった。
だが、それを100%の形で活用したのは、ミフユ自身の腕前によるものだ。
決戦士としての実力は、あいつが頭一つ抜けている、か。
まだ他の連中の決戦は見ていないが、俺はそんな風に感じた。
そして、しばしして、次の決戦が始まろうとする。
「次はこの組み合わせかぁ……」
闘技場のバックスクリーンに表示された名前を見て、俺は腕を組んだ。
一回戦第二試合、組み合わせはシイナvsヤジロ。
「……展開の想像がつかない」
一体どんな決戦になるんだ?
不安と、変な期待の割合は8:2くらい。絶対に、ロクなことにならない。
それはわかりきっている。
が、どうロクなことにならないのか。その部分に若干の興味があった。
パレカは、歴史が長いだけあって様々な戦法・戦術が存在する。
中にはゲテモノ、変態、誰も使わねぇよ。みたいな戦術だってたくさんある。
――ヤジロは確実にそのどれかを使う。
あの叛逆バカのことだ。
まともな戦い方などするはずがない。絶対意表を突いてくる。その確信がある。
そして、シイナ。
あいつもあいつで、実際のところかなりの未知数ではある。
年の割に全く落ち着きが見られないウチの四女だが、あいつは目立つのが嫌いだ。
とにかく『普通』を愛し『特別』を嫌った、去年までのシイナ。
その性格もあって、異世界ではヤジロと一番遠かった。
ケンカはないが、シイナがヤジロを遠ざけていた。
だが、今は事情が違う。
タクマとの一件があって『真念』に至ったシイナがどう変わったか。
この一戦で、それを目の当たりにすることになるかもしれない。
そんな予感がしてならない。
第一試合みたいなまともな試合にはなるまい。
それだけは確実だった。そして――、
『さぁ、やってきたぜ優勝決定戦!』
『まだ一回戦第二試合だよ!?』
『シイナが出てくるから実質優勝決定戦でいいんだって! だからシイナ優勝な!』
『だから!? 今の流れのどこに『だから』で繋がる部分あったの!』
『シイナが一番強いからいいんだって! うぉ~、シイナ、やっちまえぇ~! え、ヤジロ? フ、精々、シイナの引き立て役として華々しく散るんだなァ!』
『堂々とえこひいきしすぎだよ、タクマ君! ちょっと、ちょっと誰かァ~ッ!』
実況が壊れた。
まぁ、これについては仕方がないかなって。
ライミには気の毒な話だが、タクマもバーンズ家だからね……。
シイナが出るとなれば、自然、こうなってしまう。
『何やってんのよ、あんたらは』
『あ、紗良! 助けて紗良、あたし、今この人の隣に座ってたくない!』
『わー、大変ねー』
『そんな、他人事みたいに!? 助けてよ、幼馴染でしょ~!』
『他人事だし? ってか、こっちはポップコーン買いに行く途中だし?』
『えッ、ポップコーン売ってるの!? 待って、あたしも欲しい~!』
『買ってきてやってもいいわよ。バイト料は500円ね』
『高ッ!?』
実況席が試合と全く関係ない内容で盛り上がっている中、二人が入場してくる。
さて、果たしてヤジロは今回はどんな被り物で登場し――、何ッ!?
「ク、クックック……!」
「ヤジロ君、その格好は――」
入場してきたシイナが、相対する妹(弟)を前にして軽い驚愕を見せる。
それは、俺も同様だった。
「どうしたよ、シスター・シイナ。何を固まってやがる。この俺が孤高のアウトローであることは、あんただって百も承知のはずだろう?」
余裕に満ちた振る舞いで、ヤジロが指先でカウボーイハットの端をクイと上げる。
それが、何ともサマになっている。
「驚きましたよ、ヤジロ君。まさかこんな目立つ場所で、ヤジロ君が普通の格好をしてくるなんて、夢にも思いませんでした……!」
シイナの言う通り、ヤジロの服装は、何と普通だった。
被り物でも全身タイツでもなく、実にヤジロらしいガンマン風の服装。
ケンゴと夢莉の一件に関わったときに見せた衣装だ、あれ。
「認識が浅いぜ、シスター・シイナ。アウトローってのは叛逆するだけが能じゃない。アウトローってのはな、どこまでも『自分のやり方』を貫くモノなのさ」
「つまりそれがヤジロ君の『自分のやり方』なんですね?」
「ククク」
返事はなく、ヤジロは小さな含み笑いで肯定する。
「ここは戦場だぜ、シスター? だったら格好なんて大した意味はありゃしねぇ。己を表すならば、戦いの中でこそ、だぜ? だが一応、期待に応えるくらいはしてやるさ。俺が見た目にこだわると確信していた連中よ、残念だったな! 叛逆だ!」
そして、ヤジロが右側のホルスターからモデルガンを抜いて、それをかざす。
「それでは、帝国軍竜騎士団団長ヤジロ・バーンズ、これよりお相手仕る」
何気にこういうところはカッコいいヤジロ、ズルいと思うよ、俺は。
「やってくれますねぇ……、ヤジロ君。キメるときはキメるといいますか……」
若干気圧されたように苦笑しつつ、シイナも自分のデッキを取り出す。
「ですが、私も名乗らせてもらいましょうか! 私はシイナ・バーンズ! 今は占い師兼片桐商事経理担当やってます! 対戦、よろしくお願いします!」
シイナが『対よろ』して、向かい合う二人が互いに二本指を高く掲げる。
「「決戦ッ!」」
さぁ、第二試合の火ぶたが切って落とされた。
「ククッ! 俺の先攻、パレット『展開』! さぁ、アウトローの流儀に震えな!」
叫ぶと同時にヤジロの前に並ぶ巨大化した五枚の手札。
シイナの側からは、それを見ることはできない。
『何を、ヤジロッ! おまえ、シイナに先攻譲れ! 俺はシイナが見てェンだよ!』
『タクマく~ん! 実況、実況してェ~~~~!』
『あ、まだやってたの。お疲れ~』
『紗良! ポップコーン買った帰りに颯爽と一声かけて帰ろうとしないでよ!?』
『だって、ポップコーン買った帰りだし? あ、コーラもあったよ』
『え、マジ? あたしも買いに――、じゃなくてさァァァァァ~~~~ッ!』
実況席もこの試合に非常に盛り上がっているようで何よりだ。
さぁ、ヤジロが動くぞ。
「クックック! これが俺の、孤高のアウトローたるヤジロ様の第一手! 俺は手札よりアイテムカード『パレットデパート大出血特売市』を発動するぜ!」
おっと、これはなかなか意外なカードを使ってきたな。
パレットデパートは、ゲーム第三作、パレモン天空・大地に登場したデパートだ。
デパートというだけあって、そこでは多くのアイテムが売られている。
この作品では作中に曜日の感覚があって、週に一度『特売市』が開催される。
そのときのアイテム価格は半額になるという、大変ありがたいモノだ。
「このカードの効果により、俺は即時に1/2D6枚を手札に加えられる! 出目は5! 俺はカードを2枚ドローして、手札に加えるぜ!」
さて、1枚使って手札に2枚追加。これでヤジロの手札は6枚。
しかし『大出血特売市』にはかなり強めのデメリット効果がある。
「『大出血特売市』の制限効果により、俺はこのターン、これ以上アイテムカードを使用することはできない! クックックック、これで俺は片翼がもがれたワケさ!」
アイテムカードを使えなくなる制限効果。
これがあるから『大出血特売市』はその効果の割にあんまり使われていない。
「なぁに、だが構わねぇさ。何故なら、ここからが俺の叛逆だからさ!」
ヤジロの顔に焦りは見られない。
それどころか、そこに刻まれた笑みは不敵そのもの。
「俺は手札からナンバー890『ヒダネラ』を展開するぜ!」
む、ここでヒダネラか。
ゲームでは前作パレモン始祖・末裔に登場した比較的新しめのパレモンだが――、
「……特殊条件進化を持つパレモン、ですね」
カードの上に出現したオレンジの火の玉を見て、シイナが呟く。
ヤジロの『ヒダネラ』は、通常とは違う条件によって進化する特殊型モンスター。
その進化分岐は実に4種類と多彩。
中でもナンバー891『ミサイラ』はパレカ現環境では屈指の大火力を誇る。
ヤジロが狙っているのは『ミサイラ』への進化、か?
だがパレカでの『ミサイラ』への進化条件は『4つ以上のアイテム使用』だ。
アイテムカードが使えない今のヤジロでは満たすことができない。
かといって、他の進化先は正直どれもあまりパッとしない。
それどころか、対戦の場では絶対に使えないようなクソモンスターなんかも……。
「…………ん?」
――《《対戦の場では絶対に使えないようなクソモンスター》》?
「クククククッッ! さぁ、条件は満たされた! 見るがいい、シスター・シイナ! これが俺の、ヤジロ・バーンズの叛逆だ! 『ヒダネラ』よ、燃え上がりなァ!」
ヤジロの咆哮に応じるように、小さな火の玉でしかなかった『ヒダネラ』が盛る。
そして、散った火の粉がヤジロの手札に届き、6枚のカードが燃え始める。
「進化条件は『自陣にある未使用のカードを5枚以上破棄すること』! それを満たしたことで俺の『ヒダネラ』は最も叛逆的な存在へと昇華する!」
手札が全て炎となって『ヒダネラ』へと収束していく。
そこにあるのはまるで、巨大な炎の嵐。
「今ここに、滾りし炎は全てを滅ぼす地獄となる! 進化によって真価を見せろ! パレット・エボリューション! 来い、ナンバー894『ボボボボボマー』!」
ヤジロのかけ声と共に、炎の嵐は一点に集まって巨大な火球となる。
これが『ヒダネラ』の進化先ブッチギリのクソモンスター『ボボボボボマー』。
うぅ~~~~わ、やっぱりかァ~~~~!
ヤジロのヤツ、よりによってこれを持ち出してくるかよ。うわ、うわぁ~~!
この『ボボボボボマー』というモンスターについて。
ゲーム版では『自爆系以外の技を覚えない』という非常に潔い能力をしている。
そして、それがパレカではどのように表現されるかというと――、
「ちょ、ウソでしょ、ヤジロ君! そ、それを使ったら……ッ!」
「クックック、そうとも。俺もただじゃ済まねぇさ。何せこの『ボボボボボマー』の能力は『アタッカーのロール付き固定ダメージ自爆』しかねぇからなァ~!」
ヤジロが大変楽しそうに笑い、右手のリボルバーを『ボボボボボマー』に向ける。
「ハジけな、ボマー! エクストリーム・ジバク・エクシュキューション!」
チュドドドドドドドゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォォォ~~~~ンッッ!
と、激しい爆音を轟かせて『ボボボボボマー』が炸裂した。
「ああああああああああああああああああ!? わ、私のライフがァ~~~~!」
直後に響くシイナの悲鳴。
今の盛大な自爆によって3ポイントあったライフが1に減っていた。
「ク、クックック、見たかい? これが、ヤジロ・バーンズ様のやり方よ!」
得意げに笑うヤジロだが、こっちもライフが1に減っていた。
これこそ『ボボボボボマー』の特殊能力。
自陣・敵陣関係なく、決戦士のライフを1だけ残し、他の全てを消し飛ばす。
モンスターもアイテムも、何もかもを消し飛ばす、あまりに大雑把すぎる能力。
それだけ見ると、場合によっては対戦でも使えなくもないように思える。
しかし、このモンスターの最悪なところは、実は他にもう一つある。
「『ボボボボボマー』の発動により、俺の手番は強制終了となる。ターンエンド!」
手番の強制終了。
この制限効果があるから、俺は『ボボボボボマー』をクソモンスターと評した。
しかし、俺の認識が浅かった。
あそこに立っているのはヤジロ・バーンズなのだ。
あいつだったら《《誰も使わないクソモンスターなんて喜々として使うに決まってる》》。
俺が見ているスクリーンの向こうで、ヤジロがカウボーイハットをかぶり直す。
「さぁ、シスター・シイナ。次はあんたの番だ。俺に、最高の叛逆を見せてくれ」
そこにあるのは、勝ち負けを超越した強者の笑顔だった。




