第486話 『炎獄杯』一回戦第一試合:母親vs母親:後
世の中、どんなことにも『基準』というものが存在する。
何故、俺がこんな話をするのか。
ミフユが繰り出した『ナイティオン』が、まさにパレモンの『基準』だからだ。
正確には、その進化した姿である『パラディオン』の方だが。
パレモンゲーム版第一作目から登場している最古の強者『パラディオン』。
ゲーム中では『伝説のパレモン』は別にいる。
ミフユの『ナイティオン』は特定の場所に出現する野良パレモンでしかない。
しかし『ナイティオン』の時点ですでに一線級の性能を有すること。
さらに進化後の『パラディオン』の見た目と圧倒的性能から、当時から大人気。
当初のパレモンは『最強のパラディオン』と『マスコットのファイニャン』の二本柱を人気の軸としており、それだけにこの二体は公式でも何かと優遇されていた。
そして、続編作品に別の『強者パレモン』が登場するたび、ファンは議論した。
――このパレモンは『パラディオン』より強いのか否か。
これが『パラディオン』がゲーム中における強者の『基準』となった経緯だ。
なお、パレカでもゲームと全く同じことが起きた。
公式としても『パラディオン』を大切に扱っているのだろう。
パレカに登場した『パラディオン』の性能は、当然ながら当時最強だった。
だが、何事にも栄枯盛衰はついて回るもの。
弾を重ね、仕様も幾度も変わり、最強の座はそのたびに入れ替わった。
のちに人権とされるカードが各時代に登場した。
そうなると当然『パラディオン』は型落ち扱いだが、公式はそれを許さなかった。
ことあるごとに『新たなパラディオン』が登場し、人権の一角を担ったのだ。
それでも最強論議となると、他にも何枚も候補が出ていた。
パレカに関しては、決して『パラディオン』が最強ではなかった。
だが、その永遠に終わらないはずの最強論議に一枚のカードが終止符を打った。
それが2年前に登場した永久人権『ゼノ・パラディオン・極』である。
最古の強者にして、パレモンの歴史の中で幾たびも強化された『パラディオン』。
その、現時点における究極到達点こそが『ゼノ・パラディオン・極』。
当然ながら、今回の大会では禁止カードです。
公式の贔屓が過ぎて『出せば勝ち』を体現してしまったクソカードである。
エンジョイ大会にそんなモン許可したら、イベント自体ブッ壊れるわ。
だが『パラディオン』が実際に動く様はこの目で拝みたい。
それでは、ミフユの『ナイティオン』の活躍を見せてもらおうではないかッ!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ミフユが『ナイティオン』の特殊能力を発動する。
「『ナイティオン』はアタック時に60%の確率で『連続アタック』の効果を発動することができるわ! さらに、アタック1回につき『パレットエナジー』を1点獲得できる! 行きなさい、『ナイティオン』! お義母様に直接攻撃!」
お袋の方をビシッと指さし、ミフユが吼える。
同時に『ナイティオン』が鋼鉄の翼を広げ、その場から飛び立った。
「『ナイティオン』、スティール・ブレード・ウィング!」
「やらせやしないさ! アイテムカード、オープン! 『おうごんのたて』発動!」
だが、お袋が最後に置いたカードがめくられ、大きな黄金の盾が出現する。
『母ちゃんからの美沙子さんへの直接攻撃、だが美沙子さん、アイテムで防御だ!』
『あのキラキラの盾で防げるんだ?』
『ああ。1ターンに2回まで直接攻撃を防ぐ効果があるっしょ。だから『ナイティオン』の連続アタックが決まっても、このターンは直接攻撃は無理だな』
相変わらず、タクマが実況と解説の二役を担っている。
今回のイベント、カリンとタクマが功労賞な気がするぞ、これ。
「さすがはお義母様、やりますね! ――『連続アタック』、判定成功! ならばわたしは、2回目の攻撃でお義母様の場に出ている『サラマンタ』を攻撃するわ!」
「そっちこそ、やってくれるさね……!」
ミフユの『ナイティオン』の攻撃を受けて『サラマンタ』が消滅する。
『あ、消えちゃった!』
『『サラマンタ』は攻撃力が高い代わりに守備とHPが低いパレモンだからな。『ナイティオン』の攻撃を耐えきれなかったんだぜ』
『色々あるんだねぇ~……』
パレカの基礎の基礎を説明するタクマにライミが驚く。
俺達にとっては当たり前のことでも驚きを見せるその反応が、何とも新鮮だ。
「これで、パレットエナジー2点追加!」
ミフユがそう言って笑うと、『ナイティオン』の頭上に二つの光点が灯る。
あれが、ある意味ではパレカのキモであるパレットエナジーだ。
『パレットエナジーって何?』
『パレモンが進化するために必要なポイントだぜ。パレモンの進化には『進化難度』ってのがあって、それが高いほど進化に必要なエナジーが多いんだよ』
『そうなんだ~。じゃあ、あの『ナイティオン』っていうのは?』
『『ナイティオン』は『進化難度:高』、進化に必要なエナジーは4点っしょ』
『結構多いんだね……』
パレットエナジーを得る手段はそこそこ限られている。
その上で必要エナジー4点は、確かに難しい。
それでも、60%の確率で2点を獲得できる『ナイティオン』の能力は破格だが。
しかし、ミフユのことだ。それだけでは終わるまい。
「わたしのターンはまだ終わらないわ! わたしは手札からアイテムカード『借金取りのサブロウ』を展開! そして効果発動! わたしがこのターンに倒したパレモンの数だけ『パレットエナジー』を獲得するわッ!」
「チッ、サブロウかい。厄介なカードを持ってるじゃないかい!」
で、出た~!
アニメでは味のあるチョイ役だが、パレカでは鉄板カードのサブロウだ~!
公式大会の『6on6ルール』では1ターンに平気で5体以上のパレモンが展開され、それが次々に倒されていく。そこにこのサブロウが使われようモンなら、下手すれば1ターンで二桁近い『パレットエナジー』が回収されてしまう。
『公式でも鉄板の一つ、サブロウを母ちゃんが使用! これで母ちゃんの『ナイティオン』のエナジーは3点溜まった~! 母ちゃん、いいカード引きすぎだァ!』
『……アイテム? サブロウが、アイテム?』
ライミの混乱具合は、パレカに触れる全員が初期に通る道である。
「さらに『借金取りのサブロウ』の発動を条件にしてアイテムカード『子分のヤンキチ』を発動! このカードが場にある限り、手札を追加でドローできるわ!」
うわ~、ついでにヤンキチコンボも決めていくか~!?
ミフユが手札を一枚追加して、それを見て笑みを深める。……もしや、これは?
「お義母様、お覚悟を!」
「何だって……!?」
「わたしが引いたカードは『エナジーユニット・大』! 場のモンスター1体に『パレットエナジー』を1/2D6、追加できるわ! そして出目は4! つまりエナジーを2点追加可能! これで『ナイティオン』のエナジーは4点を越えたッ!」
雷鳴。そして稲光。
ミフユが『ナイティオン』のエナジーを溜め切った直後、空に黒雲が立ち込める。
吹きすさぶ風、流れる雲。嵐を背に笑うミフユ。
『わきゃあ! 何、何なの!?』
『さぁ、来るぜ。母ちゃんの今大会、真のエースモンスターのお披露目だ!』
騒ぐライミをよそに、タクマの実況にも熱が入る。
カリンも凝った演出で場を盛り上げ、楽団が奏でるはゲームの進化演出BGM。
「今ここに、羽ばたきし鋼は宇宙を貫く白銀となる! 真白き光よ、闇を断ち切れ! パレット・エボリューション! 来なさい、ナンバー100『パラディオン』!」
俺が見ている前で『ナイティオン』が光の玉となって黒雲に突っ込んでいく。
そして、分厚い雲の隙間から、光が射し込んでくる。
徐々に黒雲が割れていき、光の源がゆっくりと降りてくる。
それは白銀の鎧に身を包んで、右手に聖剣を握り締める、神聖なる白きドラゴン。
初代パレットモンスター最強。
ナンバー100『パラディオン』の降臨がここに成就する。
「やれやれ、参ったねぇ、こりゃ……」
見た目からして神々しい『パラディオン』を前に、お袋が頬に汗を伝わせた。
「わたしの最後の攻撃です、お義母様! 『パラディオン』の特殊能力『聖騎士団出征』を発動! この能力により『パラディオン』自身は直接戦闘できない代わりに、1ターンだけ『アタッカー』のロールが付与された『ナイティオン』を1/2D6体まで展開することができるわ! 出目は6! 『ナイティオン』を3体展開!」
うわぁ、数の暴力。
だがこれが『パラディオン』の能力だ。
連続攻撃可能な『ナイティオン』を1ターン限定で最大3体まで展開可能とかね。
しかも『アタッカー』付きだから直接攻撃も当たり前に可能っていうね……。
「……『ガード』を任命しようにも、展開できるモンスターもいやしない!」
お袋が唇を噛んでいる。
これは、ミフユの手札の幸運もあるが、お袋の手札の不運もあったか。
『さぁ、母ちゃんの『ナイティオン』3体による直接攻撃だァ――――ッ!』
『きゃ~、み~た~ん! 死なないでェ~~~~!』
死んでたまるか。
「『ナイティオン』の『連続アタック』は、2体成功! 直接攻撃5回ッ!」
「『おうごんのたて』で1回は防げる。けど、あとが続かないかい!」
ミフユとお袋が睨み合う。
しかし、もうすでに、勝負はついた。
「終わりです、お義母様! レギオン・ブレード・ウィング!」
そのミフユの宣言と共に3体の『ナイティオン』が鋼鉄の翼でお袋に襲いかかる。
だが、それを防ぐ手段は、お袋には残されていない。
「くッ!」
雷光がはじけるようなエフェクトが三度重なり、お袋のライフは0になった。
『決まったァ――――ッ! 一回戦第一試合、母ちゃん、見事にワンターンキルを達成! さすがにこいつはできすぎってなモンだろ、信じらんねぇぜ!』
『わぁ~~~~ん、みーたん負けちゃったァ~~~~!』
タクマ、興奮。ライミ、半泣き。
観客からはグラウンド全体を揺るがさんばかりの歓声があがっている。
「やれやれ、フタを開けてみればいいトコなしで終わっちまったねぇ……」
「今回は、手札の差が出た形ですわ、お義母様」
「さて、どうだかねぇ。――この先もがんばりなよ、ミフユちゃん」
「もちろんです!」
歓声に包まれながら、お袋とミフユがグラウンドの真ん中で拍手を交わしている。
それは、俺が今までにアニメの中で幾度も見てきた光景そのままだった。
ヤベェな、震えが来る。
俺達はまさにこれからアニメと同じような戦いをあそこで繰り広げるのだ。
ミフユとお袋の二人のように。
そう思うと、俺は自然とスクリーンの向こうへ拍手を送っていた。
「次の対戦は――、ぅわ」
俺は声をあげた。
次の対戦は、第一試合とは打って変わった組み合わせ。
シイナ・バーンズ対ヤジロ・バーンズ。
もう、始まる前から濃厚なトンチキ臭がプンプンに香っていた。




